第六章 聖域と女神

第四十七話 魔術協会の船

 乗ってきたメリッサたちの船は見事に沈み、そして俺たちはというと。


「やっぱ魔術協会の船は最高だぜ。なあレイ」

「そ、そうだな」


 確かにそうなんだけどさ。

 なんか……メリッサとニックがこっちを睨んでるぞ、マックスウェル。


 今のマックスウェルの言葉からもわかるとおり、俺たちは今、魔術協会が所有する船に乗っている。


 聖王都の船団からの砲撃によって、メリッサたちの船は処置の施しようがないほどの損壊を受けた。

 沈む運命を悟り、避難用の小舟に乗り換えようと準備をしていたとき、魔術協会の船がやってきたのだ。


「それもこれも魔術協会の一員である、この俺のおかげだよなぁ! 感謝したまえよ、諸君! はーっはっはっは!」

「何がおもろいねん!」


 スパーン!

 と気持ちのいい音が響き渡る。

 ついにマックスウェルがシバかれたか。


「いってぇ! 何すんだ、このアマ!」

「うちらの船が沈んでもうたんやで。そないなときに、よう馬鹿笑いしながら自分らの船を自漫できるな!」


 確かに魔術協会の船はすごい。

 まず船内の客室は広くて豪華だし、食堂はまるで一流レストランのようにキレイだ。


 そのうえ敵襲への備えもすごい。

 強力な魔法を砲弾として打ち出す大砲が、大量に装備されているのだ。


 さらに!

 聞くところによると、敵の砲弾をガードできる魔法バリアまで施されているらしい。

 そのバリアのおかげで、並の魔獣は近づくことさえできないという徹底ぶりだ。


 この船なら、シーマーロックに襲われることもなかっただろう。

 というかこの船一隻で、先ほどの聖王都の船団を相手にできそうだ。


 しかし延々とそんな自慢話をされると、メリッサとしてもおもしろくないだろう。


「おうおう、よかったやないか。うちらの船が沈んだおかげで、こうして立派な船に乗れたわけやからなぁ。シクシク……うちのかわいいボロ船が……とほほのほやで……」

「んだよ、ひがみかよ。かわいくねぇぞ、そういうの」


 マックスウェルがその言葉を投げた瞬間、ニックが動いた。

 彼の前でメリッサに「かわいくない」はよくなかったね。

 数秒後にはニックにまでシバかれることだろう。


 地雷を踏みまくるマックスウェルは、もう放っておくか。


「レイヴァンスさん、ご無事で何よりでした」


 さわやかな笑顔で俺に話しかけてきたのは、ガーディアニアへ入国する前に魔族協会へと戻ったはずのカイロスだった。


 彼は俺たちと別れたあと、恋人のミラを魔術協会に託した。

 そして俺たちをサポートするべく、裏でいろいろと動いてくれていたらしい。


「カイロスさんこそ。元気そうで何よりです」

「それもこれも、すべてあなた方のおかげです!」


 本来なら死んでしまう運命の彼と、こうして再会できるなんて。これはもう、奇跡と言ってもいいよな。


 しばらくカイロスと、積もる話で盛り上がる。

 するとそこへ、魔術師のローブを着た一人の少年が近づいてきた。


「キミが勇者の剣を抜いた男?」


 少年があくびをしながら、俺に声をかけてくる。


 ゲームをクリアした俺やシャーロットだからこそわかるのだけど。

 彼こそ魔術協会最強の魔術師であり、協会のガーディアニア国支部を総括している、エリオット総督なのだ。


 見た目こそ少年だけど、実際は俺よりも一回り以上は年上なんだよね。


「カイロスから話は聞いたよ。世話になったみたいだね」

「いえ、こちらこそ。危ないところを助けていただき、ありがとうございます」

「聖王都はうちとベッタリだからね」


 俺たちを襲ってきた聖王都の船団が引き返していったのも、彼の計らいによるものだった。


 ユウダイが兵士を引き連れて俺たちをとらえようとした過去の経緯も、カイロスから報告を受けていたそうだ。

 それ以来エリオットは、聖王都の動きに注意していたらしい。

 そんな聖王都が船団を率いて動き出したこと、その目的が俺たちのせん滅だったことを知り、動いてくれたのだった。


 魔術協会は世界中に支部がある大組織であり、多くの国が何らかの形で関わっている。聖王都も例外ではない。

 そんな組織から圧力があっては、さすがの聖王都側も船団を引っ込ませざるをえなかったようだ。


「でもまさか、聖王都がここまでしてくるなんて……いったい何が起こってるんですか?」

「メンツだよ。皇子が勇者になれなかったうえ、選ばれたのが闇属性だもんね。聖王都としては面目丸つぶれさ」

「でも、そのことはまだ世間に浸透していないですよね」

「だからこそだよ。今ならキミたちを海に沈めて、勇者の剣を取り戻すこともできると。聖王都の王も皇子にそんなことを吹聴されて、たぶらかされたんだろうね。自分の息子が魔族側に加担してるとも知らずにさ」


 それにしても聖王都の兵士たちとは和解したはずなのに、王は彼らから話を聞いたりしなかったのだろうか。

 聞いたうえで、ユウダイのわがままを優先したのだろうか。

 聖王都の王は皇子に対して過保護すぎる人物だったから、ありえないこともないのかな。


 しかし魔術協会まで動き出した以上、俺たちを襲った事実も皇子が魔族になったことも、そのうち知れ渡るはずだ。

 聖王都の責任追及は免れないだろう。


「まあ聖王都なんて、今は興味ないんだよね。それより、勇者の剣を抜いたのが闇属性だと聞いてさ。おもしろそうだから見に来た」


 そういえば、この男はそういうキャラだったな。


 才能がありすぎて何でも出来てしまうから、逆に何をやっても退屈らしい。

 故に、おもしろそうかどうかで行動を決めるという、ある意味ですべてに公平な人だ。

 確かゲームのシナリオ上でのエリオットは、光の皇子が勇者になったのが当たり前すぎてつまらないとぼやいていたっけ。


「それにしても、闇属性が勇者ねぇ……」


 そうつぶやいて、エリオットが俺の顔をじーっと見つめる。

 この人に見られていると、心の中まで見透かされているような気がして寒気がした。


「危いね、キミ。恐ろしいほど強いのに、心もとない」


 そう言うと彼は眠そうに目をこすって、あくびをした。

 真剣なのかユルいのか。つかみどころのない人だな。


「とりあえず、聖域への送迎は僕らに任せてくれていいよ。キミはせいぜい、気をしっかり持つことだね」


 その言葉にドキリとする。

 なぜかわからないけど、破滅フラグのことが頭の中に浮かんだ。

 まるでエリオットに、そのことを警告された気がしたのだ。


 いや、そんなはずはない。

 過去の俺とは違うんだ。

 この旅で、信頼しあえる仲間がたくさんできた。


 闇落ちなんて、絶対にするわけがない。


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