第5話 あっさり終わった名義変更

 さて、父のリトルカブを引き継ぐに当たって、一番最初に悩んだ(というか気になった)のは「名義変更」だった。


 原付のリトルカブには車検がなく、当然のことながら車検証といったものも存在しない。しかしながら、ナンバープレートの登録情報の更新は必要になる。軽自動車税を支払う必要もあるから、当たり前と言えば当たり前のことだったが。


 ただ、譲渡人が故人の場合の手続きはどうなるのか、当初は全く分からなかった。また、例えば他の財産のように「遺産分割協議書」を用意し、それを持って手続きを行わなければならないのだろうか、などとも思った。


 生前父が世話になっていたバイク屋のおっちゃん(僕自身も若い頃は世話になっていた時期があった)のところへ相談に行ってみたところ、


「そんなもん、市役所に行って書類一枚書いたらしまいやん。自分、市役所勤めやったんやから分かるやろ」


 と、いともあっさりとした返事が。いやまあ、確かに去年の春までは市役所に在籍していた(そして今は色々とあって退職した)のだが、あいにく軽自動車税を扱う部署には在籍したことがない。


 それに、現在は平日の昼間は別の仕事で忙しいため、そもそも市役所の窓口に行く時間が無い。母は白内障の持病でなかなか市役所まで行くことがままならず、妻は日頃の体調が思わしくなくて市役所に行くのが難しい。このような状況で、一体誰がこの手続きを行えるのか。


 しかしながら、たまたま平日に仕事が休みだった日、父が所有していた普通車や軽自動車の名義変更について相談するため、母を連れて地元のディーラーに行き、そこで原付の名義変更も併せてお願い出来ないか聞いてみた。


「いやまあ、そんなに難しい手続きではなかったと思うし、たぶん出来るだろうけれども……代行手数料をどうやってはじき出したものやら」


 まあ、そりゃそうだ。自動車のディーラーで原付の名義変更をお願いするなど、本来であればお門違いな相談である。たまたま車二台についてお世話になっていて、その二台の名義変更のついでに抱き合わせで手続きをお願い出来ないかと思った次第ではあったのだが。


 ひとまずは「一度方法を考えてみます」という返事をディーラーの営業さんからいただいて帰路についたのだが、そこでふと考えた。今なら市役所に行けるのだから、せめて手続きの方法や必要な書類についてだけでも聞いてみようか、と。


 母と一緒に微妙に気まずい古巣(あっちこっちに昔世話になった人達がいるため)の建物へ入り、軽自動車税の窓口で「亡くなった父の原付を引き取ることになったのですが、どんな手続きを行って、そのためにはどんな書類が必要ですか?」と聞いてみた。


 対応してくれたのは僕の知らない、比較的若い女性の職員(おそらくは臨時職員さんだったのだろう)だったのだが、その方がにこやかに笑いながら教えてくれた。


「こちらの書類に必要事項を記入してもらえれば、それで大丈夫ですよ」


 ――んんっ? これって思っていたよりも遙かに簡単な手続きなんじゃないの?


 書類の記載内容を見てみると、亡くなった父の住所と氏名、譲受人である僕の住所と氏名、その他はバイクに関する情報(バイクの名前やナンバープレート、排気量など)を分かる範囲内で書けば良いらしい。


「どうする? 今この場ですぐに手続きが出来るみたいやで?」


 すぐ側のベンチシートに座っていた母に尋ねると、母からは「ええんちゃう」との返事が。口頭ではあるが妹二人(母以外の相続人)との合意も取れていたので、その場で名義変更手続きを行うことにした。


 バイクに関する情報については、バイクの書類入れに入っていた「標識交付証明書」の画像データをスマホに持っていたため、それを見ながら申請書類を書き、あとは僕自身の本人確認書類(今回はマイナンバーカード)の提示を求められただけ。


「これで手続きは完了です、お疲れ様でした」


 父の名義のナンバープレートの廃車手続きに関する証明書(原付の名義変更は、前所有者の名義について一度廃車手続きを行わなければならないらしい)と、僕の名義の標識交付証明書を受け取り、名義変更の手続きはいとも簡単に終わってしまった。


 あれこれと思い悩んだのが、何だか馬鹿らしかった。僕の悪い癖の一つで「物事を難しく考えすぎた」のかも知れない。


 先に相談していたディーラーの営業さんにも状況を報告し、こうして晴れてリトルカブは僕のものとなった訳だが、そこで母からの一言。


「この名義変更に関係して、相続税とかって発生するんかな?」


 普通に考えれば父の財産(リトルカブはおそらく「動産」の部類に入るのだろう)を相続したのだから、相続税も当然ながら発生しそうなもの。ただ、当のリトルカブはもうそろそろ20年選手のご老体であるため、相続税の算出根拠となるであろう財産価値が一体どれだけ残っているのかも分からない。


 なかなか時間が無い中で、突発的に行ってしまった名義変更手続きだったのだが、父が遺した家や土地、普通車や軽自動車などの相続について、後日専門家に相談する機会があるから、その時に一度聞いてみよう。


 必要だったら相続税(おそらくそんな高額にはならないはず)を払えば済む問題だと思う、たぶん。きっとこれは、難しく考えたらダメなやつだ。

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