第五十一話 セレナの決意

 聖域イベントを終えた俺たちは、魔術協会の船で再びガーディアニアを目指した。


 それぞれ休息を取ってから、船内の広間に集合する。

 今後のことについて、打ち合わせするためだ。


 ここまで旅を共にしてきた仲間たちに加え、エリオットやカイロスも参加している。


「まずは聖水を手に入れてくれたこと、感謝する」

「それもこれも、レイさんのおかげです。命を懸けてまで、私を守ってくれました」


 実際は、とんだ茶番だったんだけど。


「ほう、さすがはレイヴァンス。ちょっと目を離す間にも、女の高感度を上げまくりだな」


 オリヴィアってなんか、無理やりにでも恋愛にこじつけようとするタイプなんだな。

 案外、恋バナとかが大好物なのかもしれない。


 それにしても、こういう話になるとシャーロットが毎回ジト目で俺を睨むのはなぜだ?


「でもレイさん。もう死んでもいいなんて……言わないでくださいね。もっと自分の命を大事にしてほしいです」


 茶番ではあったが、おれが命を投げ出さなきゃ自分が死ぬことになっていたのに。

 それでも今のセリフが言えるなんて。

 他人のためにここまで親身になれるなんて、本当にセレナは優しい人だな。

 だからこそ俺は、彼女を見捨てたくないって思ったんだ。


「さて、無事に聖水も手に入れたことだし。本題に入ろうか。議題は、ガーディアニアを正常化するにはどうすればいいか……だが。とにかく城の中へ入って、王や要人たちに聖水をかけることだな。できれば術者も倒したいところだが、最優先はアンデッド化の治療だ」


 魔族が人間を操る場合、まずはアンデッド化して自我を奪う。

 そうして思考が空っぽになった状態の人間を、操り人形のように魔力で操作するのだ。

 だからアンデッド化さえ治療してしまえば、魔力で操ることもできなくなる。


 ガーディアニアが正常化できれば、レックス率いる屈強の騎士団も味方にできるだろう。

 さらに魔族の干渉によってガーディアニアが危機にさらされていたという事実を公にできれば、魔術協会も動き出すはずだ。

 もっとも、すでに船を出したり護衛をつけたりと、いろいろ協力してくれてはいるのだけど。

 それはまだ、聖女を守るためだったりカイロスの個人的な恩義によるもので、本腰じゃない。


 国や魔術協会という巨大な組織が動き出すには、それなりの理由が必要になる。


「ガーディアニアを救い、まずは我々との同盟関係をとりつける。魔族の対策案を検討するのは、それからだな」


 今後の進む道が示され、場の緊張感が高まった。


「あ、あの!」


 会話に間ができるのを見計らっていたかのように、セレナが声をあげた。


「わ、私も! 皆さんと戦いたいです!」


 その言葉に、場が一瞬静まり返る。


「セレナ、それはダメだ。危険すぎる。いくら女神の力を身につけたといっても、それだけで渡り合えるほど甘い戦いじゃない」

「レイヴァンスの言うとおりだ。キミに協力を依頼しておいてなんだが、本格的な戦争にまで巻き込む気はない」


 厳しめな表情で、オリヴィアが俺の意見に同意する。


「で、でも! 私だって戦う力があるのに、何もしないなんて……」

「セレナ。言いにくいけど、付け焼刃の力はむしろ足手まとい」


 シャーロットの指摘に、セレナは口ごもってうつむいてしまった。


 本当は、足手まといになんてならないだろう。

 それほどの力を、セレナは手に入れた。


 攻撃の力だけでなく、回復系の魔法がとにかく強力だ。

 本来の主人公パーティーなら光属性の皇子も回復魔法が使えるし、回復系の魔法が豊富な水属性もメンバーに存在している。


 しかし今の俺たちパーティーは回復系に乏しい。

 だからセレナが持つ女神の力は、とてもありがたい戦力になるだろう。


 だけど、これまで戦闘経験のない彼女を闘いに巻き込むのは危険だし、何より心配だ。

 だから少なくとも俺は、セレナが戦いに参加するのは賛成できなかった。


「いいじゃん、本人が戦いたいっていうなら。女神の力が足手まといとは、到底思えないしね」


 今まで黙って俺たちのやりとりを聞いていたエリオットが、話に割って入ってきた。


「魔族との戦いは甘くないよ。その認識は、この場の全員が共有していることだよね。ならむしろ、使える戦力は使わなきゃ」

「エリオット総督! セレナは戦いを知らないんですよ。いきなり実戦に参加なんて、俺は反対です!」

「キミとともにありたいと願うセレナの気持ちに目を向けず、自分の感情を優先するわけだ。レイヴァンス、思ったよりつまんない男だね」


 何を言っているんだ、こいつは。セレナの心配をして何が悪い。


「セレナ、戦いに参加したいなら僕についてきてよ。船旅の間、僕がキミを鍛えてあげる。役立たずと言った連中を、見返してやろうじゃないか」


 セレナに向かって手招きしたあと、エリオットは背を向けて歩き出した。


「レイさん! 私はつまらない人だなんて、思ってませんから。私を心配してくれて、すごくうれしかったです。でも私も、みなさんと戦いたいんです!」


 そういってセレナは、パタパタとエリオットのあとを追っていった。


 しばらく重い空気が漂い、沈黙があたりを包む。

 その静寂を打ち破ったのは、オリヴィアだった。


「くくく。あっはっは! いやぁ、まいったな。戦場の悪鬼とまで言われた私が。彼女の闘志に気づかず、いらぬ気遣いをしてしまっていたようだ。しかしエリオットという男。私をコケにしおって、気に入らん男だな」


 そうは言っているが、オリヴィアなりの彼への賛辞に聞こえた。


 確かに、もしも戦力にならないから安全な場所でおとなしくしてろ、なんて言われたら。

 俺は実家に帰るという平穏ではなく、みんなと戦いの旅に出ることを選んでここにいる。セレナだって同じだったんだ。

 知らないうちに、彼女の気持ちを踏みにじっていたのかもしれない。


 そんなことを考えていたとき、ポンと肩をたたかれた。


「レイヴァンス。くよくよせんと、気持ちを切り替えなアカンで。あんたがあの子を守ったったらええやんか。あんたなら、それができるやろ」


 メリッサが親指を立てて、励ましてくれた。

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