第七章 破滅フラグ

第五十二話 束の間の休息

 次の日の夜。


 船の甲板に出てみると、セレナが手すりに身を預けてうなだれていた。


「セレナ、大丈夫か?」

「レ、レイさん!」


 彼女はパッと顔をあげると、目をウルウルさせながら俺のところまでツカツカと近寄ってきた。


「鬼ですぅ! エリオットさんには鬼が宿ってますぅ!」


 顔をそばまで近づけてきて、訴えてくる。


 こりゃ、そうとう厳しい特訓を受けているな。

 見かけによらずスパルタなんだな、あの人。


「きついなら、無理しなくても……」

「いえ! 私も闘います! 私、レイさんと一緒に戦いたいんです!」

「そうか。なら、もう止めないよ。もしものときは、俺が守ってみせる」

「ならレイさんは、私が守りますから」


 にこっと笑って、セレナが俺の手を握った。


「うむ。頼りにしているぞ、セレナ」


 不意に後ろから声がして振り向くと、オリヴィアとシャーロットが立っていた。


「セレナ。足手まといと言って、ごめん。特訓、がんばって。一緒に戦おう」


 シャーロットが笑みを浮かべながら、セレナを励ます。


「うちらも戦うで」


 また後ろから声がして振り返ると、そこにはメリッサとニックがいた。


「ワシらの船を沈めてくれた礼もせんといかんしのう」


 そう言ってニックが、指の骨をポキポキ鳴らす。


「俺たち魔術協会を忘れてもらっちゃ困るぜ」


 別のところから声をあげたのは、マックスウェルだ。隣にはカイロスもいる。


「ここから先は、本格的な魔族との戦いへと突入するだろう。レイヴァンス。真の勇者たる、おまえの力が不可欠なんだ。セレナ、女神の力で勇者をサポートしてやってくれ」


 オリヴィアの言葉で、みんなの注目が俺に集まった。

 みんな決意が固まったような、引き締まった顔をしている。


 俺は鞘からミスティローズブレイドを引き抜き、天に向かって掲げた。


「この戦いは俺たち全員の戦いだ! みんなで乗り切るぞ!」

「「「「「おう!」」」」」


 夜の海に、仲間たちの頼もしい掛け声が鳴り響いた。



 * * *



 ガーディアニア国の港町に到着し、俺たちは無事に上陸を果たした。

 魔術協会の船でなければ、こうもすんなりと港町へ停泊することなんてできなかっただろう。


 エリオットは町で物資を調達してから、船で支部へと帰っていった。

 魔族との闘いに向けて、いろいろと準備を進めるとのことだ。


 もっともそれはガーディアニア奪還後、スムーズに協力体制を整えるための準備らしい。

 だから俺たちは、とにもかくにもガーディアニアを奪還しなければならない。責任重大だ。


 ちなみにマックスウェルとカイロスは、俺たちとともに戦う要員として残ってくれた。


「オリヴィアさん、まずはリナリナに情報を聞きたいですね。あと、レックスさんとも連絡を取らなきゃ」

「うむ。その件は私のほうで手配しておこう」


 どうやらオリヴィアも俺と同じことを考えていたようで、すぐに動いてくれた。

 何気に働き者だよな、オリヴィアは。


 さて。船旅が続いたので、みんなお疲れの様子だ。

 リナリナと連絡が取れるまで、焦って動いても仕方がない。そんなわけで、とりあえずこの町で一泊することとなった。

 久しぶりに羽を伸ばせそうだ。


 俺たちは宿を取り、それぞれ部屋へと移動した。

 荷物を置いて、ラフな服へと着替える。


 ――コンコン――


 着替えが終わったちょうどのタイミングで、ドアがノックされた。

 ドアを開けると、セレナが立っていた。


「あ、あの……レイさん。私とですね。その、よかったらでいいんですけど。お買い物でもいかがでしょう。なんて……」


 なぜかセレナが、煮え切らない感じで言ってきた。

 買い物くらい普通に付き合うのに。

 荷物持ちに男手が必要だったりするのかな。それで申し訳ないとか思って、遠慮がちになっているのだろうか。


「いいよ。それじゃあ、行こうか」


 返事をすると、セレナの顔がパァっと明るくなった。


 出かける準備を整えて部屋を出る。

 宿の廊下を二人で歩いていると、ちょうどシャーロットがこちらへ向かってくるところだった。

 いつも着ている銀色の鎧ではなく、ハーフパンツにシャツというボーイッシュな服装だ。


「シャーロット、キミも出かけるのか?」

「あ、あの……。わたしと……」


 そう言いかけたあと、彼女はセレナに視線を向けた。


「いいえ。私は疲れたから……。いってらっしゃい」


 シャーロットはそう言うと、俺たちの前を素通りしていった。

 どうしたんだろう。


「それじゃあ、行こうか」


 セレナに声をかけてから歩き出すと、不意に後ろから袖をつかまれた。

 振り返ると、シャーロットが顔を赤らめてうつむいていた。


「わ、私も……やっぱり私も一緒に行きたい」


 別にいいんだけど、なんかシャーロットを見るセレナの笑顔が引きつっているようなんだが。

 シャーロットもなぜか、冷ややかな笑みをセレナに返しているし。


 やっぱりこの二人、仲が悪いのかな。

 普段はそんな風に見えないんだけど、ときどきバチバチしてるんだよな。


「と、とりあえず。三人で買い物にいこうか」


 俺がそう言うと、セレナは頬を膨らませながら俺と手をつないだ。

 シャーロットはそっぽを向いて、俺の腕を組んでくる。


 いったいなんなんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る