第二十一話 人質
グリムウィッチが驚きを隠せないといった顔で、俺に向けた指をプルプル振るわせる。
『ふふ、慌てておるな。あれほどの爆裂魔法で無傷なのだから、当然じゃろうの。それもお主の魔力があればこそ』
「キミの霊属性のおかげだ。闇属性はあの四天王の魔属性と同じで、攻撃や状態異常に特化した魔法ばかりだからね。防御系も充実している霊属性は、本当にありがたいよ」
『しかし、おぬしはちと強すぎる。快適な旅にはなろうが、スリリングに欠けるのう』
ミスティローズがそう言うのなら、俺はやっぱりレベルを上げすぎたのか。
しかしグリムウィッチとの力の差から察するに、ラスボスは今の俺でも充分とは言えない。
それに他の四天王の強さだって、グリムウィッチじゃ比較対象にならないくらい強いはずだ。
そもそも俺自身が四天王入りしないよう、破滅フラグを回避していかねばならない。
ミスティローズが思っているほど、快適な旅にはならないと思う。
何にしても。そんなことより今は、目の前の敵を倒さなければ。
「覚悟しろ、グリムウィッチ!」
剣を構え、空中にいるヤツめがけて飛び出した。
「図に乗るでないわ!」
いくつもの魔法の球を周囲に作り出し、俺めがけて放ってくる。
無詠唱でも作り出せるレベルまで威力を落とし、数で勝負というわけだ。
突進しながら次々に飛んでくる魔法弾を、ミスティローズブレイドで弾いていく。
魔法防御の魔法を連続で出すことはできないので、あながち悪い戦法でもないな。
とはいえ、その程度の威力なら問題はない。
「岩石の化身よ、召喚に応じ実体を得て現れよ、ストーンゴーレム!」
グリムウィッチが後方へと飛んで、距離を取りながら詠唱する。
すると、地鳴りと共に地面から大量の土砂を巻き上げ、岩の塊が出現した。
「ウガァァァアアアア!」
巨大な岩が人型になり、咆哮をあげる。
『召喚魔法か。なかなか高度な魔法を使う輩じゃの。しかし、時間稼ぎが関の山じゃ』
岩のこぶしが真上から降ってくる。
上手くかわすも、地面が揺れて体制が崩れかけた。
続けざまにもう一発、ゴーレムのパンチが振り下ろされた。
巨体のくせに、思ったより動けるやつだな。
飛び上がってゴーレムのこぶしに着地し、そのままヤツの腕を走り抜ける。
肩のあたりで飛び上がり、ゴーレムの脳天めがけて真上から剣を振り下ろした。
「
石だろうが鉄だろうが防御力無視で斬撃を与える、ミスティローズブレイドの必殺技だ。
ゲームだと本来は
でも、威力はどうやら変わらないらしい。
ゴーレムは脳天から股にかけて、真っ二つに割れた。
自分でも驚くくらい、斬ったときの感覚がない。
研ぎ澄まされた包丁で、豆腐を切ったような感触だ。
割れた巨体が左右に倒れて、地面が揺れる。
「ひえぇええ!!」
グリムウィッチが叫び声をあげた。
ゴーレムと戦っている間に、ずいぶんと遠くまで距離を取られてしまったな。
「お、おまえたち! 何をしておるか! ヤツを殺せ!」
なんかあいつ……ユウダイと同じようなことをしているぞ。
自分だけ逃げようとしている上司の命令に従い、魔族の群れが俺に襲い掛かってくる。
俺は飛び上がり、魔族たちの肩から肩へと飛び乗って、グリムウィッチの元へと駆けだした。
「く、来るなー!」
宙に浮いた状態で、やつが逃げていく。
浮いているといっても、空へと飛んでいくことはできないみたいだ。
磁石の同極が反発し合うように、魔力で地面の重力と反発するエネルギーを生み出して浮いているといったところか。
逃げるスピードもなかなかのものだが、距離は徐々に縮まってきた。
もうすぐ剣の間合いに到達するところまで近づき、剣を振り上げて構える。
「げぇぇえええ!」
あと一メートルで間合いに入る。そのときだった。
「レイヴァンス、やめろ!」
誰かの叫ぶ声がして、そのほうへと振り返る。
カイロスがセレナの首元に、ナイフをあてがっていた。
「レ、レイさん!」
「困る。困るんです。そいつが死ぬのは、困るんですよ」
ついにカイロスが動き出してしまったか。
シャーロットは間に合わなかったようだ。
俺はグリムウィッチへの追撃をやめて、剣をおろした。
「キーッヒッヒ! よーしよしよし、よくやったぞカイロス」
勝ち誇ったように、グリムウィッチが高笑いする。
「すまない、レイヴァンス。しかし……こうするより他に選択肢はないんだ」
完全にセレナが人質にされてしまった。
こうなることも予見して、カイロスだけじゃなくマックスウェルも側に付けていたのに。
確かマックスウェルは普通の善良な魔術師だったはずだが、あいつは今どうしているのだろう。
いや、そんなことを考えている場合じゃないな。
「キッヒッヒ! さあ勇者ども、武器を捨てろ。さもなくば聖女の命はないぞ!」
仕方ない。ここは言うことを聞くしかないか。
だけどユウダイたちは、素直に従うだろうか。
「おい! 他の勇者候補三人はどうした?」
グリムウィッチの言うとおり、あたりを見回してもユウダイたちの姿は見えない。
これはもしや、この場を兵士たちに押し付けて逃げ出したのでは?
「ふーむ……。まあよい。勇者候補と言えど、とんだ腰抜けの雑魚だったようだ。じゃあ、おまえ! さあ、その勇者の剣を捨てろ」
ヤツの言葉に従い、地面にかがんで剣を置こうとした。すると、ミスティローズが剣から顔を出してきた。
『おぬし。まさか素直に聞くつもりか? わらわを手放せば剣はおろか、霊属性を使うことも叶わぬのだぞ』
「だが、他にどうしようもない。闇属性だけで、やれることはないか考えてみる」
『とんだアホウよの。しかし、おぬしのそういうところは嫌いではない。死ぬでないぞ』
会話を終えて、俺は剣を地面に置いた。
とにかく闇属性だけで、この窮地を切り抜けるしかない。
まずはセレナの奪還が最優先だが、できるだろうか。
「よーしよしよしよしよしよしよし! いい気になってやりたい放題してくれやがって! さあさあ、お亡くなりになる時間ですぞぉ。動くな、動くなよー」
ニチャリと笑みを浮かべて、やつが右手に魔法力を集めた。
魔属性のエネルギー弾が、ヤツの手に生成される。
「レイさん、ダメ! レイさんが死んだら、どうせ私も殺されます! だから、剣を取ってください!」
必死の様子で、セレナが叫んでくれている。それがすごく嬉しかった。
闇属性の俺にやさしく接してくれた彼女だけは、守りとおして見せる。
「亡くなれぃいいいい!」
その瞬間。
振りかざしたグリムウィッチの手に、一本のナイフが刺さった。
「ぎょえぇええぇぇええええ!」
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