第22話 恋人未満

 馬を下りると、そこは、あの結婚式を挙げた教会のすぐ近くだった。


「あれは、結婚した時の教会だわ。じゃあ、ここがあなたの言っていた、結界の東端とうたんになるのね」


「うん、そう。ちなみに、あの教会には、普段は誰もいない。ここは人里離れているからね。月に一度ほど掃除に来る管理者がいるだけで、いつもひっそりしたものだよ。覚えてる? 結婚式の時、ぼんやりした司祭がいたろ? あれは、デズが寄越した王都の教会の聖職者だったんだ」


「そうだったのね! 随分歴史のありそうな素敵な教会なのに、いつも無人だなんてもったいないわね」


 ルークは私を優しく見下ろした。


「僕も気に入ってるんだよ、この教会。厳かな雰囲気があるから。だから、クレアも気に入ってくれたなら嬉しいよ。やっぱり、僕達は似ているな」


 似ている。この人は、さっきもそう言った。私は思い切って聞いてみる。


「ねえ、その話だけど……私達が似ているって、どういうことなの。あなたまさか……私みたいに姿が変化するなんて言わないわよね?」


 私が半分冗談、半分本気の疑惑を持って問いかけると、ルークは楽しそうに笑った。


「ははっ、もしそうだったら、僕は自分自身の研究で、眠る暇もないだろうね」


「もう! 私は真面目に聞いているのよ。だって私達、まだお互いのことを、何も知らないじゃない。私なんて、昨日あなたの名前を聞いたばかりなのよ? だから、もっと沢山あなたのことを知りたいと思うのは当然だわ」


 ルークは「ごめんごめん」と謝りながら、じっと私を見つめる。その灰色の美しい瞳が何を語ろうとしているのか、私には分からない。けれど何か……その揺れる瞳の奥に、とても大切なことが隠されている気がする。ルークは暫く私を見つめていたが、やがて囁いた。


「……僕達はまだ、お互いのことを知らなすぎる。けれど、ある存在をいくらかでも理解するためには、非常に多くの時間が必要だ。幸い、僕達の時間はまだ始まったばかりだからね! ゆっくりいけばいいさ」


 そして彼は私の髪を撫でる。鎖に似た銀の髪が、シャラシャラと音を立てた。


「さて。仕事に取り掛かるか。と言っても、石の交換だけだから、すぐ終わるよ。きみは僕のそばで見てて」


「ええ、分かったわ」


 ルークは馬を適当な木の幹に繋ぐと、黒い箱片手に森の木々に分け入っていく。私もそのあとに続いた。


 森の木々は青々として、頭上の梢からところどころ、木漏れ日が黄金の矢のように降り注いでいる。


「綺麗なところね。私、ここ好きよ」


「クレアがそう言ってくれて良かった。僕も、初めてここを見た時に一目で気に入ってね。ここを住まいに決めたんだよ」


 彼の出自を、聞いてもいいのだろうか。でも先ほど、時間をかけて、と言っていたし。私が逡巡しゅんじゅんしていると、ルークが振り向いて微笑んだ。


「あのさ。気になったことは、なんでも聞いてくれていいんだけど」


「ど、どうして分かったの?!」


「分かるさ。きみのことだから、もしかして、『聞いてもいいかしら』って考えているんじゃないかなって。多分その思慮深さは、きみのこれまでの生活によるものだと思うけど」


 ルークにはお見通しのようだ。私は、一人でいる時間が長すぎたから、人との交流の仕方がよく分からないのだ。私はため息をついて頷く。


「……あなたの言う通りよ。私、人と話すのは、あまり得意ではないの。ごめんなさい、これから、少しずつ改善していけると思うのだけれど……」


「思慮深いというのも、一つの美徳だと僕は思うよ。きみは多くの時間を一人で過ごしてきただろうから、考えることがとても上手だ。僕は好きだな、きみのそういうところ!」


 私はほっとして頷いた。


「ありがとう、ルーク。……ふふ、でも、なんだか変な感じ。私、あなたと結婚しているのに、恋人になる前みたいな気分だわ」


「僕もだよ! 僕達もう結婚したけど、恋人になる前からやり直してるみたいだね。いいね、こういうのもさ!」


 ルークはそう言って笑い、少し考えて言った。


 「僕はね、王都近くの大都市、ウェルスの出身なんだ。だから、北部のこの辺にはほとんど来たことが無かった」


「ウェルス? 大都会ね。私は行ったことが無いけれど、屋敷の人たちは年に数回、お出かけしていたわ。私に仕えていたメアリも、ウェルスに行くと、決まって大きなまん丸キャンディーをお土産に買ってきてくれたもの」


 ウェルスというのは、王都に最も近い大都市で、この国の経済の中心地だ。ルークがそんな都会の人だったとは。そもそも、彼は一体どういう経緯で、宮廷の魔術師になったのだろう。この若さで国王の最側近とは、異例の出世だが。ルークは言った。


「ああ。かなり活気のあるところだ。中でも僕は、ウェルスの中心部に住んでいたからね。そりゃあ毎日、賑やかだったよ」


 ルーク・ミラー・デイヴィス。私はその名を反芻はんすうし、あることに思い当たる。デイヴィス……? 私は呟いた。


「デイヴィス……まさか、ウェルスの名門、デイヴィス家?」


 ルークはうんざりしたように肩をすくめた。


「やっぱり知っていたか。そうだ。僕は、そのデイヴィス家出身なんだよ」

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