第19話 戯れ

「ふふん。何だと思う? 当てたら、ケーキ一年分あげるよ!」


「ケ、ケーキ一年分?! それって、どのくらいなのかしら……。いえ、それはいいとして……うーん、何かしらね? なんだか、随分高級そうな包みだわ」


「だろ? それもそのはず、これはデズが直々にくれた、貴重な品物なんだから! さあクレア、当ててみてよ」


「国王陛下が?! すごいわ、何かしら。想像もつかないけど……うーん、貴重な品物、と言うのなら……まさかとは思うけれど、宝石、とか?」


「ブッブー!! 不正解! 残念でした、ケーキはお預けね」


 そう言いながら、ルークはやかんに水を入れて湯を沸かし始めた。私は「あっ!」と叫ぶ。


「分かったわ! 中身はお茶ね?」


「ピンポーン! でも時間切れー」


「ずるいわ! 先にお湯を入れてくれれば、すぐに分かったのに」


「それじゃあ、簡単すぎるだろ?」


 話しているうちにお湯が沸いて、ルークが棚から大きなカップを二つ出してくる。麻袋から出した丸い個体を、それぞれのカップに入れた。


「なんだか不思議な形ね。これがお茶なの?」


「まあ、見てなって!」


 ルークがその丸い個体の上にお湯を注ぐと、ぱあっと甘い香りが広がり、カップの中で大輪の花が開いた。私は歓声を上げる。


「綺麗! すごいわ、お花のお茶なのね」


「だろ? 南方から取り寄せた、珍しいお茶なんだって。花嫁と二人でどうぞ、ってさ」


「国王陛下って、お優しい方なのね。私は、父の話でしか知らないのだけれど」


「ああ、デズは、単なるお節介焼きのおじさんだよ。たまに僕の家にもお忍びで遊びに来るから、クレアもいずれ会う機会があるさ」


「ええっ?! こ、国王陛下と面会だなんて……私、そんなの無理よ、緊張するわ」


「緊張することないって! 大丈夫、あいつはいつも夜に来て、朝早くには出てっちゃうし。……ほら、そんなことより、お茶が冷めちゃうよ。早く上に行こう」


 ルークは、木のお盆に二つのカップを載せると、私を連れて二階の寝室に上がった。バルコニーに小さなテーブルと椅子を出して、そこで夜のお茶会をすることにする。バルコニーからは、左手に湖、右手に広大な森が見えた。玄関近くの噴水の脇で眠っているニコも見える。


「じゃあ、今日二回目の乾杯ね。僕達の結婚を祝して」


「ええ。乾杯」


 私達はカップをカチンと合わせ、温かなお茶を飲む。甘くて濃厚な、今まで飲んだことのない味だった。


「とてもいい香りね……今までこんなお茶は飲んだことがないわ」


「だろ? 僕も、王城で試しに飲ませてもらったんだけど、すっかり気に入ったね。南方の商人が持って来るらしいんだけど、国内ではまだ出回ってないんだって。王族とか、裕福な貴族が買い付けているんだってさ」


「ふーん、そうなの……そんなものを頂けるなんて、ルークって、すごい人なのね」


「まあね! 見直してくれた?」


「……最初から、すごいと思っているわ。結婚式の時に、司祭の人が言っていたもの。『王宮の最高位魔術師殿』ってね」


 ルークは楽しそうに笑った。私達は暫く他愛のない話をする。今日は朧月夜おぼろづきよで、春の夜風が心地いい。だが。話しているうちに、なんだか、頭がぼうっとしてきてしまった。先ほど飲んだ葡萄酒が回って来たのだろうか。グラス一杯だったから、酔う程ではないはずなのに。


「……クレア。大丈夫? 顔が赤いけど」


 気づくと、ルークが私を心配そうにのぞき込んでいた。いつの間にか、話は途切れていたらしい。爽やかな春の夜風が、私の、なんだか火照った頬を撫でていく。


「あ……ごめんなさい。少し、ぼうっとしてしまって」


「眠くなった? 中に入る?」


 私を覗き込むルークの綺麗な顔が、淡い月明かりに照らされていた。陰影のある、濡れたような灰色の瞳が、私を心配そうに見つめている。背筋がぞくりとする。私は、吸い寄せられるように、指先でその滑らかな頬に触れていた。


「クレア?」


 ふと気づいたら、その唇にキスをしていた。顔を離すと、ルークが驚いたように私を見ている。……今、私は、一体何を?


「え……ええっ?! あ……あのっ! ご……ご、ごめんなさい、私……」


 私は動揺のあまり、弾かれたように立ち上がった。が、バランスを崩して倒れそうになる。ルークが慌てて私の体を支えてくれた。だが彼が私に触れた途端、身体の力が抜けてしまう。なんだか、溶けそうな……変な感覚。私は、自力で立ち上がろうとしたはずなのに、気が付いたら、ルークの腕に身を預け、その胸に頬を摺り寄せていた。ルークが、腕の中の私を見つめている。私は言った、まるで自分のものとは思えない声で。


「なんだか……変だわ……。葡萄酒のせい、かしら……」


「……参ったな。まさか、ここまで効くとは思わなかった」


 ルークは、少し視線を落として逡巡しゅんじゅんしたあと、申し訳なさそうに言った。


「ごめん、クレア。実はこのお茶には……ちょっとした催淫作用があるらしいんだ」


「え……さいい……?」


「催淫作用。つまり……いわゆる媚薬、だね。この花茶にはそういう気分を高める効果があって、南方では、新郎新婦の初夜には必ず振舞われるものらしい。この花には魔力があるから、デズは、まだこの国に正式輸入することは決めてないらしいんだけど。さっき言った通り、このお茶の作用を聞きつけた金持ちの貴族共は、密かにこれを取り寄せて、愛人に飲ませたりしてるんだってさ」


 そして彼は、私を抱き上げて部屋に入る。私の身体は、ほんのり熱を帯びて温かい。なんだか夢を見ているみたいに、ふわふわといい気分だ。


「僕はさ。魔力にはかなりの耐性があるから、王城でこれを飲んでも、なんともなかったんだ。だからてっきり、媚薬なんて一儲けしたい商人の売り文句で、大した効き目なんてないとばかり思っていた。でも、きみは……」


 ルークは、私をベッドに下ろしながらため息をついた。


「……きみのその様子を見ると、あながち誇大広告でもなかったみたいだな。金持ち共がこんなお茶を高値で買い漁っているわけがようやく理解出来たよ。全く、デズの奴。新妻に飲ませてみろ、俺に感謝することになるぞ、なんて、冗談もほどほどにしろ、と思っていたんだけど」


 そして、彼を見つめている私にふと微笑み、先程までとは違う熱情のこもった声で囁いた。


「……しゃくだけど、デズには感謝しないといけないかもな。僕はこんなもの無くても構わなかったんだけど。……きみのその顔、その声……ちょっと、たまらないね」


 そして彼は、はあ、と悩ましいため息をつき、私を抱きしめる。私は悦んで、その温かな背中に腕を回していた。

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