第五章 海の戦い
第三十九話 漁村に住む船長
荷馬車へ戻ると、すでにみんなが集まっていた。
やはり戦いは終わっていたようだ。
「レイさん!」
俺を見るなり、セレナが嬉しそうに声をあげた。
「よかったです! 心配したんですよ!」
そう言って彼女が、目をウルウルさせながら俺の手を握ってくれた。
彼女の顔を見て、ホッと胸をなでおろす。
側で守ってくれていたマックスウェルに感謝だな。
「私も心配した。遅かったから」
と言いながらも、シャーロットがジト目で俺を睨んでいる。
なんだか彼女は、いつもその目で見てくるなぁ。
どうしてなんだろうと思っていると、シャーロットまでもが近づいてきて、手を握ってきた。
なんだなんだ?
二人ともそんなに心配するなんて、俺ってそんなに頼りないのかな。
「それはそうと、みんなは無事か?」
「数名のけが人はいるが、全員無事だぞ。今、けが人の治療をしているところさ、色男君」
オリヴィアが腰に手を当てて、フフっと笑いながら状況を教えてくれた。
最後の一言が、ちょっと意味不明だけど。
「それはそうと、最初に行く手をふさいできた男が見当たらんな。魔族をけしかけておいて、真っ先に逃げたか」
そういえば忘れかけていたけど、確かにいた。
フードを深くかぶっていたから顔は見えなかったが、声には聞き覚えがあった。
だが、勘違いかもしれない。
いくら何でも魔族とあいつが関わっているなんて、さすがにあり得ないだろ。
確かにあのとき、転生者にのみ感じる電磁波のようなものを感じ取った。
だけどこれまでに感じてきたものとは、似ているようで別物だった。
うまく説明はできないけど、とにかくシャーロットなどから感じる物とは違っていたのだ。
「まあいい。危機は去ったようだし、体制を整えて先を急ごう」
オリヴィアは俺たちにそう伝えると、レックスのほうへと向かった。
「レックス殿、例の漁村までは?」
「あとは道なりに行けば、たどり着くはずです」
「心得た。ならばこの先は我々だけで充分だ。あなた方は一旦アジトへ戻り、準備を整えておいてほしい」
「分かりました。ご武運を!」
「お互いにな」
会話を終えて、オリヴィアとレックスは固い握手を交わした。
「あのぉ。私はどうしましょ」
メイド服をひらひらさせながら、リナリナが問いかける。
「ガーディアニア国の王たちの動きを探り、我々の準備が整うまで監視していてほしい。ただし、くれぐれも深追いはせんでくれよ」
「まいどありがとうございますぅ」
相変わらずもみ手して商売魂を忘れない様子が、すごくたくましく見える。
「レイヴァンス殿、貴殿もご武運を」
レックスが俺にも声をかけてくれた。
「お互い、無事に再会を果たしましょう」
返事をして笑顔を向けると、彼もまた笑顔を返してきた。
それを見ていたセレナとシャーロットが、なんとも不思議そうに首をかしげていた。
この森でのバトル前は、レックスとこんな会話をするような雰囲気じゃなかったからな。そんな顔にもなるか。
* * *
魔族にやられてしまった馬の代わりを騎士団から借りて、俺たちは再び荷馬車を進ませる。
森の奥へと伸びている道は、せいぜい地面がならされた程度のものだ。なので、かなり揺れた。
そんな道をかれこれ一時間ほど進むと、森が開けて海が見えた。
青い海、白い砂浜。
前世の世界でちょくちょく見かけた、リゾート地のポスターが俺の脳裏に浮かんできた。
「あれが漁村か」
オリビアが指さす方向に、木造の建物がちらほらと見える。
まだ距離があるのではっきりとは目視できないが、少なくとも裕福とは程遠そうだ。
さらに荷馬車を走らせて、村へたどり着く。
近くで見ると、どの建物も板がかなり痛んでいる。
漁に使うであろう小舟も、万一嵐に巻き込まれたらひとたまりもなさそうだ。
海で遊んでいた子供たちが、俺たちを見ておびえたような顔をしていた。
いきなりよそ者が来たわけだし、警戒するのも仕方がないか。
やがて、数人の男が俺たちのところへやってきた。
「あんたら、旅の者かの。こんな寂れた漁村に用があるわけでもあるまい。迷いなさったか?」
先頭に立っている一人の老人が、話しかけてきた。
「いや、我々は用があってここに来た。あなたは村長か?」
オリヴィアがそう言うと、村人たちの顔がわずかに曇った。
警戒心が強まった感じがする。
「ええ、そのとおりじゃが。一体、何用で?」
「村長ではなく、船長に用がある。と言えば分かるか?」
今の言葉で、村人の表情に敵意のようなものが浮き出る。もう完全に警戒心丸出しといった感じだ。
オリヴィアは頼りにはなるけど、言葉のチョイスがどうもよくないかもしれない。
誤解を生みやすい話し方をするんだよな。
「あの……。俺たちはただ、お願いがあって来たんです。もちろん、謝礼もします」
慌ててフォローしたが、村人たちの顔から硬い表情が抜けない。
「うちに用があるんやって?」
不意に後ろから女の人の声がした。
振り向くとそこには、肌が焼けた健康的な印象の女が立っていた。
シャツの裾を結んでへそを出し、短パンから長い脚が伸びている。
とても活発そうな印象を受ける。
間違いない。
この人が海賊船の女船長、メリッサだ。
もしも港町で船を手に入れて聖域へ向かっていたら、航海の途中でこの女船長が率いる海賊船に襲われることになる。
もっとも、なんやかんやで主人公に協力してくれる心強い味方になり、改めて彼女の船で聖域へと向かうことになるのだが。
その流れをたどるとシナリオ的にも時間がかかるし、他人にも迷惑がかかってしまう。
だから遠回りせず、船長であるメリッサと直接交渉にきたというわけだ。
「せ、船長さん……」
村長が不安そうにつぶやく。
「あんたら、どうやら海軍じゃないみたいやね。儲け話なら歓迎や」
「ふ、なかなか話が分かる女だな」
「なははは。あんた、美人やが人相悪いからなぁ。そういう女は信用できるわ」
それを聞いて、セレナが「ぷっ」と吹き出してしまった。つられて俺も噴き出す。
眉をぴくぴくさせ、顔を引きつらせながらオリヴィアが俺とセレナを睨みつけた。
その顔、確かに人相が悪い。意外と気にしていたのか。
「だっはっは! 言われてやんの!」
調子に乗って笑い出したマックスウェルの脳天に、オリヴィアの拳が振り下ろされた。
「ここじゃなんやから、場所を変えよか。ついてき」
メリッサはクイッと親指を後ろに向けてから、踵を返して歩き出した。
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