第三十五話 ゴーストソルジャー襲来

 騎士団のいるところまでたどりつくと、そこには鎧を身にまとったゴーストがいた。

 顔の部分は目も鼻も口もなく、黒い煙のようにゆらゆら揺れている。


「な、なんだコイツ……」


 騎士たちが剣で斬りつけるも、すべてがヤツの体を素通りしていった。

 顔の部分はおろか、鎧までもが実体のないビジョンのようなものらしい。

 よく見ると、鎧も透けている。


 こいつはおそらく、ある四天王の一人が率いるゴーストソルジャー部隊の一員だろう。


 こいつらは物理攻撃が一切通じないし、魔法防御力も高い。

 唯一の弱点が光属性という、なんとも困った存在である。


 ゲームの設定的には光属性の勇者に活躍してもらうための敵だったんだろうけど、俺は残念ながら闇属性だ。

 しかし魔法なら多少は効果があるから、光属性以外の魔法でもHPを削っていければ倒せるかもしれない。


 頭の中で戦いのイメージを固めていたそのとき、光り輝く剣を持った何者かが、ゴーストソルジャーに斬りかかった。


「ぎょえぇぇええええ!」


 ゴーストソルジャーが断末魔の悲鳴を上げたあと、体が黒い霧となって飛び散って消えた。


 光輝く剣を構えて立っていたのは、騎士団長のレックスだった。

 そういえば彼は魔法こそ使えないが光属性の騎士であり、魔力を剣に込めて斬りつける技の持ち主だったな。


「ついに……ついに見つけたぞ、ゴーストども……」


 そうつぶやき、レックスが前方に鋭い視線を向ける。

 彼の視線の先には、今倒したのと同じ鎧を着た無数のゴーストソルジャー部隊が、ゆらゆらと不気味に体を揺らしていた。


「レックスさん、あなたがいれば心強い。ともにこの窮地を……」

「レイヴァンス殿は、手を出さないでいただきたい」


 俺の言葉を聞き終わる前に、レックスが怒気を込めたような声を返してきた。


「あいつらは自分が倒します」

「待ってください! いくら光属性の剣でも、あの数を相手に一人では危険です!」


 説得の声に、レックスはしばらく目を閉じて沈黙した。

 そして目を開き、刺すような鋭い視線を俺に向けてきた。


「申し訳ないが……やはり自分は、あなたを信用できない。そのような者と共闘しては、余計に危険でしょう。お互いに」


 そう言って彼は、ゴーストソルジャーたち目掛けて飛び出してしまった。


 遺跡で彼が謝罪したときの顔を見て、薄々は感じていたことだった。あれは形だけのもので、本心ではまだ気を許してなどいないのだと。

 しかし闇属性というだけで、こうも拒否を示されるものなのか。ひょっとして、何か理由があるんじゃないか?


「レイヴァンス」


 俺を呼ぶ声がして振り向く。

 別の場所で戦っていたシャーロットが、こちらへ駆けつけてきた。


「新手の敵……。物理攻撃が効かない連中ね」


 じわりじわりと近づいてくるゴーストソルジャーの群れを睨みながら、彼女がつぶやく。


「レックスさんが、一人で向かっていってしまったんだ。俺たちも援護しなきゃ」

「レイヴァンス……何かあった?」


 俺の顔を覗き込みながら、シャーロットが問いかけてきた。

 沈んだ感情が、無意識に顔や態度からにじみ出ていたのだろうか。


 拒否されたり蔑まれたりは、もう慣れているつもりだったけど。

 やっぱりセレナの言うとおり、心の奥ではつらいと感じていたのかな。


「俺は信用できないって……レックスさんに言われた」

「そう……」

「でも、世間の闇属性に対する冷ややかな目とは、ちょっと違うっぽい。もっと根本的な理由がありそうだ」

「理解した。レックスの過去が関係してる」

「え?」

「レイヴァンス、ゲームをクリアしたのに知らない? 覚えてないだけかしら?」


 レックスの過去、何かあったっけ。いや、あったのかもしれないけど、覚えていない。


「レックスの故郷は、あのゴーストソルジャーとそれを率いる四天王の一人によって滅ぼされている。しかもあいつらは魔族でありながら、魔属性ではなく闇属性」


 聞く限りすごく重要な設定なのに、聞いても全然ピンとこない。


 いや、まてよ。

 確かレックスを仲間に加えたあとの四天王戦で、そんなセリフをポロっと言っていた気がする。

 思い出してきた。

 光の剣技も、故郷の仲間たちの仇を打つために編み出したものだったんだ。


「スピンオフのラノベでは、彼の故郷も出てくる」


 悪いが派生の作品にまでは触れてないし、キミほど深く沼にハマってはいないんだよね。


「とにかく、彼を助けに行くよ。キミは実態のないゴースト相手じゃ分が悪い。深くは切り込まず、魔法で対処してくれ」

「レイヴァンスも闇属性。通用するの?」

「俺にはミスティローズの霊属性があるからね」


 シャーロットは微かに、ニヤリと口角をあげた。

 その顔を一瞥してから俺も軽く笑みを返して、ゴーストソルジャーらめがけて突っ込んでいった。


「ミスティローズ、霊属性の魔法を!」

『心得たのじゃ』

「焔を取り込み、魂の力へと変えよ! 霊烈火ソウルフレア


 放った魔法を受け、正面にいる数体のゴーストソルジャーが黒い炭のようなものを四散させる。

 ヤツらが苦しそうに暴れだし、無茶苦茶に剣を振ってきた。


 こちらの物理攻撃はすべてすり抜けるのに、ヤツらの剣は実態を斬り付ける。

 そこがもっとも厄介な連中だ。

 魔法が使えない騎士にとって、これほど相性の悪い敵はいないだろう。


 でたらめに斬りつけてくるヤツらの剣をかわして、再び霊属性の魔法を放つ。

 目の前にいた一体のゴーストソルジャーに紫色の炎がヒットし、破裂して完全に消え去った。


 やはり霊属性なら、倒すことは可能だ。

 しかしこの多すぎる数に対して、あまりにも効率が悪い。


 ふと、離れた場所で光の線が走っていくのが見えた。

 その線に沿って、ゴーストたちが次々と消滅していく。


「す、すごい……。あれがレックスさんの実力か。確かに俺の援護なんて不要かも」


 とにかく俺は、目の前のやつらに集中だ。


 そう思って眼前の敵に向き直り、次の魔法を唱えようとした。

 しかし、先ほどまでそれなりに離れた場所にいたはずのレックスが、俺の周囲にいたゴーストソルジャーを次々と斬っていった。

 剣の軌道に沿って一本の光の線が描かれ、一瞬時が止まったように静まり返る。


 すべての敵を斬り終えたあと、レックスはゆっくりと身を起こして、血を払うように剣を一振りした。

 次の瞬間、周囲にいたゴーストソルジャーたちが、断末魔の叫びをあげながら消え去った。


「何しに来たのですか? 言ったはずです。あなたの力は借りないと……」


 心配でかけつけたのだと言いかけたが、声が出なかった。


 結局、彼が一人でゴーストソルジャーをせん滅させたようなものだし、本当に俺の心配なんて無用だったのかもしれない。

 そう思うと、何も言葉を返せなかったんだ。


 なんにしても、この場は切り抜けられたということか。

 最初に襲ってきた魔族らも、そろそろオリヴィアたちが倒している頃だろう。


「ゲフフフフ。やるなぁ」


 突如、洞穴の中から響いてくるような不気味な声が、頭上から降ってきた。


 見上げると、全身を真っ黒い甲冑で覆った何者かが、木の枝に座っていた。

 兜で顔をすべて覆いつくし、目の部分だけがぼんやりと赤く光っている。

 よく見るとゴーストソルジャーと同様、全身が透けていた。


 やつは枝からふわりと舞い降りて、音もたてずに着地した。

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