一章:神に祝福された青年と罪種の血を引く娘
第十一話:夜闇の山中
…………さて、どうしたもんか。
【魔物】の中でもズバ抜けて高い知性を持ち、人のように言葉を話して生活を営むような存在を【魔族】と呼び、それらの容姿は総じて、体毛がなく地肌が剥き出しとなっている不気味な姿をしている…………といったような話を前にどこかで耳にしたことがあるんだが、どうやら目の前の女? は、その【魔族】とやらとは別種の存在らしい。
【魔人】なんていう単語は全くもって耳にしたことがないが、コイツが作った言葉なのか、はたまたそう言った存在が過去にいた事例があるのかは分からない。
何はともあれ、目の前で尊大に笑うコイツが人ではないということは見た目からして明らかな話であり、だったらどうして今になって唐突に正体を明かのかを俺は内心で探っていた。
なんらかの目的を達成したからとみるのが筋なのだろうが、一体なんの目的があったのか。
村――というよりは【
目的が俺で、俺が一人になったから? 右に同じく、今この状況で正体を明かす理由にはならない。
だめだ、もとより俺は頭を使うのが大の苦手なんだ。
こんなこと考えたところで何かあるわけでもなし、とりあえずは対話を図ってみるべきだろうか。
……目に見えない斬撃で六体もの【魔物】を瞬時に細切れにして、なんの前触れもなく出した炎で灰すら残さず燃やし尽くすような埒外の存在を相手に、俺はどう意思疎通をとったらいいのだろうか。
そもそもとして、よりにもよってなんで、俺なんだ――!
「これならば
「……へ?」
「補助や治癒の【魔法】に関しては諦めてもらうより他ないが――そもそもそれほど得意という訳でもないし――戦う術においては、先程見せた通りだ。これならば、
何がいいたいのかすぐには理解できず、言葉を咀嚼して飲み込むのにしばらく時間がかかってしまった。
つまりは、同行したいけど正体を隠したままだと役立たずなので、正体を明かして自分の存在価値を示したかった――ということだろうか?
「何が目的だ?」
「目的? 同行したい理由か? それはつい先程も言ったはずだが」
そして、そうまでして同行したい理由が、ただ単に面白そうだからであり、本人にはこれと言って何か別の目的や意図があるワケじゃない――ということなんだろうか?
…………。
……………………。
………………………………。
「だああぁぁぁぁ、もう! ワケわっかんねぇ!!」
「そう大きな声を上げると、【魔物】が寄ってくるぞ?」
「うるっせぇよ! 誰のせいだと思ってやがんだ!!」
こちとら、日頃から頼りにしてる自慢の鼻がついぞ機能しなくなって調子が狂ってるし、頭も割れるみたいに痛むし、これからやるべきこととか、やらなきゃいけないことがいっぱいでただでさえ頭ん中がパンッパンだっていうのに、ここへきて変な情報を追加してくるな!
もう考えるのはやめた、もう知らない。
「オマエは人じゃないが、【魔物】でもない!?」
「あ、あぁ。どちらの特徴も有してはいるが、種族としては全く新しい別物だと思ってくれていい」
「オマエには何か別の目的があるワケじゃなく、ただ面白そうだから今ここにいるんだな!?」
「ずっとそう言っているだろう」
「オマエは現状、俺たちの味方であると考えていいんだな!!?」
「現状も何も、王都からずっと同じ
これが嘘だろうが、それはもう俺の知ったことじゃない。
元より、この【
死ぬ時は死ぬ、これに尽きる。
だったら、あれこれと深く考え込んで頭の中がしっちゃかめっちゃかになるよりかは、とりあえずはその言葉を鵜呑みにしてせいぜい利用させてもらう方が、幾分か建設的だ。
「……とりあえずは分かった。けど、その姿はなんとかならないか? キモいし、何より他のヤツらに見られると絶対に面倒臭いことになる」
「キモ――!? これが
何やら衝撃を受けた様子でブツブツと何かを言いながらも、見慣れた――というのも少し変な話だが、先程までの人と変わりない容姿へと戻っていく。
ゾワワと体毛が体の先端から生えていく様子もまた、傍目から見れば中々に気持ち悪かったものの、わざわざ口にするほどでもないと思い、今度は黙っておくことにした。
「で、だ。オマエの正体は俺だけが知ってるということでいいんだな?」
「そう思ってくれて構わない。あの
ホント、なんなんだあの職員。
そんでもって、特殊な存在を集めているかのような口ぶりだったが、
国が直接運営にかかわっているので、やましいことや悪事に関することではないと思いたいが……もし厄介ごとに巻き込まれるようなら、脱退を本格的に考えることにそうだ。
「だったら、そのまま
「私の正体についてを『問題』と称されるのは、少しばかり物申したいところもあるが……了承した」
俺たちが最優先でやるべきことは、【
その目的に不必要かつ邪魔になりかねない情報は、伏せておいた方が何かと都合がいいだろう。
……まぁそれも、赤髪の男と青髪の女を見つけられないと、意味のない配慮なんだが。
見つけるとはいっても、鼻も【魔法】も使えない以上、どうにかして痕跡を探し出して地道に探すより他はなく、それすらも松明程度と満月程度の光源では中々に難しい。
それでも、夜目が効かない俺が一人で行うことに比べたら、人手が増えただけでも随分とマシな話ではあった。
加えて、この【魔人】の女は身体能力や感覚機能が人と比べて遥かに優れているようで、俺が目を凝らして悪戦苦闘している最中に、随分と容易く痕跡を見つけた。
……このままでは俺の方が役立たずになってしまいそうだ。
別に能力で優劣をつけたいとは思わないが、寸前にコイツを役立たず扱いしてしまった手前、どうにかしてそれは避けたいところだった。
「どうやらアルフレッドとマリシアンを攫った【魔物】はこの方角へ進んだようだ」
【魔人】が指した先には、草が踏みつぶされて出来た道が続いている。
地面を松明で照らせば、微かではあるものの乾ききっていない血が付着していたため、この先で間違いなさそうだ。
未だにあの二人を連れ去った【魔物】の正体と、連れ去ったその理由が判明していない以上は、慎重を念頭に置いて気配を殺して進むべきだろう。
そう考えれば、大まかな方角さえわかってしまえば、生物の気配が一切感じられない静かな山の中なら耳を頼りに捜索することができるので、大声で呼び掛けながら進む必要がないのは大きい。
手に持っていた松明の灯を消し、口に人差し指を当てて『静かに』の仕草を【魔人】の女へ向けて行うと、【魔人】はコクリと首を縦に振る。
そして俺たちは、【魔人】を先頭にして山の中へと入っていった。
頭上で生い茂る樹木に遮られて月の光が届かないために視界がかなり悪く、また木の根や石で地面が凹凸としており、歩きづらいことこの上ない。
認めたくないが、俺一人では歩くことすらままならなかっただろう。
本来であれば近接戦闘の心得のある俺が前に立つべきなのだろうが、こればっかりは仕方がない。
昼間の街通りを歩くのとさほど変わらないような速度で進む【魔人】に連れられる形で、夜闇に包まれた樹々の間を手探り状態で進んでいく。
……それにしても、嵐が迫り来る直前を思わせる不気味な静けさだ。
これだけ自然が豊かなら虫の鳴き声や草木が風に揺れる音なんかが聞こえてきても何らおかしくないというのに、周囲は静謐で満たされている。
≪ヘデラ≫の門前で音やニオイが全く感じられなかったところから考えるに、恐らく【
見えない壁で完全に密閉されている感じからすると、このままこの場所にい続ければいつかは空気がなくなってしまうかもしれない。
まぁ、山四つ分を丸々覆うような広大な空間の空気を、六人がかりで消費するのに一体何年かかるんだって話だが。
そうして歩くことしばらくして。
「……!」
耳鳴りがしそうなほどの静寂に支配されていた山の中で、ついにようやく、微かではあるものの音が聞こえた。
音というよりは鳴き声だろうか。およそ生物のものとは思えない、それでいて確かに鳴き声であると理解できる――それは、【魔物】が発するモノに違いなかった。
俺と【魔人】は顔を見合わせ、そして、鳴き声のする方向へと走り出す。
……が、しかし、俺と【魔人】とでは山の中を駆ける速度にあからさまな差が発生しており、どうしても両者の間に距離が出来てしまう。
チラチラと背後で必死に後を追う俺の姿を窺い見る【魔人】に「先に行け」と叫び、瞬く間に見えなくなった背中の後を、音だけを頼りに駆ける。
徐々に明瞭になってくる鳴き声。
程なくして、その中に【魔人】と思しき声も混じり始めた。
人に擬態していた時の口調で何やら叫んでいる様子を鑑みるに、その場には連れ去られた二人のうちのどちらか、あるいは両方が生きたままそこにいるのだろう。
とっとと合流して状況を確かめたいところなのだが、何度も足を取られそうになるために中々速度が上がらない。
もういっそのこと周囲一帯の樹々を燃やしてやろうかとも考えたが、赤髪の男たちの状態が不明瞭な以上、帰路を断ちかねないような真似は出来まい。
「だぁぁ、くっっっそ! どいつもこいつもジャマくせぇ!!」
身体の不調と思うように動けないもどかしさが相まって、行き場のない苛立ちが蓄積されていく。
…………大体、なんで俺がこんな思いをしなくちゃいけないんだ。
さっさとアイツらを連れ戻して、金髪の男も含めて三人に説教かましてやろう。
仮にも開拓者が【魔物】なんぞに容易く誘拐されるなんて、間抜けにもほどがあるという話だ。
そうしたら遠慮なく山を焼いて、【
そこまでしてやっと、この苛立ちは解消されるというものだ。
なんてことを考えながら怒りに任せて一歩一歩を力強く踏みしめながら、とうとうようやく、【魔人】の声がすぐそこから聞こえてくるまで近づいた。
所々で言葉が止まったり詰まるのは、もしや戦闘の最中だからだろうか。
どことなく愉悦の念が混じっているように感じられる【魔物】の鳴き声に紛れて、くぐもった人の声が二種類。
轡でもされているらしく、言葉にはなっていない上に聞き取りづらいことこの上ないが、赤髪の男と青髪の女の声で間違いない。
両手に二丁の銃を持ち、すぐにでも戦闘へ参加できるように構える。
どうやらこの先は開けた場所になっているようで、徐々に月明かりが姿を見せ始め、視界も広くなっていく。
それに伴って足場も平坦なものへとなっていき、気が付けば俺は全速力で走っていた。
散っ々、疲れさせやがって。【魔物】が視界に入った瞬間、全弾ぶっ放してやる。
そんな心意気でもって渦中の場へといざ踏み込んだその直後。
「な――――」
青髪の女の尋常でない叫び声と共に、開けた広場のそのど真ん中で、人が五体を力任せに引きちぎられる瞬間を俺は目にするのだった。
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