第四十五話 水面ギリギリの戦い
命がけでニックが取り戻したメリッサを、俺は受け止めた。
そして素早く海面を確認する。
餌に集まる魚の群れのごとく、海へと落ちていったニックの体にシーマーロックが群がっていく。
「ニック……」
オリヴィアが絶望したようなトーンで、彼の名をつぶやく。
その横で、シャーロットも顔をそらしていた。
そんな様子を見せたのは一瞬で、二人はすかさず戦闘へと戻る。
こうしている間にも、シーマーロックは襲い掛かってくるのだ。
「ニックーーーーーー!!」
メリッサの悲痛の叫びが響き渡る。
そういえばニックはゲームでも命を賭してメリッサを守り、そして死んでしまった。そんなキャラだった。
ゲームをしていたときの俺は、命を落とした彼の行動を悲劇だと思った。
だけど出会ってそれほどの絡みもなくそんなシーンに至ったので、実のところ名前も覚えていなかったのだ。
だが、この世界で彼はしっかり生きていた。
生きた人間だった。
会話もしたし、胸倉を掴まれて脅されたし、メリッサへの想いも聞いた。
もう彼は他人じゃない。
何より、彼が死んで悲しむ人を、俺は知っている。
「まだだ! ニックはまだ死んじゃいない!」
俺は船から飛び降りた。
海へ向かって落ちていく途中、剣を抜いてミスティローズを呼び出す。
「エアリアルフェザー・ダークウィングス」
俺の背中から黒い翼が生える。
宙に浮いたら、すかさず次の魔法だ。
「闇の力よ、宙に重力の核を創り出さん」
おそらくこの魔法なら、彼を引き上げられるはず。
「
超重力を生み出す黒い球体を、海面目掛けて放った。
アビスサーペントを倒したときにも使った、超重力魔法の応用だ。
球体は海面から三メートルほどの高さで制止する。
「発動!」
右こぶしを握りこむと同時に、球体が海面の水を吸い上げた。
海水に交じって、周辺にいたシーマーロックをも引きずり込んでいく。
やがてシーマーロックの群れの中に、ニックの姿が確認できた。
「今だ!」
俺はニックのところまで飛んでいき、周囲に張り付くシーマーロックを剣で斬り捨てていった。
徐々にニックの体の全身が現れていく。
残ったシーマーロックを闇の魔法弾で弾き飛ばし、ニックの体を抱き寄せた。
気絶しているようだが、息はある。
「よし! 重力解除!」
球体が消え去り、引き上げる力が消滅する。
次はこれだ。
「黒き絆、鎖となって我が手に出現せよ!
先端に矢じりの付いた黒い鎖が、手のひらから飛び出す。
あとは矢じりを飛ばして船に突き刺し、戻るだけだった。
しかし、海面から飛び出した一体のシーマーロックが、俺の足にしがみつく。
下を見ると、他のシーマーロックもワラワラ集まってきていた。
今にも飛びついてきそうな様子だ。
ここはニックだけでも、船に引き上げねば。
ニックの体に鎖を巻き付けてから、矢じりを飛ばして船のマストへ突き刺す。
「縮め!」
手から離れた鎖が、ニックの体を船体まで引き戻していった。
これで戦える。
まずはしがみついているシーマーロックを、剣で斬りつけて引きはがす。
「海はおまえらのテリトリーだと思っているのだろうが、海の底の闇は俺の味方でもあるんだ」
飛び掛かるタイミングをうかがいながら「ウケケケケ」と笑っているシーマーロックたちに向かって叫ぶ。
正義の勇者が使うには、かなりイメージの悪い魔法だが。
「闇属性のえげつなさ、見せてやるよ」
俺は両手で印を組み、詠唱を始める。
「深淵より死をもたらす者、我が呼び声に応えよ!」
青い海の一点に黒い影が浮かび上がり、大きく広がっていく。
「召喚!
呼びかけにより、巨大な魔獣が海面から顔を出した。
その魔獣は漆黒の鱗に覆われ、あごが長く突き出ている。
深海魚を思わす、なんとも不気味な顔だ。
そいつが周囲のシーマーロックを、次々と飲み込んでいった。
ほんと、邪悪な見た目だよな。
とにかくこれで、シーマーロックのほうはカタがつくだろう。
あとは王都の船団だけか。
そう思って船団のほうに目を向ける。
しかし、なぜか船団の中の一隻が燃え盛っていた。
砲撃も止んでいる。
一体、何が起こっている?
そんな疑問が浮かんだとき、例の電磁波のようなものを感じた。
まさか転生者が近くに?
しかし、シャーロットなどの転生者に感じるものとは何かが違う。
「おい……闇属性」
突然、誰かに声をかけられた。
振り向くと、海面すれすれのところに一人の男が浮いていた。
フードを深くかぶって、顔を隠している。
電磁波は、こいつから感じられた。
「おまえ……まさか、ユウダイか?」
「ピンポーン」
そう言って、彼がフードを取る。
そこにあるのは、間違いなくユウダイの顔だった。
しかし、微妙に顔色が悪いように見える。
「やっぱダメだな、人間は」
「いったい……何を……」
「親父にせがんで、聖王都の船団を連れてきたんだがよ。魔族協会の圧力があったとかで、撤退するなんて言い出しやがって。ムカついたから船を一隻沈めてやったぜぇ。ぎゃっはっはははは!」
どこに笑いのツボがあったか分からないが、ユウダイが馬鹿笑いしだした。
「あっはっはぁ……っと。船団も海の魔獣どもも役立たずだし。しゃあねえから、今日のところは引いといてやる。正直、まだおまえに勝てるほど、パワーアップしてねえしよ」
「どういうことだ?」
「おまえさあ。その強さを手に入れるために、どれだけ努力したよ。ガキの頃からせかせかとよ、相当頑張ったんだろうなぁ」
ユウダイがバカにしたように、肩をすくめて嘲笑する。
「一生懸命、毎日毎日修行に明け暮れて鍛えぬいたバカもよぉ。銃を購入しただけのヤツに殺されることだってあんだろ? 世の中、ラクして強くなる方法なんていくらでもあるのさ。努力なんざ、バカのすることだぜ」
「おまえ、まさか魔族に?」
それはレイヴァンスがのちになるはずだった、闇落ちそのものだ。
ユウダイが闇落ちして、魔族側についたということなのか。
「あっあー! おめえ今。もう自分が闇落ちしないで済んじゃいそう、とか思ったろ。それはどうかねぇ」
ユウダイはクククと笑ったかと思うと、突然手のひらを向けて光の魔法弾を放ってきた。
その弾を剣で弾き飛ばす。
「ケッ! はいはい、お見事お見事。まあ、せいぜい次に会う日を楽しみにしてろや」
不機嫌そうにそう言って、ユウダイは水面をすべるように去っていった。
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