第四十四話 メリッサを頼む!

 メリッサたちの海賊船は、村の奥へと進んだ先に存在した。


 船が停泊している施設も、村とは思えないほど立派な作りをしている。

 まるで港町の造船所のようだ。


 帆に海賊旗のマークなどは描かれていない。


「前の船には描いてたんやけどな」


 もしかしたらメリッサは村人たちに海賊なんてさせたくなくて、あえて描かなかったのかもしれない。


 食料などを詰め込むと、いよいよ聖域のあるセレスティアイル島へ出発だ。

 俺たち以外に、船員はメリッサを含めて十人ほど。

 村人ではなく、もともと海賊をしていたメンバーとのことだ。


「ヤローども、出航や!」

「「「「アイアイサー!!」」」」


 船長メリッサの掛け声とともに、船員たちがきびきびと動き回った。

 俺たちは邪魔にならないよう、船室へと移動する。


 しばらくして、船が前進し始めた。


 島まで約二日ほどの航海になる、とのことだ。

 本当なら五日はかかる距離らしい。

 だがアビスサーペントから回収した魔導具で潮の流れを操作すれば、船の速度を上げることができるのだ。


 魔導具は、こっそりニックに渡しておいた。

 メリッサは航海術に関してはからっきしで、そういうのは船員にまかせっきりだ。だから船の速度が早くなったとしても、魔導具の存在が気付かれることもないだろう。

 ニックはそう言っていた。


 もっとも、魔導具のことはメリッサも知ったうえで、知らんぷりを続けているわけなんだけど。


 * * *


 出向して二日目。


 空は快晴。

 入道雲が夏の海を彷彿とさせる、気持ちのいい景色が続く。


「島に着いたら、いよいよ聖域なんですね」


 遠い目で海を眺めながら、セレナがつぶやく


「もしかして不安?」

「ちょっとだけ。私に不思議な力があるなんて、全然実感がなくて」

「聖域で自分の役目が果たせるかが、心配なのか」


 彼女はコクっとうなずき、顔をあげずに視線を水面へ移した。


「大丈夫。聖域へ行けばセレナの中に眠る力が、勝手にキミを導いてくれるから」


 これは気休めじゃない。

 シナリオでも聖域と女神の力が共鳴し、あとは聖水が手に入るまでトントン進んでいくことになっているのだ。


「レイさんに言われると、本当にそうなんだって思えるから不思議です」


 そう言ってセレナは、笑顔を向けてくれた。

 少しは緊張がほぐれただろうか。


 そのとき、マストの見張り台にいた船員が声を荒げた。


「船長、船団が見える! 十二時の方向だ!」


 船内にいたメリッサが、ドアを開けて飛び出してきた。


「なんやて? まさか、海軍やないやろな」


 見張り台にいる男を見上げて叫ぶ。


「恐らくとしか言えねえが、ガーディアニアの海軍とはどうも違うみたいだ」


 慌ただしい雰囲気を察したのか、オリヴィアたちも甲板に出てきた。


「敵か?」

「わかりません。どこのものかはわからないけど、船団がいるとのことで。しかも、聖域の島がある方角から向かってきてるらしいんですよ」


 それを聞いて、オリヴィアたちの顔に緊張の色が浮かぶ。


 船はそのまま進み、やがて望遠鏡でなくても船団が確認できる距離まで接近した。


「ありゃ、聖王都の船団だ!」


 見張り台の男が叫んだと、ほぼ同時だった。


 周囲のあちこちで水しぶきが上がり、海から全身緑色の魔物が飛び出してきた。

 魔物が一斉に船の上へと飛び乗る。


「「「ウケケケケ」」」


 俺は素早くセレナの腕を掴み、船の中央へと移動した。

 その場にいた仲間たちと背中を合わせて、互いに隙を埋めるように円陣を組む。


「シーマーロック! 海に引きずり込む海の魔物じゃ。こいつらに捕まったらヤバいぜ」


 ニックが曲刀を抜いて構える。


「せやけど。こいつらが徒党を組むなんて、普通やあらへん。おそらく、誰かに飼いならされとる」


 まさかこの魔物は、魔族の指示で動いているのか。

 だとすると、聖王都の船団までもがこちらに向かっているのは、いったいどういうことだ。


 聖王都は勇者の伝説を受け継ぎ、世界を魔族から守る立場にあるはず。

 そんな聖王都が魔族と手を組んでいるなんて考えにくいのだが。

 魔物と聖王都の間に関係性はなく、偶然が重なっているだけか。それとも……。


 そんなことを考えていると、あの男の顔がちらっと脳裏に浮かんだ。


「来るぞ!」


 オリヴィアの声と同時に、シーマーロックが四方八方から襲い掛かってくる。


 速射性の高い闇の魔法弾で、自分の前にいる魔物を次々打ち抜く。

 奴らは吹き飛ばされるも、再び立ち上がって構えた。

 しかし距離と間が出来れば、詠唱の時間が取れる。


「闇の奥底より湧き出でよ、無数の刃を螺旋となって放て! 闇刃乱舞ダークブレードストーム! 」


 宙に生成された闇属性の魔剣が無数に飛んでいき、前方にいたシーマーロックを一掃した。


 オリヴィアやシャーロットも剣で斬り伏せて、いっさい魔物を寄せ付けない勢いだ。

 メリッサやニックも負けてはいない。自前の曲刀で襲ってくる敵を一体ずつ、確実に倒している。


 俺たちの戦力ならこの程度の魔物くらい、どれだけいようと問題ない。そう思えた。


「シャーロット、オリヴィア! ここは俺とメリッサたちだけで充分だ! 他の船員たちの加勢を頼む!」

「よし!」


 言葉を交わしてオリヴィアが動き出そうとした瞬間、大きな衝撃音と共に船が激しく揺れた。


「きゃぁああ!」


 バランスを崩して倒れそうになるセレナの肩を抱き寄せ、とっさに体を支える。


「マジかよ! やつら、撃ってきやがった!」


 見張り台の男が叫んだ。


 聖王都の船団がこちらの事情も聞こうとせず、砲撃してきたらしい。


 花火を彷彿とさせる風切り音が聞こえたかと思うと、爆発音とともに再び船が揺れた。

 砲弾によって巻き上げられた海水が、雨のように降ってくる。


 直撃はしていないようだが、これはもう完全に船を沈めにかかっている。

 その間にもシーマーロックは心中すらいとわないといった様子で、なりふり構わず向かってきた。


 前言撤回。

 砲弾でバランスが崩される中、この数はやっかいだ。

 倒しても倒しても、次々と海から飛び出してくる。


 再びダークブレードストームによる闇の魔剣を飛ばして、前方のやつらを倒していく。


 いくつも重なる風切り音が聞こえてきたあと、爆発と共に先ほどより大きく船が揺れた。

 ついに一つの砲弾が船に当たってしまったらしい。


「ウケケケケ」

「こ、この! スケベ! 離さんかい変態!」


 振り返ると、一匹のシーマーロックがメリッサに抱き着いていた。


「メリッサ!」


 側にいたニックが手を伸ばす。

 しかし他のシーマーロックが飛び掛かってきて、彼の行く手を阻んだ。


 まずい!


 そう思ったのも遅く、シーマーロックはメリッサを持ち上げたまま、海へ向かって飛び上がった。

 このまま海へ落ちれば、メリッサは海の底に引きずり込まれてしまう。


 ニックは周りの敵の群れを殴り飛ばし、走り出した。

 船の手すりを蹴って飛び上がり、メリッサに抱き着いているシーマーロックの腕を掴まえる。


「メリッサを離せや、ゴラァ!」


 空中でシーマーロックの顔に頭突きをして、緩んだヤツの腕からメリッサを引きはがす。

 そしてニックは、はがす勢いのままメリッサを船のほうへ投げた。


「メリッサを頼む!」


 そう言ってシーマーロックとともに、ニックは海へと落ちていった。

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