第十五話:神の依代
有益な情報があったかと言われればいささか微妙な感じもするが、それぞれの情報の共有を終えた俺たちは、改めて本題へ入ることにした。
今後の行動方針――つまりは、この【
「【
「もう一つは、『空間そのものの破壊』なんすけど、これは何をどうすれば条件が達成されるのかはさっぱりっすね」
開拓者になるにあたって様々なコトを勉強したという青髪の女たちは、改めて【
金髪の男の言う通り、二つなどと言っても後者が意味不明である以上は、前者の方法一択だろう。
それが【魔物】の掃討であればかなり骨の折れる話なのだが、さっきまでの話し合いで統率者の存在が仮定されているため、今回の場合はソイツを始末してしまえば条件を達成できる可能性が高い。
「一応、もう一つの例外的な方法として、転移の【魔術】を用いるなんて方法もあるけど、そんなもの持っている人なんてそれこそ〈
そんなことを言いながら、立てていた二本の指から一本追加してもすぐに二本へと戻す青髪の女。
【魔術】とは、ここ数十年で新しく開拓された学問の一つで、詠唱と【
使用者の才能や技術力によって出力や効果などが大きく変わる【魔法】とは違って、【魔術】は様々な法則や計算を元に作成した術式を組み込んだ【魔術陣】さえあれば誰でも使用することができるのだ。
とはいっても、まだまだ一般には出回っていない発展途上な技術であり、分かる人が【魔術陣】を見れば術式を解読できてしまうという点からも、【魔術】の発動に必要不可欠な【魔術陣】は非常に高値で取引されているほか、研究成果の漏洩を防ぐために研究者がそもそもとして秘匿しているということも少なくない。
極めて複雑かつ高度な術式が用いられている転移の【魔術】なんかは元々その一つであり、
「転移の【魔術】っつーとアレか、
「あー、あのアホみたいな値段設定のヤツっすか」
俺たちが所属する
階を一つ上がるごとに銅貨が五枚必要で、一階から〈
無論、【魔術】という極めて貴重な技術――なかでも最高級であるところの転移の【魔術】を使用するにあたって、その程度の金額で済ませられるというのは、本来であれば破格もいいところなのだが、万年金欠の下級開拓者にとっては目玉が飛び出しかねない金額である。
そのため、ほとんどの開拓者は、気が遠くなるような長い長い階段を使って階層を行き来しているのだった。
そんな転移の【魔術】だが、実は
【
たしかにそんなものが都合よくこの場にあるわけもなく、青髪の女が即座に候補から外すのも頷ける。
それならば『空間そのものの破壊』を実行する方が、まだ現実味があるような気がしてくるという話だ。
「となるとやっぱ、【
「けど、【魔物】を全滅させるにしても、
それに関しては、一つ策があった。
俺が持つ【異能】は【魔物】が嫌うニオイを放っており、察知した【魔物】は俺を積極的に排除しようと引き寄せられる。
ソレを上手く利用することが出来れば、大量の【魔物】を一か所に集めたり、何処かに隠れているであろう【魔物】の親玉を炙り出すことができるかもしれない。
とはいえども成功するかは怪しいし、下手をすれば無駄に危険を呼ぶだけに終わるかもしれないが、まったくの無策よりかはマシだろう。
なんで今までの人生で
大事なのは、今日にいたるまで自分でも気づかなかったその話を、どうやって信用してもらうかだ。
まぁとりあえずは話すだけ話してみるしかないだろうということで、作戦というにはあまりにもおざなりなその方法を伝えようとしたその瞬間、隣に座る【魔人】から声が上がった。
「それならば、カイルさんを利用するのはいかがでしょうか。彼はどうやら、【魔物】を引き寄せる体質のようですので」
「なぁんでオマエが言うかなぁ~」
そういうことは普通、当人であるところの俺が立案するモンなんだよなぁ。
至る結果は同じだとしても、俺の心構えが変わるんだよ。
他人にうまく利用されるのと、自分からすすんで行うのとでは、俺の意欲に天と地ほどの差が出るんだよ。
さっきからコイツ、わざと空気が読めない行動をしているんじゃないだろうかと思わずにはいられないほどに、やることが絶妙に鬱陶しい。
当の本人はといえば全く悪びれる様子もなく、名案だといわんばかりに自信ありげな表情を浮かべていた。
ジトリと睨みつけてみるもののキョトンとした顔を返されてしまったので、俺は大きくため息をついてから【魔人】に代わって話を続ける。
「俺も今の今まで自覚なかったんだけどよ、どうやら俺のニオイは【魔物】がやたらめったらに嫌うらしくてな? それで俺を排除しようと躍起になって襲い掛かってくるそうだ」
「なんで人から聞いた風なのよ」
呆れたように青髪の女がツッコむが、実際に聞いた話なのだから仕方がない。
「それはホントなの? カイルの今の話し方だとちょっと信憑性に欠けるんだけど」
……やっぱりそうくるか。
出来る限り、話さなくて済むならそれに越したことはないと触れないでおくつもりだったが、コレはやはり一から詳しく説明するべきなのだろう。
今からする話さえ信用されなきゃ、もうどうしようもない。
その時は「じゃあテメェらが案を出しやがれ」と逆ギレしてやろう。
「オマエらは、この世界の創生にまつわる昔話を知ってるか」
俺が以前、【魔人】に語り聞かせたおとぎ話。
世界の成り立ちと、【神暦】から【人歴】に至るまでの歴史を、子供でも分かるように噛み砕いた説明にしたモノだ。
俺がガキの頃は母さんから毎日のように枕元で聞かされた話だったが、今のヤツらはどうなんだろうか。
「それは流石に知ってますよ。【天地創造の五柱の神】のお話っすよね。子供の時に飽きるほど聞きましたから」
「その程度はまぁ、
【魔人】が座る椅子を蹴り飛ばせば、派手な音を立てて椅子ごと【魔人】が倒れた。
青髪の女も知っているようで、説明の手間が省けたことに安堵の息を漏らす。
「じゃあ、その中で軽く触れられる【眷属たる十五柱の神】についての知識もちゃんとあるな?」
人々に神なき世界での生きる術を伝えて深き眠りについたとされる、【天地創造の五柱の神】から分かたれた十五柱の神の存在。
この世界に生きる動物たちの守護神たる、動物の神。
この世界で育つ植物たちの守護神たる、自然の神。
雷を轟かせ雨を降らせる、雷雨の神。
風を呼び嵐を起こす、風嵐の神。
死した者の魂の善悪を判断して裁きを与える、審判の神。
死した者を新たな命へと生まれ変わらせる、転生の神。
死した者の魂を管理し、転生の神へ引き渡す、冥府の神。
人々に病や毒という試練を与え、それらを乗り越える術を伝えた、病毒の神。
人々に傷や怪我を癒すための術を伝えた、治癒の神。
人々の眠りを見守り、夢を見させる、睡眠の神。
人々の歴史を壊し、時代の発展を促す、破壊の神。
命宿らぬ物体を別の形へと作り変える、再生の神。
人々に【魔物】と戦う術を伝えた、戦闘の神。
人々に住処の作り方と、環境に適応する術を伝えた、建築の神。
「――そして、人々にモノを造るための術を与えた、鍛冶の神」
それらの神は、眠りについてなおも世界を見守るために、数多に存在する人々の中からそれぞれ一人を選び、自分たちが世界を覗き視るための
【権能】を貸し与えられ、代行者として人々を導く『使命』を帯びた、神の【依代】。
その中の一人が、俺だ。
グラウスの一族は代々、鍛冶の神の代行者として人々に鍛冶の方法を伝え広めてきた。
かつては名家として名を轟かせていたが、時代を経るにつれて神の存在は単なるおとぎ話として語り継がれるようになり、同時に神の代行者として馳せていたグラウス家の名も次第に歴史の波に埋もれてしまう。
世界中に鍛冶の文化が根付いて、知識を伝え広める必要がなくなった今、
初代グラウスが鍛冶の神から告げられたという『いつか来る災厄』に備え、万世不朽にして世界最強の剣と盾を造り上げること――それがグラウス一族の命題であり、そして、俺の夢でもある。
そのために俺は国中を旅し、様々な素材をこの目で見て収集してきた。
しかし、その旅も様々な点から限界を感じ始めた俺は、環境の一新も兼ねて、国中の様々なモノが集まる王都で開拓者になることにしたのだ。
それなら、依頼で各地に赴くことができるし、開拓者が収集した多様な素材を個人的に買い取ることもできると考えたんだが――実際に開拓者になってみて、あの組織があれほどまでに階級制度が強いとは思ってもみなかった。
「俺の持つこの【異能】――正確には【権能】だが、コレは元々、鍛冶の神が持っていた武器庫でな」
鍛冶の神より貸し与えられた、【権能】『エクスーシア・ラーヴァ』。
グラウス一族が作成したモノを無尽蔵に保管することができる異空間と、それらを自在に出し入れするための窓を使用することが出来る。
時間から完全に隔離されたその異空間では、あらゆるモノの腐敗や劣化が生じない。
窓を生成するには膨大な量の【魔力】が必要であり、もとより常人に比べて【魔力】の総量が少なかった俺は、この【権能】を父さんから継承して以降、体内で生成される【魔力】のすべてを余すことなくこの【権能】に常時徴収され続けている状態となっている。
その結果が、『【魔力】:欠如』というワケだ。
「おとぎ話によれば、【天地創造の五柱の神】の恨みからうまれた【魔物】は、人や世界、そして創造神たちを裏切った【眷属たる十五柱の神】を怨敵としているらしい」
ただでさえ人が憎いというのに、それに加えて裏切り者の神のニオイをプンプンさせているというのだから、そりゃあ【魔物】も目の色を変えて襲い掛かってくるだろう、という話である。
あのギルドの女職員――受付嬢が言っていた意味深な発言は、俺の特殊な血筋と継承された【権能】を指していたのだ。
今思えば俺が
であれば、俺たちのような存在を手放したくない、という受付嬢の発言も頷ける。
国の発展と安全を象徴する
そりゃあ、多少なりとも汚い手を使ってでも無理やり監視下に置くというものだ。
「まぁ、この話を裏付けする方法なんて現状はないし、今は信じてもらうしかねぇんだが」
「確かに信じがたい話ではあるけど、それこそ現状でそんな出まかせを言う理由もないだろうし、あたしは信じるわ」
「俺もモチロンすよ。アルもこの場にいたら即答でそう言ってたはず」
金髪の男の発言には、大いに同意できる。
なんならソレに加えて、俺の両手をひしと掴んで大興奮していたに違いない。
片手で数える程度の日数しか付き合いがなかったというのにも関わらず、あの男のそんな光景がありありと目に浮かんだ。
青髪の女と金髪の男もそれは同様だったようで、二人は顔を見合わせて笑っている。
赤髪の男と過ごした時間は最も長いだろうに、この二人はあの男の死をもう乗り越えつつあるらしい。
きっとコイツらは次に眠ったとき、悲惨な死に際を悪夢に見るのではなく、共に過ごした思い出を夢として見るのだろう。
その切り替えの良さは、今後もこういったことが当たり前のように起きうるであろう開拓者という職業にピッタリなのかもしれない。
「じゃあ、話は戻すんだがコイツの言った案でいいか?」
「それだとカイルさんの負担が大きくなるっすけど、カイルさんはそれでいいんすか?」
「俺の負担がデカいなんてこと、この依頼が始まってからはずっとそうじゃねぇか。今に始まった話でもないだろ」
まぁ、そのほとんどが自分が蒔いた種なんだが、今はそれを棚に上げて、精一杯カッコつけさせてもらおう。
なんせ、俺はただのエサで、実際の戦闘のほとんどは【魔人】に押し付けるつもりだしな。
そもそも、前提として俺というエサに【魔物】共が釣られないという可能性もある。
どちらに転んだとしても、年長者らしく、そして
青髪の女だけはなにやら不満げであったが、「じゃあ今すぐ代案を出せよ」と凄んだら押し黙ったため、最終的には全員から同意を得られた。
――――さぁ、最終決戦といこうじゃねぇか。
俺の悪夢の種がこれ以上増えないよう、コイツらにはきっちり生きて帰ってもらわなくちゃな。
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