第七話:人と、魔物と、神々と。
「せっかく二人きりとなれたことですし、少しお話でもしませんか」
アルフレッドたち三人が
「そこに商人もいるぞ」
「あれはいいんです。数に入れる必要はありません」
カイルは、下着一枚の状態で鎖をグルグルと巻かれて地面へと転がされている老人を顎で指すものの、フレイシスは老人を『あれ』扱いして気にも留めない。
オマエと話すつもりはない、という遠回しな表現は全く意に介されなかったようだ。
「というか寝ろよ。見張りを出来るヤツが二人しかいないのに、二人とも起きていてどうするんだよ」
野外で夜を明かす際に見張りを立てることは、開拓者においては最低限の常識である。
本来であれば二人一組で交互に行うのが理想的であるのだが、今回は見張りを行えるのがカイルとフレイシスの二人しかいないため、一人ずつ寝て交互に行うよりほかない。
だというのにも関わらず、フレイシスはカイルとの対話を行おうとするのであった。
「私、一日程度であれば寝なくても問題なく活動できるんです」
「じゃあ俺が寝るわ。なんかあったら起こせよ」
「いいのですか。非力な私が一人で夜の番を出来ると本当に思いますか。きっと、非常時の際には混乱のあまり何もできず、そうしてこの
「…………」
出していた道具を仕舞って仮眠の準備を整え始めるカイルだったが、その奇妙な脅し文句に思わず動きを止めてしまう。
「そんな私に一人で見張りをさせるだなんて、随分と
――――何がしたいんだコイツ。
信用や信頼云々の話ではなく、開拓者である以上はこれぐらいのことは最低限こなせるはずだという認識からくる判断であり、事実、野営時における対応に関しては
この場が安全地帯であっても野外である以上や適切な対応を行うべき……なのだが、不安と不信感を煽るようなフレイシスの物言いは、決して無視など出来ない妙な説得力があった。
「あれ、寝ないんですか」
「テメェ……殴るぞ」
片付けをしていた手を止め、焚火の傍へと座りなおしたカイル。
その様子を見て、フレイシスは心底嬉しそうに目を細めるのだった。
「まあ確かに談笑に誘ったのは私ですけれども、寝ておかなくて大丈夫なのか少し心配なのも事実でして」
「別に、俺だって二、三日程度なら寝なくても問題ない。一人旅をしていた時はむしろ、それが普通だったからな」
一人旅では交代制の見張りなどたてられるわけがなく、夜は日が昇るまで起きて周囲を警戒している必要があった。
そんな環境に鍛えられた経験が活き、どんな環境でもすぐに眠りについてすぐに目を覚ますことができ、三日程度であれば不眠でも問題なく活動できる技能を手に入れることができた。
それが健康面に悪影響を与えないかどうかは別としても、この技能には何度も助けられたのは事実である。
「だったら最初から起きていればよかったのに」
「寝られる環境があるなら寝ておくに越したことはないだろ。非常時ってのはどんな場合でも起こりえるんだしな」
「そういうものですかね。私は眠れないので、眠ることができるというのは少し憧れがあります」
人によっては、そのような短い睡眠は寝ているのではなく気絶だ、短時間の睡眠では疲労はとれないどころかかえって疲れやすくなる、などといった考えもあるのだが、少なくともカイルにとってこの仮眠方法は、思考や気持ちの
実際がどうであれ、本人が疲れが取れたような気がして思考が明瞭になったというのであれば、それで問題はないだろう、という考えである。
「眠りといえば、そこの【
「毒つっても正確にはただの睡眠薬だな。市場でも出回っている、不眠症向けの効果が強いヤツ」
「ふみんしょう?」
「【異能】なんかの生まれ持った体質、【魔物】から受けた呪いとかで、自分の意志で眠れないヤツらのことだ。まあ、あんまし聞きなれない言葉ではあるわな」
前者は先天的なもので、後者は後天的なものではあるが、どちらもこれといった治療方法は確立されておらず、現状は睡眠薬を用いるよりほかはない。
寝つきが悪い、眠りが浅いなどといった次元の話ではなく、文字通りの全く眠れない体質になってしまい、薬がなければ最終的には死に至るため、数は決して多いわけではないものの、火打石に比べれば確かに需要は存在している。
強力ではあるが、薬の中には意識を覚醒させる成分も含まれており、一定時間後には強制的に覚醒させるため、余程のことではないは多量摂取で死に至るといったこともない。
この薬から強制睡眠の成分を抜き取ったものが、この場でカイルが指す解毒剤――つまりは、ただの眠気覚ましである。
「【
「さあな。使ったことはないから知らん。動物や野獣には効くだろうが、【魔物】はどうだろうな」
【魔法】であれば、どんな生物にも効果はあるだろうが、薬はしょせん薬であり、超常的な力を引き起こすものではない。
存在そのものが自然の摂理に反する【魔物】を相手に有効打になるのかなんてことを、即効性があるものならばともかくとして、今回用いられたもののように効果の出始めにある程度の時間を要する薬を試していられる余裕など、【
「なるほど」
「つーか、んなこときいてどうするんだよ」
「特に深い意味はありませんよ、ただの確認です。自分に盛られた毒について知っておきたいと思うのは当然のことだと思いませんか」
「まぁ、そうだが……」
フレイシスとの会話はどこか違和感を覚える。
常識や礼儀作法には疎い自覚があるカイルだが、それでも人としての最低限の一般常識は身に着けている。
だが、フレイシスの言動の節々からはそれらが欠如しているかのような雰囲気を感じざるを得ない。
世間知らず、とはまた次元からして異なるようではあるものの、具体的に何がどう変なのかについてはカイル自身も理解できておらず、しかし、どことなくその違和感は悪いものではないような気はしているのだった。
探りを入れてくるかのような聞き方ではなく、単なる知的好奇心を満たすための質問、という形容が一番近いのかもしれない、とカイルは考える。
「そういえば、睡眠の神というものが確かいましたよね。具体的にどういった神なんでしょうか」
「おいおい、神官がそんなんでいいのか……」
「あれ、カイルさんの前で神官を自称したことはなかったと思うのですが」
そう問われてカイルが無言で指さした先は、フレイシスが首から下げている十字架を象った
聖神・レンゼリアが世界の創造神たる五柱の神を封印する際に刻んだとされる
教会に所属する者を神官といい、彼らはその証として十字架の
「あぁなるほど。それで、睡眠の神はどのような存在なのでしょうか」
「詳しくは俺も知らんし、興味ない。世の中では、『人々を眠りへと誘い、善き者には善き夢を。悪しき者には悪しき夢を見せる、眠りと夢を司る神』っていう感じらしい」
「それだけですか」
「そんだけ。信心深いヤツらはもうちょい詳しく知ってるんだろうが、生憎と俺は神様っていう存在が大嫌いなモンでな」
その言葉を聞き、暗に『怠慢な神官』と子馬鹿にされているのかとも考えたフレイシスだったが、吐き捨てるようにして言い放つカイルのその口ぶりは、心なしか強く感情がこもっているように感じられた。
「なんというか、あまり役に立たなさそうな神様、ですね」
「神なんてのは大体そんなもんだぜ。直接的に人の世に干渉するワケじゃないくせに、個人の人生は簡単に狂わせちまうんだよ」
そう言ったカイルの目はどこか遠く、声音も心なしか普段とは異なる雰囲気を帯びている。
まるで何か思い当たる節でもあるような物言いに、カイルに対して強い関心と興味を抱くフレイシスは、拒絶されることを承知で踏み込んだ話を振ってみることにした。
「やけに実感の籠もった物言いですね」
「人なら人生の中で一度や二度ぐらい、そんな経験するだろうよ」
――いっそ、普段通りのあからさまな拒絶であれば、こちらとしても一周回ってしつこく食い下がることができたというのに。
拒絶、とまでは行かずとも絶妙にずらされたその返答に、わずかではあるが確かな手ごたえを感じたものの、これ以上の深追いは要らぬ警戒を踏みそうだと判断し、フレイシスは追及を避けることにした。
「他の神様はどのような感じなのでしょう」
「オマエ、よくそんなんで神官になれたな……」
「常識や知識ではなく、神を敬う心でもって神官になれるか否かは決まりますので。感情に知能は不要なんです」
目を瞑り胸の前で手を組み、敬虔な信徒らしく凛とした声でそう答えるフレイシスだったが、自分で突っ込んでおきながら大して興味のある事柄ではなかったのか、カイルは気の抜けた適当な返答を返す。
「つっても、【眷属たる十五柱の神】に関する情報は、俺知ってる昔話には含まれてないからほとんど知らねぇんだよな」
「昔話、ですか」
「そ。人歴が始まるより昔――神歴の断片と世界創造にまつわるおとぎ話、なんだが……これも知らないのか?」
「私、物心ついた時からずっと一人だったもので、【
「……まぁ、それならしゃあねぇわな。じゃあ、【眷属たる十五柱の神】の代わりにこの話をしてやるよ」
小馬鹿にした返答か、先程のような気のない返しか……といった具合のフレイシスの予想に反し、意外なことにもカイルの言葉はどこか同情や優しさに似た雰囲気を孕んでいた。
それどころか、カイル自身から何かを提案してくるなど予想だにしていなかったため、フレイシスは思わず面食らってしまう。
「いいんですか」
「ヒマ潰しにはちょうどいいだろ。つっても、俺もガキん時に親から聞かされてただけの話だから、所々は曖昧だぞ」
「別に構いません。所詮は平和な夜の暇潰しですから」
フレイシスにとって、好奇心や疑問、興味などを満たす行為は最も心地いいものの一つであった。
与えられる情報の真偽や正確さなどはこの際あまり重要ではなく、知識を蓄える行為そのものが好きなのだ。
空腹が満たされるかのようなその瞬間が、とても気持ちいいのだった。
表情と声音には全く出ていないフレイシスの内心の喜びようなど知る由もなく、語りなどしたことの無いカイルはどこか緊張した様子で咳ばらいを一つし、
「俺たち人が生まれるよりずっと昔――――」
○ ● ○
今を生きる【
まったくもって何もないその空間では、二柱の神がずっとずっと何をするでもなくそこに在った。
見放され、追い出され、逃げた先は、文字通りの無だった。
虚無に耐えかねた二柱の内の一柱は、自身の力でもって万物を照らす太陽を創り出し、もう一柱はそれに見倣い、万物に安らぎを与える月を創り出す。
太陽の光と月の光が交互に空間を照らすことで、その場にはやがて時間が生まれた。
そうして偶発的に生まれた時間によって、無限の時を存在し続けることとなった二柱の神は、次第に寂しさを覚える。
すると今度は、自分たちと同じ存在を産み出すことにしたのだ。
こうして産まれた三柱の神は、自分たちの存在するその空間に彩りを与えることにした。
枯れない大海を、果てなき大陸を、限りない大空を。
それらの彩りはいつしか生命を育み、時が流れ命在る者が蔓延るその場所は世界と為った。
自身が創り出した物にちなんで、太陽の神、月の神、水の神、地の神、空の神と自らを称する【天地創造の五柱の神】は、力を合わせ、今度は自分たちを称える知恵ある存在を産み出すことにした。
自分たちの容姿とは全くもって似つかない、動物が二足歩行したかのような品のない容姿。
神の存在を決して忘れることの無いよう、原始的な容姿を与えられたその生命を、神々は【
【天地創造の五柱の神】と【
そうした途切れることの無い循環の中で、【天地創造の五柱の神】は次第に、自身の力が強まっていることに気づく。
やがて【天地創造の五柱の神】は世界を分断して自分たちの領地となる国を作り、国の中で己を信仰させたが、時が流れるにつれ、それぞれの国の大きさにばらつきが出始めていく。
そんな中、世界の丁度ど真ん中、どの神の領地にも含まれるその場所で、ひと際大きな大陸が生まれた。
その大陸を独占しようと目論む【天地創造の五柱の神】の間で些細な言い争いが始まり、それはすぐに力のぶつけ合いへと発展していき、そして世界中を巻き込んだ戦争へと至る。
大陸が割れて灼熱が噴出し、大海が荒れて津波が起き、大空からは星が降り注ぎ、常闇が世界を覆い、陽光が世界を焼き、世界と【
【天地創造の五柱の神】による私欲に爛れた勝手なその戦争に、世界と【
祈りの先たる神には届かず、宙を舞うその祈りはやがて収束していき、一柱の新たな神を産んだ。
【天地創造の五柱の神】によって創造され産み出された世界と【
このままでは負けてしまい、偶発的に産まれた無名の神に世界を奪われてしまうと考えた【天地創造の五柱の神】は、自身の味方とすべく新たな神を産み出すことで抵抗を試みる。
が、しかし、世界と【
そうして【天地創造の五柱の神】は見事に打倒され、その力の源は世界の各地にて封印されることとなった。
封印された【天地創造の五柱の神】は怒り狂い、呪い恨み、妬み嫉み、激情のままに最後の力を振り絞って、邪悪な【魔物】を溢れ返るほどに産み出す。
負の感情から生み出された【魔物】は、世界を、【
【天地創造の五柱の神】による戦争と【魔物】の蹂躙によって、枯れることのなかった海は随分と減り、果てることのなかった大地は随分と小さくなり、限りなかった空は随分と低くなった。
しかし、【天地創造の五柱の神】を倒すために力を使いすぎてしまった一柱とその【眷属たる十五柱の神】にはどうすることもできず、彼らは【魔物】を倒す術を、世界を復興する知恵を【
そうして
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