第四十一話 隠しイベントの裏ボス・大海原の主
魚が捕れなくなって村が寂れていってしまった、その原因を俺は知っている。
それを取り除くべく、俺たちは作戦を練った。
「私たちに、ヤツを倒せるの?」
シャーロットの心配はもっともだ。
原因解決のために倒さねばならない魔物は、はっきり言って強い。
メリッサたちの海賊船を沈めたのも、この魔物の仕業だった。
単純なパワーは四天王よりはるかに上だし、スピードもかなり速い。
ゲーム上では隠しイベントとして存在する魔物であり、プレイヤーのほとんどはそれなりにレベルを蓄えた、ストーリー後半にチャレンジするのが一般的だった。
だが、俺には勝算がある。
今のパーティーメンバなら、問題なく撃退できるだろう。
そんなわけで作戦の段取りをみんなに伝えたあと、俺たちは無人の海岸へとやってきた。
村からもかなり離れているし、周りには人の気配もまったくない。
ここなら、これから戦うあの魔物が暴れても大丈夫だろう。
「マックスウェル、俺を上空まで飛ばしてくれ。あとは手筈どおりに頼む」
「了解だ。上手くやれよ」
合図とともにジャンプし、マックスウェルの風魔法で上空へと飛び上がる。
風で飛び上がれる最大の高さまで到達したら、剣を抜いてミスティローズを呼び出す。
そして例のごとく、霊属性と闇属性の合成魔法で黒い翼を作り上げて宙へと浮かんだ。
そのまま、事前に確認済みの海賊船が沈められた付近へ向かう。
だいぶ沖まで移動したのち、俺は旋回して動きを止めた。
陸が薄い影にしか見えないほど遠い。
『自由に飛べるわけではないからの。今もゆっくり落ちておる。レイよ、やるなら急ぐのじゃ』
「分かっている」
俺は宙に浮いたまま、体内の魔法力を高めて放出した。
広くて静かな大海原を眼下に眺めながら、しばらく魔法力を垂れ流す。
五分ほど経っただろうか。
海の一部に影が浮かび上がり、それがみるみる大きく広がっていく。
ゲームでも見たけど、こうして実物を拝むと迫力が段違いだ。
深海から迫ってくる巨大な影を見下ろし、俺の緊張感が高まっていった。
やがて海面が大きく盛りあがり、大量の水しぶきをあげる。
人間二十人くらいは丸のみしてしまいそうな巨大な口が、俺めがけて飛び上がってきた。
かかった!
隠しイベントに潜む裏ボス的な大海原の主、アビスサーペントだ。
すかさず宙を移動して、大量の歯が生えている口から逃れた。
そのまま陸へと向かって飛んでいく。
振り返ると、ヤツも凄い速さで追いかけてきていた。
細長い魚のような体は、全長百メートルはありそうだ。
頭部は龍のような形をしている。
そういえば前世のRPGゲームでリヴァイアサンという海の神みたいな魔物がよく登場していたが、リアルで見るとこんな感じなのかもしれない。
この魔物は高い魔力に反応して襲ってくる。
口から体内に取り込んだ魔力を糧として、力を増幅させるのだ。
だからこそこいつは魔力を放出し続けている俺に、ずっとついてきている。
泳ぐスピードも相当なものだ。
俺も移動しながら風に乗って加速しているので、どうにか追いつかれずにいた。
だが問題は高度だ。
陸までかなり離れているので、それまで宙に浮いていられるか。
やがて、陸がはっきりと見えてきた。
しかし俺の体と海面との距離も、だいぶ縮まってきている。
振り返って、ヤツがちゃんと追いかけているか確認する。
先ほどまで下にいたアビスサーペントが、今では完全にヤツの視線の高さにまで落ちていた。
ついに浅瀬のところまでたどり着いた。
やつはお構いなしに浅瀬へと体を乗り上げて、地響きをあげながら追いかけてくる。
しかし、おかげでヤツのスピードも落ちた。
ようやく海岸までたどり着き、俺は着地と同時に体をヤツのほうへと振り向かせた。
眼前には巨大な口を開けた竜の顔があった。
「闇と次元の交わる地に我が声を響かせ、鎖を紡ぎ出さん」
素早く詠唱して、両手をヤツへと向ける。
「
魔法の発動によって、やつの周りに黒く光るいくつもの魔法陣が浮かび上がる。
その魔法陣が異空間の入り口となり、中から闇の鎖が飛び出した。
鎖は拘束するようにヤツの頭部へと巻きつく。
事前に罠として仕掛けておくタイプの魔法なので、特定の場所へおびき出さなければならないのだけど。
本能だけで動くアビスサーペントのような相手の場合には、かなり使える便利な魔法だ。
もっとも、こいつのパワーが凄すぎて、拘束していられるのは数秒程度だろう。
だが、それで充分だ。
闇の鎖が巻き付いたのを確認し、次の手に出る。
「黒き闇の重力よ、全てを捉えし広域の網を織りなせ!
巨大な頭が超重力によって押しつぶされる。
鎖が巻き付き、重力に押し付けられてもなお、頭を左右に振って暴れている。
だが超重力は、ヤツを止めるためだけに放ったのではない。
マックスウェルの風魔法で上空へと飛び上がっていたオリヴィアが、アビスサーペントの頭部目掛けて落ちていく。
さらに超重力に引っ張られて、降下の速度が増していく。
オリヴィアはその勢いを利用して、アビスサーペントの弱点である脳天目掛けて剣を叩きつけた。
「ギャォォォォォオオオオオオオオ!!!」
ダメージがあったらしく、アビスサーペントが暴れ出した。
闇の鎖に魔力を注ぎ、どうにか踏ん張る。
超重力を解き、オリヴィアがヤツの頭部から飛び降りた。
とどめを刺すには至らないが、充分に役割を果たしたようだ。
時間差で飛んでいたシャーロットが、ヤツの脳天めがけて落ちてくる。
「ふ……。私でさえ会得できなかった、我が祖国に伝わる最強の秘剣。その名も
オリヴィアがシャーロットを見上げながら、ニヤリと笑った。
アビスサーペントの頭部付近まで落ちてきたシャーロットは、鞘に収まったままの剣の柄を握った。
次の瞬間、アビスサーペントの頭部が真っ二つに割れた。
抜刀の瞬間が見えないほどの剣速と、キレイすぎる断面にゾッとさせられる。
実際のゲームでも最終局面でシャーロットが会得することになる技だが、やはり生はすごい。
これを成し遂げた当の本人はヤツの頭部から飛び降りると、何事もなかったような涼しい顔で、短い髪をサラッと払った。
「レイヴァンスの言ったとおり。本当に倒せた」
「これもみんなのおかげだ」
いずれ戦うことになると思って、旅に出る前からアビスサーペントの生態や習性を学んでおいたのも功を奏した。
だが、やはりこのパーティーだからこそだ。
ヤツをおびき寄せる魔力を持っていた俺。
人を空中へ飛ばすことができるマックスウェル。
弱点の脳天を守るために存在する硬い頭蓋骨とウロコは、パワー型の剣を持つオリヴィアに任せる。
そして頭蓋骨とウロコにヒビが入ったことで露出した脳天めがけて、シャーロットが最強の必殺剣を放つ。
それぞれの役割を果たすことで、無事に裏ボスクラスの魔物を撃退できた。
「結果として上手くいったが、簡単ではなかったぞ。私の腕がしびれてしまった」
「あなたなら可能だと思っていましたよ、オリヴィアさん」
今回の作戦で一番大変だったのは彼女だろう。
落下のスピードだけでも相当な衝撃になるはず。
それに加えて、超重力まで上乗せした一撃を放ったのだ。
常人の腕なら、へし折れてしまっていただろう。
「ふふ。まったく、無茶なことを平然と任せおって」
そう言う彼女の顔は、なぜか少し嬉しそうに見えた。
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