第47話 魔女編LAST(1)

 ルークの問いに、魔女は曖昧に言葉を濁した。


「……とてつもないお宝だ。これ以上は言えないが」


「ハハハ!! 貴様、余程の間抜けだな! よわい300も超えて、こんな辺境で細々と暮らしている訳が分かると言うものだ!!」


「なっ、なんだと?! どういう意味だい!!」


 魔女が怒りに顔を紅潮させて叫んだ時。突然、ドーン!という激しい衝撃音と共に、建物がビリビリと揺れた。魔女がヒッ!と悲鳴を上げる。


「なっ……今度はなんだい!! おい、誰か!! 誰かいないか!!」


「貴様の下僕共なら、使役の術を解除したからな。その辺で伸びているだろうよ。それよりも、この力は……」


「あっ!! ちょっと、待ちな、若造!! 勝手に……」


 再びの衝撃。建物が揺れ、魔女が「ぎゃあ!」と叫んで派手に転んだ。ルークは構うこともなく、この揺れの震源と思われる階下に向け走る。屋敷内の廊下に、禍々しい黒い霧が充満していた。


(闇の魔術……!? まさか、サイラスがいるのか?!)


 先程上って来た石の階段は無残にひび割れ、火トカゲの石像が粉々になってホールに落ちている。床が不気味に黒くぬめっているのは、何か大きな物体が通過して行った跡に違いない。階段の壁に、何匹かの大きな火トカゲの影が哀れに焼き付いていた。強大な闇の炎で消し飛ばされると、生物は大抵、影のみを残して瞬時に蒸発してしまう。


(何だ? サイラスにしてはおかしい……奴ならば、こんな風に無駄に魔力を放散させながら動くはずがない……)


 慎重に床のぬめりを避けて階段を下って行くルークの視界に、黒く蠢く物体がちらと映った。一階のホールを、何か大きな影が移動している……。と思った瞬間、辺りの空間が圧迫される気配がして、ルークは反射的に後ろに飛び退いていた。ゴオッという音と共に、冷たい黒い炎が放たれる。ひるがえったルークのマントの裾が、炎に触れた瞬間に蒸発した。ルークは、黒い物体を凝視し、それが何であるか分かった瞬間、叫んでいた。


「フロガー!? そうか、お前……闇の魔術の暴走か!!」


 巨大な魔物は、もうどこにもフロガーの原型を留めていない。フロガーは、ブクブクという不気味な音と共に、膨張を繰り返しているようだった。後ろからモタモタと様子を見に来ていた魔女が叫んだ。


「なっ、なんなんだい、ありゃあ! フロガーか?! あ、あの蛙野郎! 人の屋敷を、滅茶苦茶にしやがって!」


 ルークは、怒りと焦りに我を忘れ、魔女の胸倉を掴んで渾身の力で捻り上げていた。指先から青白い火花が飛び散り、魔女のローブがジリジリと焦げる。


「クレアはどこだ!! 貴様、クレアにも同じことをしていたら、今この場で心臓をえぐりだして八つ裂きにしてやるぞ!!」


「ご、ごほっ……! し、してないさ……あの魔人は、地下牢にぶち込んだだけだ! あいつには、魔術が効かない……使役の魔術も、跳ね返しやがった……!」


「闇魔法を使う奴は、クレアに接触したのか! 答えろ、クソ婆!!」


「ぐぐ……! し、してない……ま、魔人は、今朝捕らえたばかりだ……夜半よわの君様は、ここには、きて、ない……」


 ルークは魔女を力任せに床に放りだした。魔女は、ごほごほと咳込んだ。ルークは、わなわな震える手で、自身の髪を乱暴にかき乱しながら考える。


(……バカが、落ち着け! 一体何をしているんだ、僕は……冷静さを失ったら負けだとあれほど自戒していたのに……! 落ち着け、クレアには、やはり魔術が効かなかったのだ……大丈夫だ、クレアはサイラスとも接触していない……落ち着け、大丈夫だ、地下牢だ、地下牢に早く……まずは、フロガーを……)


 ルークは、深呼吸を繰り返して気を落ち着かせると、改めて階下を見た。フロガーは膨張しながら、黒い液体を所かまわず撒き散らした。ルークは膝をついて避けたが、年老いた魔女にかわせるはずもない。呼吸を整えて立ち上がっていた魔女は、上半身にまともに液体を食らって、もんどりうって倒れて動かなくなった。ルークは、ねばつく液体を避けながら立ち上がる。液体を放出し終わったフロガーは、再びゆらゆらと移動し始めた。


(闇の魔術に完全に飲み込まれている! あいつの体は、もはやあの体内の核に取り込まれているに違いない……ここで光の魔術を直接行使すれば、あいつごと消し去ってしまう! まずは、フロガーを、あの体内から取り出さないと!)


 フロガーは制御を失い、迷走していた。不規則な蛇行を繰り返し、立ち止まると炎や液体を吐き、膨張を繰り返す。フロガーの発した黒い炎をまともに受けた石壁が、ガラガラと崩れ去って行った。このままでは建物ごと崩壊してしまう。地下牢に捕らえられているクレアも危ない。ルークは舌打ちをした。


「くそっ、末期症状だ! 今すぐ、あの体とフロガーを切り離さないと手遅れになってしまう! ……クレア、すまない、もう少しで助けに行くから、待っていてくれよ……頼むから、無事でいてくれ!!」


 闇の魔術に飲み込まれた生物は、膨張と拡散を繰り返し、最終的には大爆発を起こす。自爆して木っ端みじんになって絶命するのだ。今まさに、フロガーは自爆する一歩手前にいた。ルークは意識を自身の内面に全集中させ、呪文を唱え始めた。光の精霊の召喚術……天上界から精霊を呼び出し闇魔法の呪縛を解く、光魔法最高位の術の一つだ。闇と一体化してしまった生物を解放するには、強大な力を持つ精霊の力を借りるしかない。


 ルークは自身の魔力を限界まで高め、呪文の詠唱を完成させた。


「『天の守り人 聖なる守護者よ 我が願い聞き入れ 今こそ 昏きこの地に 天上の光を 聖なる力で 闇の呪縛を 打ち払い給え!』」


 天上界から下りて来る光の精霊は、人間の目には見えない。眩しすぎて、人の目にはその輪郭が捉えられないのだ。


 辺りを焦がすような真っ白な巨大な光が、虚空に現れた。その美しく眩い光は、次第に輝きを増しながら、フロガーごと一階のフロア全体を包み込んでいく……。

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