第四十二話 熱狂する観戦席

 戦いが始まるからという理由で、セレナはメリッサたちに預けられていた。

 しかし漁村でただ待っているのもつまらないとメリッサが言い出し、レイヴァンスたちのいる海岸が見下ろせる岬へと来ていた。


 お手並み拝見といった感じで、メリッサとニックがレイヴァンスたちを見下ろす。


 セレナは手を組んで、祈るように彼らを見ていた。


 しばらくののち、マックスウェルの魔法でレイヴァンスが飛び上がり、海の向こうへと飛んでいった。

 かなり沖まで飛んでいったらしく、もはや姿が見えない。


 いったい、何が始まるのだろう。


「なんで占い師が空飛んでんねん。黒い羽生えてたで」

「フン……魔法じゃろ」

「わかったで! 占いも魔法の一種やったんや! すごい魔法使いまくるやっちゃな。見たことも聞いたこともないわ」


 低い声でぼそりとつぶやくニックに対し、メリッサは常ににぎやかだ。


 それから十五分ほど経っただろうか。

 レイヴァンスが海の上を滑空しながら、海岸へと戻ってきた。


「な、なななな! なんですか、あれ!」


 巨大なバケモノが猛スピードで海を泳ぎながら、レイヴァンスを追いかけてくるではないか。

 あまりにも恐ろしい光景に、思わずクラっとくる。


「あのバケモン、うちらの船を沈めたやつや! あんなもん、どうやって連れてきたん? てか、どないするつもりや!」


 メリッサがツッコミを入れつつ、目を見開いている。

 遠くから眺めているはずなのに、とんでもない大きさと迫力がビリビリ伝わってくる。


「うそやろ! あのバケモンを縛り付けて、取り押さえとるで! うわ、ホンマか? これ、ホンマに起きとるん? お、あの女ら、飛んだで。何するつもりや」


 興奮冷めやらぬ様子で、メリッサが実況を続ける。

 ニックは彼女と違い、静かに戦いを見つめていた。


 セレナも観てはいたのだけど、なんだかよく分からないうちにバケモノの頭部が真っ二つに割れた。

 決着はついたみたいだけど、いったい何が起きたのか。


 なんにしても、本当に恐ろしい光景だった。

 そんなに時間は経っていないのかもしれないけど、セレナにはとても長く感じられた。

 押さえつけられながらも暴れ狂うバケモノに、いつレイヴァンスが飲み込まれるか。気が気じゃなかったのだ。


「あのインチキ占い師、タダもんじゃねぇぞ」


 ずっと静かだったニックが、不意につぶやく。


「ほんまやな。他の連中も相当なもんやが、あんなバケモンをおびき寄せて取り押さえるなんて。ちょっと普通やあらへん。せやけど不思議な男やね。あないにニックの脅しにビビっとったのに」

「まるで魔王……じゃの」

「あんた、とんでもない男に絡んでしもたんとちゃうか?」


 レイヴァンスが評価されるのは嬉しい。でも、ニックがつぶやいた言葉は聞き捨てならない。

 確かにレイヴァンスは強いけど、魔王というのは人々に危害を加える存在として世間に通った呼称だ。

 彼には当てはまらない。


 セレナは腰に手を当て、メリッサとニックに言った。


「レイさんは勇者です! 沢山の人を救ってきた、立派な人なんですよ!」


 突然そう言われて戸惑ったのか、数秒ほど二人がセレナへ顔を向けたまま固まった。


「勇者……勇者か。ええやん! 勇者レイヴァンス。気に入った! マジで惚れてまいそうやわ」


 なははと笑って、メリッサがレイヴァンスたちのほうへと駆けだした。

 悪い印象は取り除けたようだけど、惚れたという彼女の台詞に焦ってしまう。


「メ、メリッサ!」


 なぜかニックも焦った様子で、メリッサのあとを追った。

 どことなく顔も赤くなっていたような気がする。


「ニックさん、もしかしてヤキモチ?」


 そう思うとあれほど強面に見えた彼が、ちょっとだけかわいく見えてくるのだった。



 * * *



「すごいやん、あんたら! ホンマ、めっちゃ強いんやなぁ!」


 メリッサは腰に手を当て、アビスサーペントの頭部を見上げながら感嘆の声をあげた。


「もう! レイさん、いつもいつも無茶しすぎです!」


 セレナは怒りながらも、目に涙を浮かべている。


 彼女はメリッサに任せて離れた場所で待機してもらっていたのだが、どうやら俺たちの戦いを遠くから見ていたらしい。


「セレナ、私たちも戦った」

「そうだぜ。レイばっか心配してよぉ」


 シャーロットとマックスウェルがぼやく。


 とにかく無事にアビスサーペントを倒したことだし、あとはこいつの腹の中から例の物を取り出すだけだな。


 俺はアビスサーペントの死骸に向かって歩き出した。

 そして剣を抜こうとしたとき、後ろから肩を掴まれた。


 振り向くと、そこには鋭い目で睨みつけるニックの顔があった。


「話がある。ちょっとツラ貸せ」


 人気のないところでボコられそうな雰囲気だが、何やら真剣さも伝わってくる。

 俺は無言でうなずき、ニックとともにみんなから少し離れたところへ移動した。


 途中、「どうしたんですか?」とセレナに声をかけられたが、乗せてもらう船について話をするだけだと答えておいた。


「ワレ、どこまで知っとる?」

「と言うと?」

「この辺で魚がいなくなった原因じゃ」


 この口ぶりからすると、ニックも原因の目星はついているようだ。


「あの海の魔物が飲み込んでしまった、ある魔導具のせいです」

「やっぱりかよ。ワレが原因を取り除くと言って、あの魔物をおびき出したとこから、なんとなくそうじゃねぇかと思っとった」


 アビスサーペントは、魔法力を取り込んで糧にする性質を持つ。

 そして沈められた海賊船には、強力な魔力を放つ魔導具が積まれていた。

 その魔導具に吸い寄せられて、アビスサーペントが襲い掛かってきたというわけだが。

 そのときヤツは魔導具を飲み込んで、体内に取り込んだのだ。


「あの魔導具は、海流を操る力を持っとった。そんな魔導具を飲み込んだバケモンが、海の中にいたんじゃ。そのせいで潮の流れがでたらめに変化しちまって、魚が寄り付かなくなっちまった。そうじゃろ」

「そのとおりです。しかもヤツがどんどん魔力を餌として取り込んでいったせいで、魔導具の魔力も爆発的に高まってしまったんです」


 ニックはガリガリ頭をかいて、大きなため息をついた。


「そのこと、メリッサには黙っといてくれんかの。あいつはああ見えて、責任感が強いんじゃ。自分らのせいで、村の連中を苦しめていたなんて知った日にゃ。あぁ、その……なんだ」

「悲しませてしまいますね」

「まあ、そういうこった」


 そうか。ニックはメリッサのことが好きなんだ。

 ゲームでも確かにそんな描写はあった気がする。

 でもこうして面と向かって話してみると、ゲームとはまた違った、人間としての温かみを感じる。


「分かりました。魚がいなかったのは、あの魔物が大量に食べていたからということにしましょう。魔導具は夜にでも、こっそり回収しておきます」

「すまんの。おのれらは約束を果たした。今度はワシらが約束を果たす番じゃけ。責任を持って、聖域の島まで連れてったるわい」


 ニックは最後まで笑顔を見せなかったが、俺たちを認めてくれた。そんな気がした。

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