第四十八話 聖域へ
ついに俺たちは聖域がある島、セレスティアイル島にたどり着いた。
魔術協会の船は沖で停泊しており、いつでも島から出られるようにしてもらっている。
小舟で島に上陸したのは俺とセレナとシャーロット、そしてオリヴィアの四人だけだ。
他のメンバーは船で待機している。
この島は無人島であり、それほど広くもない。
森とその奥に存在する聖域以外、本当に何もない島なのだ。
それに聖域イベントは基本的にバトルもないし、危険なことが起きる予定もなかった。
しかも聖域の奥へ行けるのは、聖女と勇者の剣を持つ者のみ。
いくらこの世界での出来事がシナリオからズレているとはいえ、魔族はおろか俺とセレナ以外に立ち入れない聖域の中でまで、危険なことが起きるとは思えない。
全員でぞろぞろと向かう必要もないだろうという判断から、上陸をこのメンバーに絞ったわけだ。
そもそもシャーロットとオリヴィアが一緒にいる時点で、よほどのことがない限り心配はない気がする。
俺を先頭に、そしてオリヴィアには後ろを任せて森の中を進んでいく。
「すごくきれいな森ですね。なんだかピクニックにでも来ているみたい」
セレナはあたりをきょろきょろと見回しながら、スキップ気味に歩いていた。
だけど普段以上に明るくふるまっていて、無理をしているのがなんとなく伝わってくる。
自分の中に宿る女神の力を、これから呼び覚まそうというのだ。やはり不安なのだろう。
森を進んだ俺たちの前に、やがて大きな遺跡が姿を現した。
石柱が連なっているものの、屋根はほとんど残っていない。
古代より存在する建物だけに、損壊もはげしい状態だ。
聖域はこの遺跡の地下に存在する。
セレナからあまり離れないよう気を付けながら、聖域への入り口を手分けして探す。
「見つけたぞ」
オリヴィアが叫びながら、手をあげた。
遺跡の入り口は、地下へと降りていく階段になっていた。
五、六人が横に並んでも悠々と降りていけるほど、幅の広い階段だ。
奥が見えず、どこまで続いているのか見当もつかない。
そういえばゲームでも、無駄に長い階段を延々と下りていった記憶があるな。
「ここから先は、セレナとレイヴァンスの二人だけ。気を付けて」
「大丈夫だ。神の力に守られた場所だから、モンスターもいないし俺たち以外入れない。それに、聖域まで一本道だからね」
緊張気味のセレナを安心させるため、俺はあえてそう言った。
実際、ウソ偽りないことだしな。
「オリヴィアさん、シャーロットさん。行ってきます」
「うむ。ここまで我々に付いてきてくれて、感謝している」
「入り口は私たちが守る。安心して、セレナ」
二人の激励にセレナは深く頭を下げて、にっこりと微笑みを返した。
それからセレナと俺は、聖域へと続く階段を下りていった。
「レイさん。もし聖水を手に入れたら、もうみなさんとお別れなのでしょうか」
「これから魔族との戦いが始まるはずだから、キミは魔術協会で保護してもらうことになると思う。でも、お別れじゃない。戦いが終われば、もちろん俺はキミに会いに行く」
「私にも……戦う力があればよかったのに」
その言葉に俺は何も返さなかった。
聖域で女神の力が目覚めれば、セレナにも戦いの場で活躍できる力が宿る。
俺がミスティローズの力を借りて霊属性の魔法が使えるように、セレナもまた、女神の力を借りることができるようになるのだ。
でもそれを伝えたら、魔族との戦いに巻き込んでしまう気がした。
彼女にはもう、危険な目に合ってほしくないのだ。
会話は途切れ、無言で階段を下りていく。
階段を最後まで下りきると、大きな広間にたどり着いた。
壁がうっすらと青白く光っており、炎などで照らさずとも部屋が見渡せた。
中央には台座が存在する。
試練の洞窟でミスティローズブレイドが刺さっていたのと、ほとんど同じ形だ。
さらに、剣を刺す穴もある。
「不思議な場所ですね。部屋全体が薄暗いのに、なんだか懐かしい気持ちになります」
「ここが聖域の入り口なんだ。俺がこの台座に勇者の剣を刺すと、部屋そのものが神の世界へと転送される」
神の世界は神の気に満ちており、普通の人間はいるだけで生命エネルギーを消耗してしまうのだ。
場合によっては死んでしまうこともあるという。
だから女神の力を宿したセレナと勇者の剣の力に守られた剣の持ち主以外、聖域にとどまり続けることはできないというわけだ。
「レイさん。それじゃあ聖域まで、よろしくお願いします」
馬車の御者に行先を伝えるような軽い口ぶりで、セレナが言った。
本当に強い娘だと思う。
俺はミスティローズブレイドを鞘から引き抜いた。
『ほう、懐かしいのう。聖域に着いておるではないか』
毎度おなじみ、剣からミスティローズが顔を出す。
「わぁ! ミスティちゃん、こんにちは」
『ほう、おぬしか。いよいよ女神の力を開放するのじゃな。強大な力がおぬしに宿ることになる。楽しみにしておるのじゃ』
「そうなんですか? じゃあ、もしかしたらレイさんたちと戦うこともできるのでしょうか」
「え? それは、どうかなぁ」
『できるとも! なにせ女神の力じゃぞ。その辺の人間や魔族など、ちょちょいのちょいなのじゃ』
ミスティローズ、しゃべりすぎだぞ。
完全にしくじった。
女神の力のことは秘密にするよう、事前に口裏を合わせておくべきだったな。
でも、いつものセレナに戻っていて、不安や緊張が解けている様子だ。
気を使いすぎる俺よりも、ミスティローズとしゃべったほうが安心できるのかもしれないな。
なんだか気も抜けてきたし、これはこれでいい傾向かもしれない。
それに女神の力が解放されたら、セレナもその力の強大さに気付くだろう。
秘密にしていたところで、いずれはバレることだったのだ。
「それじゃあ、聖域に行くか。ちゃちゃっと終わらせようぜ」
「そうですね。よろしくです」
緊張が解けた自然体の笑顔を一瞥してから、俺はミスティローズブレイドを台座に突き刺した。
剣を中心に光が広がっていき、あたりが薄ピンク色の空間へと変貌していく。
先ほどの部屋とはまるで違う雰囲気だ。
地面全体を白い霧のようなものが漂い、あったはずの壁も天井もなくなっている。
まるで夢の中にでもいるような、現実味のない場所だった。
周囲に気を取られていた俺に、セレナが近づいてきた。
なぜか、うつろな目をしている。
「セレナ?」
俺が呼びかけると、彼女は手のひらをこちらに向けた。
瞬間、巨大な手のひらに突き飛ばされたような衝撃を受け、俺は吹き飛ばされた。
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