第八話:不穏な雲行き
フレイシスとカイルの他愛のない会話は、アルフレッドたち三人がのそりと起きだした頃――陽が完全に上り切った昼前まで続くこととなった。
会話、とはいってもそのほとんどがフレイシスからカイルへと一方的に話しかけるものであり、カイルはそれに対して気が向いたときに返事を返す程度のものだったのだが、それでもフレイシスはいたく満足した様子で終始楽しそうな表情を浮かべていた。
「……おはよう」
「おはようございます。調子はいかがでしょうか」
「あんまりいいとは言えないかな……」
「あったまいたい……すっごく眠いのに目だけはぱっちり覚めてる感覚が気持ち悪い…………」
「薬の効果がまだ残ってるんだろ。飯食って軽く体動かせば、大分マシになると思うぞ」
「不眠症の人たちって毎日こんな思いしてるんすか。やばいっすね」
市場で出回っているこの手の薬の多くは、敢えて副作用が残るように作られている。
この睡眠薬で例えるならば、激しい頭痛、食欲不振、倦怠感、強い眠気と強制的な覚醒状態……といった具合に、明確な症状として現れる副作用をいくつか含ませておくことで、その症状を和らげるための薬をさらに買わせる、といった寸法である。
そのため薬学の知識を持つ者であればそういった薬は自分で作るのだが、知識を持たず深刻な症状に悩まされている者たちは、粗悪品であると知りながらも薬を購入し続けるしかない。
この方法で利益が出ている現状では薬の改善がされるはずもなく、消費者と生産者の間で負の連鎖が発生してしまっているのだった。
「
「今何か食べたら吐きそうなんだけど」
「食え」
あまり食欲がない様子の三人に有無を言わさず
「毒は入ってませんから安心してください」
「オマエなぁ……」
昨晩に毒を盛られたばかりの者が言うには重すぎる冗談であったが、この場にいる者全員が言われるまでもなくそれを理解していたようで、毒を盛られた当の四人はカイルの呆れたような反応を見て愉快そうに笑う。
依然として食欲はわかない三人ではあるものの、せっかく作ってもらったものを無下にするという発想もなく、液体であればまだ幾分か口にしやすいということもあって、朝食には遅く昼食にはまだ少しばかり早い食事をすることにした。
「これはカイルが作ったのかい?」
「それがどうしたよ」
「いや。料理が上手いんだなって思っただけさ」
意外、という
しっかりと火が通ったそれはホロホロと口の中で崩れ、素材本来のほのかな甘みと薄目に味付けされた
別段凝った味付けでもなく、この程度であれば誰でも作れるような代物ではあるのだが、普段の粗暴な態度からは想像つかない丁寧な調理の仕方に、三人は揃って驚いた。
「一人旅を十年以上も続けてたんだ、コレぐらいのコトは否が応でも出来るようになるっての」
「もっとこう、アンタの料理は、肉ッ!! 濃ッッ!!! 脂ッッッ!!!! って感じなのかと思ってたわ。料理とすら呼べないような、焼いただけのやつ」
「ぶっ飛ばすぞ」
実際、普段であればマリシアンの言う通りの調理
生きるために必要な食事に関しては基本的に、栄養を摂取すれば味はどうでもいい、という考えなため、カイル一人であれば携帯食料や自作の栄養剤などで済ませることが多い。
無論、酒やツマミといった娯楽としての食事は別であり、味付けの好みなどもしっかりあるのだが、元来の性分が妙な部分で
もっとも、趣味というよりは一時的な
「――で、これからどうするか、という話だったね」
全員が腹を満たし、顔を洗って装備を身につけた後、五人は集まって今後の方針について話し合うこととなった。
まず大前提として、このまま依頼を進めるか否かに関しては、満場一致で続行の意見となった。
しかし、馬車を操縦していた者がすぐ側で鎖に巻かれた状態で転がっている以上、移動手段はどうするのかという問題が浮上する。
この場の全員は馬車を操縦した経験がなく、またそれらに関する知識も持ち合わせていない。
当初通りに徒歩で向かうとなれば、毒を盛って犯罪を行おうとしたこの商人とその馬車をこの場で放置していくことになるのだが、危害を加えられそうになった側としては、犯罪者を見逃す気には到底なれずにいた。
「もうコイツに馬車引かせたらいいんじゃないかしら。カイルが隣に座って脅しておけば素直に従うんじゃない?」
「俺をなんだと思ってんだ」
マリシアンの適当な意見に反論するカイルだったが、昨晩のうちに凶悪な表情と鋭利な武器を用いて尋問する様子を見ていたカイルを除く者たちは妙案だと言わんばかりに頷く。
「軽い切り傷などであれば私の治癒の魔法でも治療できます。あらかじめ痛めつけておけば反抗する気概もなくなるのではないでしょうか」
「それは誰がするんすか?」
「カイルじゃない?」
「ですね」
「さ、流石にそれは健全な開拓者としてはあまりとりたくない方法かなぁ……」
呆れのあまり半眼となるカイルの横目が、会話を聞いて震え上がる商人の姿を捉える。
わざわざ実行に移さずとも、恐怖はしっかりと植え付けられているようだ。
「脅すかどうかはさておいても、彼に引き続き馬車を引いてもらう形でも構わないと僕は思うよ」
「まぁ、一度襲撃に失敗した開拓者に囲まれながら、再び悪事を働けるような気概は流石にないだろうしなぁ」
チラリとカナリアが商人へ目をやると、商人は激しく頭を縦に振って同意を全力で示す。
「【異能】に関してはどうしようもないが、【魔法】なら使えねぇだろうしソレでいいんじゃねぇか」
商人を縛るのに用いられた鎖は特殊なもので、拘束した相手の【
丸一晩、鎖に巻かれた状態であったなら、よほど熟練の魔法使いでもない限りは【
【
拭けば飛びそうなその体躯では【魔法】なしで五人の開拓者を相手に抵抗するなど、到底できないはずだ。
「つーワケでだ、ジジイ。引き続き《へデラ》まで
猿轡は残したままではあるものの、雁字搦めになっていた鎖を解いて商人を解放すると、カイルは嫌味たっぷりに笑みを浮かべながら御者台へと商人を座らせると、自分はそそくさと荷台へと入っていく。
「じゃあ俺はしばらく寝るから」
荷台に載せられていた荷物を肘置きにして、カイルは仲間の返事も待たずに目を瞑る。
とはいっても、自分たちの代わりに見張り番をしてくれていたため、三人の中にそれを非難する者はいなかった。
しばしの平穏な旅路、五人の開拓者は心地よい揺れと温かな気温に微睡み、一人の商人は背後の存在に怯えながら、一行は目的地である≪ヘデラ≫へと向かうのであった。
○ ● ○
≪ヘデラ≫は四方が山に囲まれている土地柄故に、他の村や町との交流はあまりなく、村に住む人々の衣食住が村の中で完結してしまうほどの、小さな小さな田舎村である。
町や村というものは基本的に、他の村町との交易で足りない食料や道具などの補うものなのだが、幸いなことに山には過ぎる程に豊富な自然の恵みで満ち満ちており、≪ヘデラ≫の人々は平凡な暮らし程度であれば自給自足で事足りていた。
そのような閉鎖的な暮らしを長年に渡って続けていたせいか、意味を感じず行っていなかっただけに過ぎない外との交流はやがて、『村の外とのやり取りは行ってはならない』という暗黙の掟へと変化を遂げていくこととなる。
それ故に、村の生命線といっても過言ではない山に【魔物】が棲みついてしまった際、棲み付いたのがあのゴブリンであったことも相まって、無謀にも自分たちで解決しようと躍起になり――結果、村の存亡に関わる程の人的被害を出すだけに終わってしまった。
沢山の怪我人を治療するには村の備蓄だけでは到底たりず、薬草を採ろうにも山には【魔物】が巣食っている。
幸か不幸か、【魔物】達は山から村へと降りてこないために、山に入りさえしなければ襲われることはないものの、山に入れなければ薬草以前に食料の補充も行えない。
そして、村中の備蓄はあっという間に尽きてしまった。
そんな絶体絶命の状況に陥ってようやく、村の人々は外部の助け――つまりは、
しかし、時すでに遅く、村長が出した使いが村へ戻る頃には――――。
「おいおい、ホントにココであってんのか?」
山が太陽の光を遮るせいで周囲は薄暗く、そして気味が悪いほどに静まり返っている。
動物はおろか虫の気配もなく、この場には、ただただ妙な薄気味悪さが漂っていた。
馬車から降りたカイル一行はその景色を見るや否や、不気味な雰囲気に各々で不可解そうな表情を形作る。
「合ってます! 合っておりますとも! 四方が山に囲まれた村など、この近辺には他にないですから!」
寝ていたカイルはさておいても、他の四人は、大きな山に挟まれた小さな細い道を通る様子をしっかりと確認している。
商人の言う通り、王都周辺に似た土地の村などないことから、この先に≪ヘデラ≫があることは間違いないだろう。
ここから先は大きな荷馬車では通れそうもない荒れた道のようで、一行は徒歩で目的地まで向かうこととなる。
馬車の荷台から馬を離し、商人に馬を歩かせ、その商人をカイルたちが歩かせることしばらくすると、一行の眼前に木製の大きな門と柵が姿を現した。
村の中と外を分断するかのように聳え立つ堅牢な門は隙間なく閉じられており、柵も身の丈以上の高さであるために、村の中を窺い見ることは出来そうにない。
「村ん中がエラく静かだな。ニオイもしねぇ」
ピクリと耳を動かし、スンと鼻を啜るものの、カイルのそれらは一切の情報をとらえない。
アルフレッドたち三人も門に耳を当てて中の様子を把握しようと試みるのだが、カイルと同様に何も聞こえなかったようだ。
「まさか全滅したとか?」
「ゴブリンで? まっさかぁ」
「【魔物】に怯えて、村人全員が家に引きこもっているんじゃないかな」
門の前で口々に話し合う三人を他所に、カイルは一人頭を捻っていた。
「いかがなさいましたか」
「ニオイがしねぇんだ」
「それはアルフレッドさんの言う通り、閉じこもっているからでは」
「違う。
門より向こうの空間からは、一切の情報が伝わってこない。
まるでこの先にはなにも存在しないかのように、カイルはそう感じて仕方がなかった。
「オマエはなんか感じねぇのか?」
「私は何も」
「ホントかよ」
さしものカイルとて、これまでのやりとりから、フレイシスという女性がただならぬ存在であることは察していた。
そのために一応ということで訊ねてはみたのだが、案の定というべきか、フレイシスはにこやかな笑顔で首を横に振るのだった。
その一方で、アルフレッドたち三人は門を叩きながら村の中へと呼びかけを行っていたのだが、やはりそれにも一切の反応はない。
「どうする?」
「取り合えず、開けて入ってみたらいいんじゃ?」
「カイルとフレイシスもそれで構わないかい?」
二人の頷きを確認したアルフレッドは、カナリアと共に左右それぞれの扉に両手を当てると、せーので呼吸を合わせてゆっくりと門を開く――――の、だが。
「え、ちょ、二人とも!?」
村の中へと一歩足を踏み入れたその直後、突如として何の前触れもなく、二人の姿が音もなくきれいさっぱり消えたのだ。
目を離したわけでもなければ、瞬きすらしていなかったにもかかわらず、この場にいる全員の視界から、アルフレッドとカナリアの姿が消失してしまう。
それでもなお、重そうな扉はひとりでに開いていく。
「う、うわぁああああ!!」
パニックのあまりその場から逃げ出そうとした商人の首根っこをカイルは即座に掴むと、完全に開ききった門の中へと何の躊躇もなく放り込んだ。
やはり商人も同様に、村の外と内の境界線を越えた直後に姿を消す。
転移の【魔術】かなにかだろうか、と当たりをつけて軽く周囲を見渡してみるも、【魔術】を発動するために必要不可欠な魔術陣らしきものは見つからなかった。
「村に入ると消えるらしいな、どうする?」
「し、しんじゃったってことは……!?」
「あぁ、それはないと思いますよ。入ってすぐにどうこうなるというものではありませんから」
門の前で足踏みする二人を見かねて、フレイシスが一歩前に出る。
「ただ、早く何とかしないと、すべてが手遅れになってしまうかもしれません」
「オマエ……やっぱなんか知ってんだろ」
「いえ。ただ、神官としての勘です」
あっけらかんとした様子でそう言ってのけるフレイシスに、カイルは思わず呆れた視線を送るのだが、当の本人は全く気にしたそぶりを見せない。
それどころか、臆する様子すらなく門の前へと近づくと、そのまま止まることなく村の中へと足を踏み入れ、そして消えた。
残されたマリシアンとカイルは、そっと互いの顔を見やる。
「えぇいちくしょう、やってやらぁ!」
「ちょ、待ちなさいよ! 置いてかないで!!」
二人揃って勢いよく門の中へと飛び込み、残された馬だけが状況を掴めず、ヒヒンと軽く嘶くのであった。
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