第二十二話 解放
「いでぇぇえええ! くそぉ! な、何者か!」
ナイフが飛んできたほうへと目線を向ける。
かなり離れた丘の上に、馬と二つの人影が見えた。
シャーロットだ。
間一髪、間に合ったか!
「カイロスさん、あなたの恋人は無事です!」
彼に向かって叫ぶ。
セレナの首筋にナイフを突き立てていたカイロスが、呆然とした様子で俺を見た。
そして、遠くにいる二つの影のほうへと顔を向ける。
馬に乗った二人が、こちらへ向かってきた。
シャーロットの後ろに、髪の長いきれいな女性が座っている。
「ミ……ミラ……」
間違いなく彼女は魔族に人質として囚われていた、カイロスの恋人のミラだった。
魔術協会の機密情報を収集するため、魔族はカイロスにスパイ活動を強いていた。
恋人を人質にとられて、彼は逆らうことができないでいたのだ。
しかしカイロスの恋人が人質にとられていることも、どこに幽閉されているかも、ゲームをクリアした俺たちなら知っている。
だから隠密行動を得意とするシャーロットが別行動をとり、ミラの救出に向かっていたのだった。
まさかこんなところで四天王の一人が襲ってくるなんて思わなかったから、かなり切迫した状況になってしまったけど。
たぶんセレナの村で魔族の軍勢を撃退した俺たちの存在を知り、監視させるためにグリムウィッチがカイロスを送り込んだのだろう。
そして、俺たちが向かう場所をカイロスから聞き出し、待ち伏せしていた。そんなところか。
魔導具による通信魔法を使えば、こっそりやりとりすることも可能だからな。
何にしても、ギリギリだったが間に合って本当によかった。
よし、それなら心置きなく戦おう。
そう思ってミスティローズブレイドを拾い上げ、すかさず攻撃の体制に入った。
しかし、いつの間にかグリムウィッチがいなくなっている。
『どうやら逃げられたみたいじゃの』
「油断も隙もないやつだな」
そういえばあいつは四天王最弱のくせに、結構な後半まで生き残って主人公たちの邪魔をしてきたぞ。
ここで逃がしたのはまずかったかも。
だが司令塔が姿を消したおかげで、魔族たちの統率力がなくなっている。まさに烏合の衆といったあり様だ。
それに比べて聖王都の兵士団側は不意打ちを受けて陣を崩していたものの、今はきれいにまとまった動きをしている。
共通の敵を前に、オリヴィアとも上手く連携している様子だ。
その辺は聖王都の兵士団だけあって、さすがだなと思った。
これならもう、人間側の勝利で間違いないだろう。
俺はカイロスのほうへと向かった。
カイロスはもう、セレナにナイフを突き立ててはいない。
ただただ、近づいてくる恋人を見つめていた。
「レイさん! よかった!」
側まで近づくと、セレナが抱きついてきた。
「キミこそ、無事で良かったよ」
そして彼も。
「カイロスさん。早くミラさんのところへ行ってあげてください」
「そ、その……。しかし、なんだか現実味がなくて。なぜミラがここに」
まあ、それも無理はないか。
俺はシャーロットたちが乗っている馬へ向かって、手を振った。
馬がこちらへまっすぐ向かってくる。
カイロスの前で馬が止まり、シャーロットが先に降りた。
そしてミラに手を差し伸べ、彼女を馬から降ろす。
「ほ、本当にキミなのか」
「私、もうあなたに会えないかもしれないって思った。でも、この人が助けてくれたんです」
シャーロットは表情をあまり出さなかったが、照れ臭そうに微かな笑みを浮かべた。
「ミラ!」
「カイロス!」
涙を流しながら抱き合う二人を見て、心底良かったと思った。本来のシナリオが悲劇なだけに、なおさらそう思うのだ。
カイロスは魔族とのつながりが魔術協会にバレて、囚われる。
そして、彼から魔術協会側に情報が漏れることを恐れた魔族によって、暗殺されるのだ。
ミラを助け出すのはそのあとになるのだけど。カイロスの死を伝えるという、これまた悲しすぎる展開も待っているはずだった。
ゲームでは存在しえない感動の再会を前に、少しばかりもらい泣きしてしまいそうだ。
「どうだ。私の自慢の部下は、上手くやってくれただろ?」
いつの間にか俺の隣にいたオリヴィアが、抱き合う二人を見つめながら言った。
そういえば、カイロスだけじゃないんだよな。
オリヴィアだって本当は共に旅することもなく、ストーリーの終盤で死亡してしまうキャラだったんだ。
カイロスとミラに優しくほほ笑むオリヴィアを見ていると、感慨深い気持ちになった。
「遅くなった。ごめんなさい」
シャーロットがこちらにやってきて、声をかけてきた。
「助かったよ。すごいんだな、シャーロットは」
「オリヴィアにたくさん鍛えられたから」
「そりゃお気の毒だ。お互い、転生したキャラに苦労させられたな」
俺を一瞥して、シャーロットがフッと笑う。
単身でミラを助け出すのは容易じゃない。
きっとこの世界でシャーロットの才能におごることなく、努力してきたんだろうな。
「そういえば、セレナ。マックスウェルはどうしたんだ?」
「え?」
人差し指をあごにあてて、セレナがしばらく考え込む素振りを見せる。
「あ! そうそう、あの人! 安心しろお嬢さんとか、俺が守ってやるよとか言ってたのに、カイロスさんの魔法で簡単に眠らされちゃったんですよ! たぶん今も馬車の中でぐっすり寝ちゃってます」
なるほど、そういうタイプの男か。
カイロスとは違う形で登場するはずだった、ちょっとだけキャラの立っているモブ。それくらいの記憶しかないんだけど。
そういうモブキャラでも一緒に旅をしてみると、色々と知れて面白いではあるな。
つまりこの世界は、知っているようで知らないことだらけってことだ。
「シャーロット殿、なんとお礼を言えばよいか! 本当にありがとうございます!」
カイロスとミラが、並んで頭を下げた。
「無事で何より」
相変わらず表情の乏しいシャーロットだったが、ほんの少しだけ口角が上がっているように見える。
「それからセレナさん、みなさん。先ほどは本当に申し訳ありませんでした。謝って済むようなことではない。それはわかっています。ミラが戻った今、いかなる処分も受け入れます」
「駄目ですよ、カイロスさん。せっかく彼女さんが戻ってきたのに、そんなことを言っちゃ! 彼女さんを悲しませたら、それこそお仕置きですから!」
腰に手を当てて、セレナがお説教モードに入る。
「ですよね、レイさん!」
「もちろんだ」
ニコッとこちらへ笑顔を見せる彼女に、俺も微笑みで返した。
人質にとられたというのに、さすがはセレナだ。
「そうはいかん!」
怒気を帯びたような声がして振り返る。
そこにいたのは、聖王都の兵士たちだった。
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