第四十三話 あんたら、恋人同士かいな
俺たちは最初に訪ねた漁村から少し離れた、別の村へと案内された。
そこは大きな岩山と岩山の隙間に存在し、外からは見えないようになっていた。
メリッサ曰く、今はこの隠れ里のような場所が本当の村で、実は砂浜の側にある寂れた村には誰も住んでいないという。
元々は住んでいたのだが、海賊になった村人が漁師を装うためのカムフラージュとして残しているらしい。
そしてこの隠れ里だが、石造りで立派な建物ばかりだ。
かなり快適な生活をしているように見える。
「ヤロウども、宴会や! 騒ぐでぇ!」
「「「「おー!」」」」
メリッサの号令に、村人たちがこぶしを振り上げて吠えた。
もともと漁師だった村人なだけに、男たちはみんないい体格をしている。
元村人とは思えない、立派な海賊っぷりだ。
村の中央にある広場にたいまつを灯し、村人たちが踊りながらはしゃいでいる。
村人たちの輪の中に、マックスウェルの姿もあった。
いつの間に仲良くなったのか、村人たちと肩を組み合って溶け込んでいる。
俺たちの前には、おいしそうな料理と酒が大量に置かれていた。
隣に座っているセレナはすでに、持参した塩を目の前のごちそうに振りかけて、モグモグと食べていた。
この料理は、俺たちが倒したアビスサーペントの魚肉らしい。
しかし、あれだけの巨体をすべて保存するのは難しいだろう。
巨大な死体を放置すると、腐敗して村のみんなに迷惑がかかる。
感染症を引き起こす危険もあるかもしれない。
魔導具を取り出し、保存できるだけの肉を切り取ったら、炎の魔法で焼却しなきゃな。
「占い師めーっけ!」
酒瓶を豪快にラッパ飲みしながら、メリッサが声をかけてきた。
女海賊といえば酒豪、まさにそのまんまイメージどおりだな。
彼女は俺の横にドカッと座り、肩を組んできた。
「今日はあんたらの歓迎会や。遠慮なく飲んでぇな」
「いや、俺はまだ未成年なんで」
「なんやなんや、つまらん男やなぁ。なあなあ。この子、まだ乳離れできてへん言うねん。ミルク持ってき」
近くにいた村の男に、メリッサが叫ぶ。
なんか、馬鹿にされてるみたいだ。
「レイさん、ミルクおいしいですよ」
セレナが手に持っているミルクを掲げて、ニッコリ笑う。
「なあ。あんたら、恋人同士かいな」
メリッサがそう言うと、セレナがミルクを噴き出した。
「そ、そそそそ、そんな……そんなことは……なくてですね。私たちはその……」
気まずそうに否定するのを見て、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。
彼女はすごく優しいから、俺もときどき勘違いしてしまいそうになる。
前世もそうだったが、優しくされると好きになって勘違いしてしまうのは、俺の悪い癖だからな。
セレナは人一倍優しいだけに、俺の前ではっきり否定するのも心苦しいのだろう。
ここは俺がちゃんと否定してあげないと、セレナに迷惑がかかるかもしれない。
「やだな、違いますよ。俺たちは共通の目的があって、ともに旅をしているだけなんです」
本当は仲間という言葉も使いたかったけど。
俺だけがそう思っているかもしれないという不安が、脳裏によぎってしまった。
勘違いで傷つくのは嫌なんだ。
「ふうん。けど、あんたの言葉を聞いて、そこの嬢ちゃん。めっちゃ機嫌損ねてるんやけど」
「へ?」
振り返ると、セレナが頬を膨らませて俺を睨んでいた。なぜだ?
「あんた、変な気ぃばかり
メリッサはどこか切ないような顔で、正面に目を向けた。
そして視線をそらすついでのように、酒をあおる。
先ほどの彼女の視線の先を追ってみると、そこにはニックがいた。
他の村人に交じりつつも、無言で酒を飲んでいる。
彼はあまり、周りに溶け込めてはいないようだ。
「あんた、海岸でニックと話しとったやろ。おおかた魚が捕れなくなった原因、あいつから口止めされたんちゃうか?」
「ど、どうしてそれを?」
「なははは。うちかて、そないにバカやないで。原因が魔導具やってことくらい、あのバケモンを見たらピンとくるいうねん。せやのにあいつは、うちがなんも知らん思うて隠してるいうわけや。めっちゃ怖い顔しとるくせして、妙に心配性で気い使いやからな。うちが責任を感じる、とか思っとるんちゃう?」
手をひらひらと振って、彼女が笑う。
「もしかしてメリッサさん。ニックさんのことが好きなんですか?」
雰囲気を察してか、セレナが問いかけた。
それに対してメリッサは、目を丸くして驚いた様子を見せた。
だが、すぐに柔らかい笑みを浮かべて、ニックのほうへと顔を向け直す。
「せやで。でもなぁ、うちもあいつもこんな性格やから。お互いに裏で気いばっか使うて、表じゃ相変わらず海賊の船長と副船長の関係続けとる」
メリッサはしばらく、うつむき加減にちびちび酒を飲んでいた。
「なはははは! あかん、飲みすぎやな。辛気臭くなってしもたわ。ヘンな話してもうて悪かったなぁ。なんにしてもや。これで村の連中も海賊なんてやらず、カタギとして生きていける。あんたらには感謝しとるよ」
勢い良く立ち上がり、彼女は立ち去っていった。
「メリッサさんとニックさん、幸せになってほしいですね……」
セレナが寂しそうな声でつぶやく。
村人たちはもう、海賊なんて真似をする必要もなくなった。
あの二人は、これからどうするのだろう。
そんなことを考えていると、なんだかしんみりしてしまう。
このままだと、せっかくのごちそうを前に無言が続いてしまいそうだ。
話題を変えてみよう。
「ところでさ。さっきセレナ、怒ってなかった? その、なんで?」
「むー! 教えてあげません!」
雰囲気を変えようと思ったが、話題の選択を間違えたかな。
そのとき、セレナとは反対のほうから、誰かが俺の顔を両手で挟んできた。
そのままグイッと、顔を反対のほうへ向けさせられる。
目の前には頬をほんのり赤らめた、シャーロットの顔があった。
というか、顔が近いんですが。
「レイヴァンス、セレナとばかり話してる」
「へ?」
「話してる!」
「え? どうしたんだ、シャーロット」
困惑していると、シャーロットは俺の顔から手を離した。
そしてなぜか、正座した自分の太ももを両手でパシパシ叩きだした。
「レイヴァンスはたくさん魔力使って、疲れている。枕になるから、横になって休んで」
膝枕しろと?
まさかお酒を飲んだのか?
こいつ、完全に酔ってるよな。
そう思っていると、今度はセレナが俺の顔を手で挟んできて、グイッと向きを変えられた。
「わ、私の……。その、私に膝枕していいですから」
顔を真っ赤にして、セレナまで何を張り合っているんだ。
「セレナは戦ってない……共に戦った仲間として、私がレイヴァンスを休ませる」
「シャ、シャーロットさんもお疲れですよね。レイさんのことは私にまかせて、あなたは先に休んでください」
この二人、なぜかいつも張り合ってるんだよな。仲悪いのかな。
「おや、すまんなレイヴァンス。シャーロットのやつ、間違えて私の酒を飲んでしまったらしい」
通りすがりのオリヴィアが、俺を見て何やらおもしろそうに笑った。
「しばらく面倒を見てやってくれ。よろしく頼む」
無責任に押し付けて、オリヴィアは去っていった。
その間もセレナとシャーロットの意味不明な張り合いは続いていた。
この状況を、俺にどうしろと?
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