第四十九話 女神の逆鱗
かろうじて着地し、体勢を立て直す。
「セレナ! いったいどうしたんだ?」
『待て、レイよ。どうも様子がおかしい』
セレナは生気の抜けたような目をしながら、ゆらゆらと揺れていた。
しかし突然ぴたりと動きを止めて、俺のほうへと顔を向けた。
いつもの優しいセレナからは想像できない、殺気のこもったするどい目をしている。
どういうことだ?
こんな展開、ゲームにはなかったぞ。
『闇属性……よりにもよって闇属性……。愚かなのです。人間! おまえのせいなのです。おまえのせいで、セレナは死ぬのです』
セレナの口から発しているが、いつもの彼女の声じゃない。
女性の声だけど重くて低い。
前世で言うなら、エコーを効かせまくったカラオケのマイクで話しかけられているような感じだ。
「待ってくれ! なぜだ! なぜセレナが死ななきゃならない!」
『闇属性のおまえが側に居続けたからなのです。邪悪な気がセレナをむしばみ、私の魂をも汚しているのです。私が復活を遂げるには、セレナの命をもって私の魂を浄化するしかないのです』
「それってつまり、女神の力を解放させるためにセレナの命を奪うってことだろ。なら、女神の力なんて捨てればいいだけじゃないか!」
『愚かなり闇属性の人間! 私の復活無くして、世界の平和は保たれないのです。汚らわしい闇属性の分際で、私の存在を否定しようというのですか?』
その言葉のあと、セレナの体から霧のようなものが立ち昇った。その霧が形を帯びていき、大きな女性の上半身へと姿を変える。
ゲームで見た女神とは全然違う、神々しくも冷たい目をした美しい女性の顔だ。
俺の知っている女神は、もっとこう……。
前世で見知った女神の姿を想像しながら、ミスティローズへ目を向ける。
こんな感じだったはずなんだけど。
「ミスティローズ、女神の言ってることは本当なのか? 俺が女神の魂を汚染してるって」
『ふむ……。本人がそう言うておるからの。わらわには真偽のほどはわからんのじゃ』
あごに手を添えながら、ミスティローズは難しい顔でセレナをじーっと見つめていた。
「あれ? 私、どうしちゃったのですか?」
不意にセレナが、いつもの表情で目をパチパチさせる。
どうやら女神が体の外へと抜け出し、セレナが正気に戻ったようだ。
「セレナ! 大丈夫か?」
「レイさん、これはいったい……。体が動きません」
まだ女神はセレナの体を明け渡してはいないらしい。
『闇属性の人間。おまえのせいでセレナの魂が汚れたのです。そのくせおまえはセレナを助けたいと。つまりはそういうことですか』
セレナの頭上に浮かんだ女神らしき女性の顔が、俺に向かって言葉を発した。
「あたりまえだ! セレナを解放しないというなら、もうあなたの力なんてあてにしない!」
『たわけたことを……。おまえの意志など関係ないのです。私が復活するのは、もう決まったことです』
なんなんだ、この女神は。
セレナを犠牲になんて、絶対に許さない。
「あ……あの。これはいったい、どういうことですか? 何が何だか……」
「セレナ、キミは何も心配しなくていい。大丈夫だから」
今はこんな、気休めの言葉くらいしか言ってあげられない。
だけど今の言葉をウソにしないためにも、策を考えねば。
『私の力がなければ、聖水は手に入らないのです。多くの人が犠牲になるのですよ。それでも、私の復活を拒むのですか? 私を、神を敵に回してでもですか?』
「そうするしかないなら……そのとおりだ」
『口では何とでも言えるのです。分かりました。ではもう一つ、提案です』
ここで巨大な女神が、なぜか薄笑みを浮かべた。
『闇属性の人間。あなたの命を差し出すのです』
「え? なんで? それ、どういうことですか? なぜそうなるんですか!」
女神の言葉に、セレナが驚きの声をあげる。
『セレナの中にある私の魂は、闇属性に汚染されました。しかし、毒を以て毒を制す。あなたの命を使うことで、浄化できます』
つまり、ワクチンというわけか。
「わかった……。セレナが助かるなら、それでいい」
「レ、レイさん! 何を言ってるんですか!」
セレナがそんなにも悲痛な表情で、俺の身を案じてくれている。
嬉しいけど、俺が犠牲になることで彼女の気持ちを裏切ることになるのかな。
それだけが心残りだ。
『何も考えずに即答するなど、愚か者の極みですね。そうまでして、格好つけたいのですか? 命を失うことが怖くないのですか?』
「あんたには即答したように見えたかもしれないけど、ちゃんと考えて出した答えだ!」
今にも泣きそうになっているセレナの顔を見ていると、なぜか前世の記憶が蘇ってきた。
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