第五十話 女神セレスティア

 前世。高校二年のころだったか。


 俺はある理由で、女子の敵みたいな扱いを受けていた。

 それはユウダイたちの策略にハマった末路だったのだけど。

 いじめを受け、女子からは嫌われて。本当に最悪な毎日だったな。

 前世のことなのに、よく覚えている。


 ある日、教科書を忘れた俺に自分の教科書を見せてくれた女子がいた。

 俺なんかに優しくしてくれた女子の存在が嬉しくなり、ついそのあとも自分から声をかけてしまった。

 といっても隣の席の子だったから、「おはよう」と朝の挨拶をしただけなんだけど。


 それが間違いだった。


「ちょっと優しくされただけで、好きになっちゃう系? 話しかけんな、キモイんだよ」


 一字一句違わず思い出せてしまうことが悲しいな。


 俺はあの日から、女子に対して恐怖を抱くようになったんだ。


 でも、セレナは違う。


 周りから蔑まれた闇属性の俺を、初めて一人の人間として認めてくれた。

 そして今も、あんなに俺の身を案じてくれている。


 もちろん心の中を覗けるわけじゃないけど、セレナのあの表情を疑っちゃいけない。

 そう思うことができるようになったのも、セレナのおかげなんだ。


「死ぬのは怖いよ。命が惜しくないわけじゃないんだ。でもセレナを見捨てて、自分だけが助かるなんて耐えられない。そっちのほうが、ずっと怖いんだ!」

「やだ! いやです! レイさん、そんなのダメ!」


 ついにはセレナが泣き出してしまった。

 なんだか、申し訳ない気持ちになる。

 でも、周りから嫌われ続けてきた俺だけど、最後は俺自身まで自分を嫌いにならずに済みそうだ。


「もし俺が死んだら、勇者の剣ってどうなるんだ? 引き継げるなら、シャーロットかオリヴィアを希望したいんだけど」


 そう尋ねつつミスティローズへ目を向けると、彼女はなぜか不敵な笑みを浮かべて俺を見ていた。


『何を言うておるか。勇者の剣の持ち主は、まぎれもなくおぬしじゃ。今まさに、それが証明された』


 どういうことだ?

 不思議に思っていると、ミスティローズは俺から女神へと視線を移した。


『セレスティアよ! もう気が済んだであろう。茶番はこれくらいにするのじゃ』


 ミスティローズが叫ぶと、セレナの頭上に浮かんでいた女神の姿が徐々に薄れていった。

 そしてセレナの足元に煙が立ち込め、その中から小さな女の子が姿を現した。


 背中から白い羽が生えている。

 綺麗でつやのある長い黒髪と、クリッとした茶色の瞳が愛らしい幼女。

 ミスティローズの初見と同じ感想になるけど、今にも「ざーこ!」と言ってきそうなジトッとした目つきで俺を睨みつけている。


 そうそう。

 ゲームで見た女神はこの子だ。


 とするとさっきの大きな女神の姿は、魔法か何かで作り上げた仮の姿なのかな。


『すまんの、レイ。魂が汚染されておるだとか浄化といったことは、すべてセレスティアのウソじゃ』

「へ?」


 あきれ顔で女神を見やりながら、ミスティローズはため息をついた。


『セレスティアはかつて魔族や闇属性の魔物と戦った故、闇属性に敵対心を持っておるのじゃ。だからおぬしを信頼できず、試すようなことをしたわけじゃな』

『試したんじゃないのです! そこの闇属性の化けの皮を剥いで、セレナの目を覚まさせてあげようとしただけなのです! 闇属性を信じちゃだめなのですぅ!』

『なら、もう気が済んだであろう。レイは自分を犠牲にしてまでセレナを救おうとした。勇者にふさわしい姿ではないか』

『ウソです! あんなのウソなのです! セレナの前だからカッコつけてただけです! もう一押しすれば、セレナを置いて逃げ出していたに違いないのです!』


 よっぽど闇属性が嫌いなんだな。

 かつて魔族たちと戦い、弱体化させられたんだもんな。

 そのうえ当時の戦いでは自分の使者である光の勇者まで失ったのだから、仕方ないのかも。


 それにしても、ゲームで見たときと全然態度が違うじゃないか。

 光の皇子に対しては、腕にしがみついて頬を擦り付けてくるくらい大好きアピールしてたのに。

 キャラが豹変しちゃってるよ。


『セレスティアよ。おぬしはセレナのためなどと言うておるが、後ろを見てみい』


 むぅ、と口をへの字にしながらも、セレスティアが言われたとおりに振り返る。

 そこには大粒の涙を流しているセレナがいた。


『はわわわわ! セレナ! どうしたのですか?』

『どうしたのですか、ではないのじゃ。おぬしが泣かせたのじゃぞ。おぬしの気が済むならと、黙って見ていたわらわにも責任はあるがの』


 泣き止まないセレナにおろおろと慌てるさまは、女神なんて仰々しい存在とはほど遠い姿だった。

 どう見ても普通の子供だよな。


『セレナ、ごめんなさいです! 泣かないでほしいのです!』

「レ……レイさん、死ななくていいんですよね。ただの冗談だったんですよね」

『う、むぅ……闇属性なんて、死んじゃえばいいのです。セレナには私がついているのです』


 セレスティアの言葉に、再びセレナの顔が歪んで泣きそうになる。


『わああ! ウソです! ウソなのですよ。あの闇属性の人間は、とりあえず死ななくていいのです!』

「ほ、本当ですか?」

『ほ、ほ……。むぅ……。ほんとう……なのですよ』


 まだ納得できないような顔をしつつも、セレスティアが首を縦に振る。

 強情な女神様だな。


「よかったです。レイさんが死ななくて、本当によかったです」


 涙をぬぐいながら、やっとセレナが笑顔を見せた。


「それと、セレスちゃん。闇属性なんて言っちゃだめですよ。人にはちゃんと名前がありますから。レイさんって呼ばなきゃ」

『むぅ……』


 まるで母親に注意された子供のように、ふてくされた顔でこちらを睨んだ。


『やい、闇属性の人間! レイと呼んでやるのです! セレナに感謝するのです! でも、調子にのるなですよ。セレナを悲しませたら、すぐにでも私が始末してやるのです! 肝に免じるですよ』

『悲しませたのはおぬしじゃろ』


 やれやれ、とミスティローズが肩をすくめる。


 そのあともセレナは幼女の頭をなでながら、俺と仲良くするよう言って聞かせていた。

 まあ、女神も最後まで、そこんところは譲らなかったのだけど。

 とりあえずこの場は丸く収まったかな。


「あ、忘れるところでした。聖水を生成しなくちゃいけないんでした」

『それならお安い御用なのです』


 思い出したようなセレナの言葉に、なんともあっけなくセレスティアが応じた。

 そして彼女が両の手のひらを前につきだすと、ポンッという軽々しい音で液体の塊が空中に出来上がった。


『はい、一丁上がりです。聖水一つ入りましたですよ』


 セレスティアがエヘン、と胸を張る。


「これが聖水ですか? すごく簡単なんですね。でも、このまま持っては帰れないです。何か容器がないと」

『大丈夫なのです。聖域で力を取り戻したから、私がいつでも聖水を作れるですよ』


 そういえばゲームでも聖域イベント後のセレナは、アンデッド化を治療する魔法が使えるようになっていたっけ。


 聖域イベントはどちらかというと女神の力を復活させるものであって、聖水はついでみたいなものか。


 予定外の女神の試練(という名のいたずら)もあってヒヤヒヤしたけど、聖域イベントも無事にクリアできたようだ。

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