第46話 交渉

 ルークが軽やかに挨拶すると、火トカゲの魔女が後ずさりした。


「ぐっ……!! じ、冗談じゃないよ! なんだってんだい、ええっ?! 貴様、一体どうやってここに来た?! 夜半よわきみ様は、貴様は今、ラグナの王都ロマにいると……!」


「ああ、夜半の君ね。そいつの勘違いだろ。今度会ったら言ってやれよ、お前の情報が間違ってたんだよ、ってな」


「よ、夜半の君様を侮辱するだと?! 生意気な若造が、いけしゃあしゃあと……! 第一、貴様、そのなりは一体どうしたんだい! 仮面は?! 伝声鳥メイル・バードは?! 世の奴らが口を揃えて言ってるじゃないか、あんたは顔も声も、決して人前には出さないと!!」


「仮面と鳥は忘れて来た。いいだろう、別に。お前は今晩、もう誰にも会わずにここで人生を終わるんだからな。冥途の土産に、僕の綺麗な顔でもその目に焼き付けて行けよ」


「なっ?! ど、どういう意味だい!!」


「そのままさ。お前はここで死ぬ。僕に負けて」


 ルークは驚きに呆然としている魔女に、凄みのある声でゆったりと言った。


「……身内が世話になったようだな。代償は大きいぞ。貴様も愚かな、その程度の実力で僕に挑もうとは。アリがゾウに殴りかかるような無謀な挑戦だ、そうだろう?」


 ルークはパチン、と指を鳴らした。ボッと音がして、指先に大きな炎が灯る。怒りの炎に照らされたルークの顔付きは、ひどく酷薄だった。


「さあ。今すぐ返してもらおうか。言っておくが、彼らに傷一つでも付けていたら……通常の方法で安らかに死ねると思うなよ?」


 ルークの注ぐ魔力の高まりとともに温度が上昇し、もはや金色となりかけている火球に、魔女が縮み上がって叫んだ。


「わああ! ちょ、ちょっとお待ち!! 早まるんじゃないよ!! あ、あたしに何かあったら、は、もう二度とお前のところには戻らないからね!! あいつらは、あたししか開けない魔法の部屋に閉じ込めているんだ! あたし以外誰一人、あいつらを部屋から出すことは出来ないよ、たとえお前が天才でもね! あんたは、あいつらをそのまま衰弱死させるつもりかい!」


 ルークは、魔女の言葉に思わず顔を顰めていた。


(名を取られたか! 厄介だな……ただでさえ、こいつは使役の魔術が得意だと聞いている。名前を使って使役されたら、フロガーはともかく、クレアは……。操られていると分かっていたとしても、クレアにだけは、僕は手を上げることは出来ない……! それに、こいつに僕が解けない鍵魔法など使えるはずもないが、万が一、サイラスが何か仕組んでいたとしたら! 本当に、二人は僕でも解けない魔法の部屋に囚われている可能性がある……くそっ、サイラスの奴!! つくづく、忌々しい男だ!!)


 魔女の背後に、月が輝いている。今は夜。クレアは、今、人間の姿のはずだ。


(……そもそも、こいつは、クレアの姿が変貌することを知っているのか……?)


 クレア達が捕まったのは、恐らく昼。もしもそれからどこかに放り込んで放置しているのだとしたら、知らない可能性が高い。魔女は、じっと考え込んだルークに、ひとまず自分の脅し文句が功を奏したと見たのだろう、少し余裕を取り戻して言った。


「まあお聞きよ、宮廷魔術師。あたしは何も、あんたの大事な使に危害を加えよう、ってわけじゃないんだ。ただ、ちーっとばかし、あんたに聞いてほしいお願いごとがあってね。いや、なにも、そんなに難しいことじゃないよ、本当に、ちょっとしたことさ」


 使い魔2匹。間違いない。この老婆は、クレアの秘密を知らない。つまり、こいつの背後にいる夜半の君……サイラスも知らないに違いない。ルークは内心で安堵のため息をつき、腕を組んだ。


「ほう? 人質を取っておいて願い事とは、随分と勝手な言い分だな」


「キヒヒ、あんたも分かるだろ? この世は弱肉強食だ、弱い者の願いなんぞ、強い者に聞き入れられるわけがない。だったら、ちっとばかし頭を働かして、なんかいいカードを手に入れて、こちらに発言権があるように仕向けるしかないわな? あたしにとっては、それがあの2匹だったってわけだ。こんな辺境に流れ着いた、人生終わった魔女の願いなんぞ、あんたみたいな煌びやかな立場のもんなら、一つくらい叶えてくれたってバチは当たらないだろ?」


「……お喋りな婆さんだ。貴様のろくでもない話に付き合っている時間など無い。さっさと用件を言えよ、用件を」


「チッ! いちいち偉そうな若造が! ……ああ、分かったよ、じゃあ遠慮なく言うがね。貴様の持っているという『黄金の小箱』……貴様なら、何を指しているかは分かるだろう? それを、大人しくこっちに渡してくれんかね。そうしたら、あのガマガエルと魔人はキッチリ返してやるよ、約束だ」


 魔女はそう言いながら、自分が何を所望しているか、実はさっぱり分かっていなかった。ルークは、ふん、と目を閉じて笑った。


「黄金の、ね。貴様、それが何だか、分かっているのか?」

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