第十四話:情報交換
青髪の女は意外にも、すぐに目を覚ました。
興奮で上ずった声の金髪の男に急かされて小屋の中へと戻ると、青髪の女が苦痛で顔を歪ませながらもなんとか起き上がろうとしている最中であった。
慌てて駆け寄った金髪の男に支えられながら椅子に腰かけると、女はバツの悪そうな顔をしてこの場にいるメンツから目を逸らす。
「…………ごめん、なさい」
しばしの沈黙の後、涙をにじませた声でそんな言葉が呟かれた。
罵詈雑言の限りを浴びせられて平手打ちの一つでもかまされるかと思っていたために、予想外の謝罪に少しばかり面食らってしまう。
「あの時、あたしの【魔法】がなんでか発動しなくて……それで、焦ってるうちにあたしが捕まっちゃって…………。助けようとした、アルも捕まっちゃって…………! あたしが、ちゃんと【魔法】を使えてたら!! もっとしっかりと練習していれば、アルは、アルは…………」
口を開くたびに、ポツリポツリとこぼれるその言葉は徐々に震えが強くなっていき、鼻水を啜る音が混じった後半はもはや何を言っているのか聞き取ることができない程であった。
大粒の涙を太ももに落としながら、青髪の女はひたすらに「ごめんなさい」と繰り返す。
【魔法】が発動しなかった、というのは、少し前に【魔人】が言っていた【
詳しいコトは俺もさっぱりなのだが、この空間内においては【魔法】のほとんどが行使できない状態となっているのだという。
ちなみに、【魔人】の扱う【魔法】は人が扱うソレとは原理からして全く異なる代物らしく、発動には何ら問題ないどころか、通常よりもずっと威力や効果が底上げされている状態らしい。
【魔物】もまた同様の状態となっており、さらに強い興奮状態で凶暴さが増しているそうだ。
【魔物】に有利な効果が働き、人に不利な効果が働く――そりゃ、〈
……などと言っても、赤髪の男が死んだ責任は俺にある。
それに関して、環境や青髪の女、ましてや【魔人】のせいにして、責任を他に擦り付けるつもりは毛頭ない。
「まぁ、そのなんだ。俺だってもう少し早くたどり着けていれば、アイツは助かっていただろうし。だからその……スマン。アイツが死んだのは俺の責任だ」
謝罪なんてしたのは、何年ぶりだろうか。
最後にしたのは多分、父さんと母さんに叱られた時だった気がする。
もう十数年も前の話だ。
感謝も謝罪も、他人に送る感情を乗せた言葉なんてモノは全部、
だからだろうか、言わなければいけないとわかっていても、自分からはすぐに言葉が出てこなかった。
「俺の目がちゃんと
――これまでに何度も、人が死ぬ場面を見てきた。
大勢の人が血を流して倒れている姿を見たその日の晩に生肉を腹いっぱい食えるぐらいには、そういったコトにたいして無頓着な自分だった。
だというのに、たった数日前に出会ったばかりの赤髪の男が眼前で五体を引き裂かれ、ソイツの転がる頭と目が合うあの光景が、ずっと頭の片隅で繰り返し流れ続けているのだ。
無意識でソレを見て見ぬフリをして、ソレに気づかないフリをして、これまで通りの自分であろうとしていたのに。
青髪の女の言葉を聞いてからというもの、ずっと自分の中で考えないようにしていたことがあふれ出して止められない。
責任という言葉を盾にしてずっと意識から逸らしていた、自分の傲慢さについて。
ずっと一人で旅をしていたから、一人でもこうして生きてこられたから、俺は開拓者としても十二分にやっていけると思いあがっていた。
背負っている欠陥だって、自力で補うことができていると思っていた。
――――その結果が、この現状だ。
「……違う」
胸の中でグルグルと渦巻いている久しく忘れていたこの感情が、今はただただ気持ち悪くて、ソレを誤魔化すように視界をあらぬ方向へ向けていると。
「違う。アンタは何も悪くない。必死にあたしを助けてくれようとしたのを、あたしは知ってるから。あんなこといって、ずっと態度が悪かったのに、アンタは――カイルはこうして命を救ってくれたじゃない」
ズズズと鼻を啜る汚い音を合間に挟みながら、青髪の女がそう言った。
「この前言ったこと、これまでの態度、全部謝ります。いままでごめんなさい。そして、助けてくれて本当にありがとう。それから、ここから脱出できるよう、あたしたちを引っ張ってください」
俺を射抜くように見据えるその瞳は未だに涙でぬれているものの、しっかりとした強い意志が確かに宿っているのを感じられる。
先程までの、責任感と罪悪感で泣きわめくガキの姿はもうどこにもない。
「今この場にいる全員で、ここから生きて出ましょう」
そう言い放つ青髪の女の目からはもう、涙はこぼれなかった。
○ ● ○
……先程から商人が、涙と鼻水で顔面をグショグショにして泣き崩れているのだが、自分が一番の部外者だということを忘れてないか、コイツ。
「それで、今後の行動はどうしますか」
寸前の感動的な場面に割り込んで、【魔人】が空気も読まずに展開を急かす。
感動的とはいっても、俺自身も青髪の女の言葉で救われたなんてことは全くなく、未だに俺の胸の中では気持ち悪い感情が渦を巻いている。
きっとこれからも、あの光景を何度も夢に見るのだろう。
そうして俺は、生まれて初めて起こしてしまった自分の弱さが招いた他人の無残な死を、脳裏にしっかりと刻み込むのだ。
「まずは情報共有が先だろ」
俺たちは、それぞれの持つ情報を互いに共有しあった。
俺と【魔人】からは、行使できない【魔法】と活性化している【魔物】の状態についてを。
金髪の男と商人からは、俺たちが留守の間に調べた村の詳細についてを。
青髪の女からは、本来は群れないはずの別種の【魔物】同士が統率の取れた行動をしているということを。
「村長と思われる人の家で、手記を見つけました」
金髪の男が懐から一冊の筆記帳を取り出すが、疲れた頭で文字なんか見たくない俺は断固として受け取らない。
代わりに受け取った青髪の女がパラパラと頁をめくりながら、声に出して中身を読み始めた。
――――山で遊んでいた子供数人がゴブリンに襲われ、大きな怪我を負った。
幸いなことに、連れ去られた者も死んだ者もおらず、ゴブリンも一体しかいなかったという。
大方、近くで開拓者がゴブリンの群れを狩っていた際に討ち漏らしたのだろう。
開拓者の杜撰な仕事ぶりには日ごろから迷惑を被っている。これだから外の者は。
当面は女子供が山へ近づくのを禁止とし、男が山へ入る際は武装したうえで必ず複数人で行動を共にするようにした。
所詮はゴブリンだ、これぐらいの対応で十分だろう。
怪我をした子供は気の毒だと思うが、ゴブリン程度であの様子では、些か先が思いやられる。
その日の気になる記述はその程度のもので、その後しばらくはゴブリンに関する記述は見られず、特に何事もなかったようだ。
そしてゴブリンが現れたという記述があった日から十六日後の日付の記録で、変化が起きた。
――――早朝に山へと向かった者たちが、日が暮れても帰ってこない。
いつもであれば、どれほど時間がかかっても夕暮れ前には戻ってくるはずだというのに、一体何があったというのだろうか。
ゴブリンにやられたということは流石に無いだろうが、このようなことは私が村長となってから初めてのことであるため、とても不安だ。
今晩中に帰ってこなければ、捜索隊を編成して山へ探しに行かなくてはなるまい。
とれあえずは、帰ってこない者たちの家族には一晩待つように伝えておくとしよう。
――――昨日から帰ってきていない者たちを探すため、若い男を何人か選んで山へと向かわせた。
必ず日が暮れるまでには戻ってくるようにと伝えたが、結局、誰一人として帰ってこなかった。
山の中で何かが起きている。
明日はさらに大人数の者を連れて、私も山へ向かおうと思う。
――――早朝、一昨日から帰ってきていなかった者が一人で帰ってきた。
全身に夥しい量の傷を負い、誰がどう見ても瀕死の様子であった。
村唯一の医師によれば何とか一命をとりとめたが、まだまだ安心はできない状況らしい。
今は眠っているため、話を聞くことが出来ないが、目覚め次第、詳細を聞かせてもらうつもりだ。
とりあえず、今日行う予定だった捜索を一時中断し、彼の目が覚めるまで待とうと思う。
村の中で不安が広がっている……私が先頭に立って不安を解消せねば。
――――医師から彼が目を覚ましたと聞き、急いで話を聞きに向かった。
やはり原因はゴブリンであった。
村の女は山へ近づけなようにしていたにもかからず、どうやって数を増やしたのかは不明であるが、今現在、山は膨大な数のゴブリンによって占拠されている状況らしい。
にわかに信じがたいことだが、こうして帰ってきた者が重傷者一名のみというのは事実であり、彼がそのような嘘をつく理由もない。
このままでは山に入れず、食料や資源が不足しかねない。
即座に開いた緊急会議の結果、討伐隊を組んでゴブリンの討伐を行うこととした。
多少なりとも被害は被るだろうが、村の者たちも全員賛同してくれた。
このような事態は村が出来てから初めてのことであり、対応策などはなにもないが――所詮はゴブリンである。
村の外の者の力など借りなくとも、自分たちで何とかなるだろう。
そうしてこの村は今の今まで続いてきたのだから。
「……あれ、ここから日付が飛んでるわね」
――――討伐隊を組んで山へと入ったあの日から、八日が経った。
二度、村の男全員を集めて武装し、ゴブリンの掃討を試みたが、結果としてどちらも惨敗に終わった。
半数以上の者たちが無惨に殺され、私を含めた残りはいずれも瀕死の状態で、命辛々下山することとなった。
所詮はゴブリンだと高を括っていたが、まったくと言っていいほどに手も足も出なかった。
殺しても殺してもキリがなく、四方八方から次々に沸いて襲い掛かってくる。
ゴブリンがあれほどまでに強いだなんて、私は知らなかった。
下山した私たちを治療するために、ただでさえ少なくなっていた薬草などの備品がほとんど底をついてしまった。
村の男は皆動けない状態にあり、このままではゴブリンが村へと侵入してきたときに女子供を守れる者がいない。
幸いなことに今日までそのようなことは無かったが、それもいつまで続くかわからない。
もしそうなってしまえば、女は子供だろうと関係なく苗床にされ、残りは玩具を破壊するかのようにたやすく殺されてしまうだろう。
私は村長として、命に代えてもこの村を守らなければならない。
遥か昔から何事よりも大事とされてきた村の掟など、この際、気にしてはいられまい。
私は村の者の反対を意に介さず、娘に村中から金銭をかき集めてもらい、
既に娘には、馬を使って一番近い支部へと向かってもらっている。
力ある勇敢な開拓者、人々の守護神たる聖神、どうかこの村を救ってほしい。
――――娘が帰ってきた。
報酬金として持って行かせたはずの金の一部が、仲介手数料などで
娘は安心したようにそのような報告をしていたが、〈
やはり外の者が作った組織などアテにするだなんてどうかしていた。
私たちの村を守れるのは私たちだけなのだから。
「ここまではおおよそ、
「実際は依頼書よりも悲惨な状態だったみたいっすけど」
――――村の男たちを集めて、再び山へ登った。
結論から言うと、残ったのは私だけであった。
皆は村長である私を守ろうとして、【魔物】に殺されてしまった。
見上げるほど大きな緑の【魔物】が、無数の蔓で皆を絡めとり、まるで人形で遊ぶ子供のような扱いでもって、人体をいとも容易く引き裂いていた。
死体に何かを植え付けている素振りもあった。
あのような残忍な生物が、この世に存在してもいいのか。
ゴブリンなんて一匹たりとて見つけられなかった。
代わりとでも言わんばかりに多種多様な【魔物】が山の中を蔓延っており、山はもはや文字通りの魔窟と化してしまっている。
私のその報告を聞いて恐れをなした村の者たちが村からの脱出をはかったが、唯一の出入り口である門をくぐることができなかった。
見えない壁で門は塞がれており、農具で殴っても手ごたえは全く感じられない。
私たちは閉じ込められてしまったのだ。
……この村はきっと、私の代で終わってしまうのだろう。
青髪の女の声が止まる。
どうやら、手記はここで終わっているそうだ。
…………読むのに時間がかかった割には、情報らしい情報はたいしてなかったじゃねぇか。
「こ、この村がどういった状況でこうなってしまったのかを把握しておくのは、大事なことだと思いますよ」
「つっても、わざわざ読まなくてもオマエが中身を要約して呼んでくれりゃあ良かった話じゃねぇか」
「……いやあ俺、字を読むの苦手なんすよね。最初らへんは読んだんすけど、頭痛くなってきたんで
商人はそもそもとして読み書きができないらしく、そういった理由で俺たちが帰ってくるまで内容を確認できなかったらしい。
「それで村中の死体なんすけど、死因は餓死もしくは【
ああそうだ、という言葉に続いて、金髪の男がこともなげにそんなことを言った。
……今、サラリと死体の内臓を確認した、みたいな発言が聞こえた気がしたが気のせいだろうか。
あの蛆虫まみれの腐った肉塊をじっくり観察したというのか、恐ろしいヤツだな……。
とは言えども、死因は当初の見立て通り餓死で間違いなかったようだ。
人が飢え死にするのにかかる期間はおおよそ三十日程度といわれているため、外とこの空間とではそれ以上の時間の差があるとみていいだろう。
【魔力】を失うどうこうについてはかなり重要な手掛かりになりそうだが、【魔力】だの【魔法】だのはさっぱりなので、そこら辺はこの場の魔法使い二人に考察は任せることにした。
金髪の男も俺と同じことを考えているらしい。
「次はあたしね。とはいっても、捕まってただけだからそんな大した話はないけど」
手記の中でも軽く触れられてはいたが、あの山にはゴブリン以外にも大量の【魔物】が巣食っていた。
植物型の【魔物】――ヴァルタリアというらしいソイツに連れ去られている最中、複数の種類の【魔物】が群れを成している光景を青髪の女は目にしたそうだ。
【魔物】という存在は、同種同士で群れることはあれど、他種が行動を共にするようなことは基本的にはないのだという。
ましてや、興奮状態となって凶暴さが増すという【
にもかかわらず、青髪の女がその光景を目にしたというのなら、十中八九統率している存在がいるとみて間違いないだろう。
付け加えるなら、ソイツがココへ【魔物】を集めて【
そうであれば話は早いため、むしろそうであってほしいと切に願うばかりだ。
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