第四十話 メリッサ船長とニック副船長

 案内されてたどり着いたのは、一軒の家屋だった。

 他の家と同様、かなりボロボロだ。


 家の中にはメリッサの他に、上半身裸の男がいた。

 筋肉質で体が大きく、いかにも海の男といった感じだ。


 彼も海賊の一員で、確か副船長だったと思う。

 ゲームでもちゃんと登場していたんだけど、名前が思い出せないな。

 あとでシャーロットにでも聞いてみるか。


「悪いなぁ、こんな家しかなくて。一応、客人用で他よりは綺麗にしているつもりなんやけどね。まあ、くつろぎや」


 メリッサが片膝を立てて床に座り、肩をすくめる。

 椅子は一脚も無いようだ。

 俺たちも床に座り、彼女と向かい合う。


「用件を聞く前に確認したいんやけど。あんたら、うちらが海賊だと知っててここに来たようやな。なぜここが分かったん?」


 彼女の顔には焦りのようなものがなく、問いただしてくるというより興味本位といった軽い口ぶりだ。

 一方、後ろの男は明らかにピリッとした空気をまき散らしていた。

 いつ飛びかかってきてもおかしくない、野犬のような殺気を放っている。


「我々には優秀な占い師がついててな。この村の海賊を訪ねれば、目的の場所までいけるだろうって言うのさ。な、そうだろ、レイヴァンス」

「ふへ?」


 いきなり身に覚えのない無茶振りをされ、思わず声が裏返る。

 ていうか、占い師ってなんだ。


「あなたなら、言い当てることも可能」


 後ろからシャーロットが、こそっと耳打ちしてきた。

 え? 俺に占い師をやれと?


「いや、それならキミが……」

「闇魔法のほうが雰囲気出る。これ使って」


 いつの間にどこで用意してきたのか、水晶玉を渡されてしまった。


 本気かよ。

 やるならやるで、事前に打ち合わせなりさせてくれよな。

 仕方ない、やるか。


 ため息してから俺は、水晶玉に闇属性の魔力を込めた。

 玉がぼんやりと、薄暗い紫の光を放つ。


「おお! 雰囲気あるな。さすがは世界一の占い師」


 オリヴィア、あんた完全にいじってるだろ。


「あー、オホン。あなたたちは元々、別の国からきた海賊であろう。しかし強大な魔物に船をやられてこの村に漂流し、村人に助けられたのであーる」

「マ、マジ? 当たってるやん!」


 メリッサが上機嫌な様子で手を叩いた。

 設定を知ってるんだから、そりゃ当たるよな。


 海賊たちは村人に助けてもらったあと、いったん故郷へ戻った。

 そして船を調達して、再びこの村を訪れたのだ。


 しかし村は以前見たときに比べて、明らかに寂れていた。

 聞けば、船を沖に出すと転覆してしまうことが多くなったという。しかも魚がほとんど獲れなくなったというのだ。


 収穫もほとんどなくなり、生活もひっ迫して困り果てていた村人たちは、メリッサに一つの頼みごとをしてきた。


「ワレェ、どこで調べたんじゃ! 誰から聞いたんじゃい! ああゴラァ?」


 話の途中だったが、ついにガタイのいい副船長が飛びかかってきて、俺の胸倉を掴んだ。


 ひえぇぇえ、怖いよぉ。

 魔族とは戦えるけど、ヤンキーとか怖いお兄さんは前世から苦手なんだよな。


「ニック、落ち着きや」


 なるほど、このゴツいお兄さんはニックというのか。

 聞いてもそんな名前だっけって感じで、いまいちピンとこないけど。


「こんな具体的な占いがあるかい。ふざけおって! ぶん殴ってやる!」

「や、やめてください! レ、レレ……レイさんを離してください!」

「レイヴァンスを離して……」


 セレナがニックの太い腕にしがみつき、シャーロットは抜いた剣の先をニックの喉元にあてがっている。

 かばってくれて嬉しいんだけど、シャーロットのそれはさすがに良くないから剣をしまってくれ。


 ところでオリヴィアとマックスウェルは、なぜニヤニヤと半笑いで見てるんだい。

 絶対におもしろがってるよね、あんたら。


「ほらぁ、お嬢ちゃんたちまで怖がらせてるやんかぁ。落ち着きやって」


 なだめられたニックは鼻から思いっきり息を吐きだして、突き飛ばすように俺を解放した。


「レイさん、大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ」

「怖かったっす」


 だけどセレナが頭を撫でてくれたし、シャーロットも無言で背中をさすってくれたので、なんだか癒された。


 ニックはどすどすとメリッサの後ろへ回り、ドカッと胡坐をかいて座った。


「メリッサ。こいつら、やっぱり怪しいぜ。良からぬことを企んどるに違げえねぇ」

「なはは、悪人面のあんたに言われちゃ、さすがにこいつらが気の毒や。うちらみたいな落ちた海賊相手に、いったい何を企むいうねん」

「海軍の回し者かもしれねえ!」

「それならとっくにうちらを掴まえるなり、斬りつけるなりしとる。相変わらず神経質やな、あんたは」


 メリッサの言葉にニックは舌打ちをして、そっぽを向いてしまった。


「まあええわ。占いで知ったいうの、信じたる。ほいで? 用件はなんや?」


 そうは言っているが、おそらく占いを信用したわけではないだろう。

 ただ、俺たちに敵意がないことは理解してくれているみたいだ。


「セレスティアイル島へ行きたい。あんたの船で、そこまで案内してくれ」


 用件を聞いたメリッサは、つまらなそうに頬を膨らませた。


「島に行きたいなら、うちらじゃのうても港で船を借りればええやんか」

「船で島への航路を進んだら、どうせ海賊船が襲ってくるのだろう? それも面倒だから、こうして直接依頼にきたってわけだ」


 それを聞いて今度は、彼女が膝を叩いて笑い出した。


「なはははは! なるほど納得、おもろいやつらや。けどな、あの島は何もあらへんよ。そんなところへ、いったい何の用や。宝があるいうなら、隠すのは無しにしようやないか」

「我々は聖域に用がある」

「せいいきぃ? 何それ、おいしいん? まぁ、謝礼いただけるんなら、連れていくくらい構わへんけど」

「メリッサ!」

「ええやんか、島まで運ぶくらい。この姉ちゃんなら、ええ感じに色つけてくれるで。なあ、そやろ?」


 食えない女だとでも言うように、オリヴィアが鼻で笑う。


 これまでも旅の支度からリナリナへの給金などなど、すべてオリヴィア持ちだ。

 騎士団長だからなのか知らないけど、金持ってるなぁ。


「ワシは反対じゃ! こんな奴らに構ってる暇、ワシらにはないじゃろが」

「そりゃ、まあ……せやけどなぁ」


 どういうことだ?

 俺たちを乗せたくないだけじゃなさそうだ。


「船を襲う計画中……」


 不意にシャーロットがつぶやき、メリッサとニックの目が鋭くなる。


 そういうことか。


 この村は確かにかつては漁村だった。

 しかし今は、村人までもが海賊の一味として船を襲っている。

 そうしなければ食っていけないからだ。


 だから村人たちは海賊の一味に入れてくれと、メリッサに懇願した。


 もはやこの村は目の前の二人を筆頭とした、海賊のアジトと化しているのだ。


「なんでもお見通しっちゅうわけかいな。それなら隠してもしゃーないわな。そろそろ蓄えも少のうなってなぁ。港の船、襲う計画を立てているところやったんよ」


 緊張を解くように苦笑いを浮かべながら、メリッサはぼりぼりと頭をかく。

 港から船に乗って聖域に向かった場合、その計画に巻き込まれていたわけだ。


「あの……海賊なんてしなくても済むよう、魚が捕れなくなった原因を俺たちが解決するというのは……いかがでしょう」


 先ほどまで機嫌が良さそうだったメリッサが、急に真面目な顔で俺を睨みつけた。


「へぇ……原因も分からへんのにかい? さすがは世界一の占い師様やわ」


 鋭い目を保ったまま、彼女が口角をあげる。


「やれるもんなら、ぜひともやってもらおうやないか」


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