第2話 遅い、走らない、でも楽しい

 という訳で、父が乗っていた原付が我が家にやってきた。


 ホンダのリトルカブ、2004年式。キックスターターのみの3速ATモデルで、走行距離は2万キロメートルを少し超えたぐらい。生前父が仕事帰りに何度か雪道で転んで付けた傷(その度に父は時折鎖骨を骨折し、夜間救急外来で病院へ連れて行ったのも一つの思い出)やら、ちょっとした錆やらがあったが、全体的には比較的綺麗でコンディションも良いバイクだった。


 特にエンジンの調子については、元エンジニア(オイルタンカーやコンテナ船の機関士)だった父が面倒を見ていただけあってか、もうすぐ20年選手のバイクにしては、かなり良い状態であるように見受けられた。


 主な追加装備としては、大きめのウインドシールドとリアボックスがあった。ぱっと見た感じは「銀行員などが外回りで使うバイク」そのままだった。個人的にはネイキッドやスポーツレプリカ、ツアラーといったバイクが好きだったのだが、四半世紀ぶりぐらいにバイクに乗る身としては、ちょうど良いのかも知れない。他には防寒用の膝掛けやらハンドルカバーやらもあったが、これらは夏には必要がないと判断し、ひとまず取り外した。


 色はインディーグレーメタリック×ブラック、要は銀色と黒色だった。ボディカラーのベースが銀色で、泥よけなど樹脂パーツの部分が黒色。アラフィフのおっさんが乗るには無難なカラーリングと言えなくもない。


 父が使っていたヘルメットは僕の頭には小さすぎたため、昔四輪のモータースポーツ(ジムカーナ)に出場していた頃のフルフェイスのヘルメットを引っ張り出してくる。ヘルメットの内張りは経年劣化でボロボロになっていて、触ったそばから粉になっていくような状態だったため、思い切ってその全部を剥ぎ取り、ほぼむき出しになった発砲スチロール製のライナに幅広のセロハンテープを貼りまくって、何とか被れる状態にしてみた。


 リアボックスの中に残されていた、父が使っていたグローブを両手にはめて、ヘルメットを被ってバイクのキーをひねり、エンジン始動用のキックレバーを蹴飛ばす。つい最近まで父が乗っていたこともあってか、エンジンは一発で始動した。早速ギアを一速に入れ、スロットルをひねって走り出した。


 田舎住まいだったため、試し乗りのコースは近所のダム周りにした。久しぶりに乗ったバイクの感覚におっかなびっくりの状態のまま、とりあえずダム周りの道を一周した感想。


 遅い、走らない、でも楽しい。


 原付なので制限時速は30キロメートルまでということもあり、正直スピードが出るバイクではなかった。そして、スクーターのように無段変速でスムーズにスピードが出せるようなバイクでもなく、3速ATを変速する度に慣れない操作でバイクの挙動はギクシャクした。


 それでも、50cc単気筒エンジンが奏でる独特のエンジン音を聞きながら、残暑厳しい田舎のダム周りを走ってみると、新鮮な楽しさを感じることが出来た。水辺の道を走っていたこともあってか、特に日陰を走っているときには涼しい風が身体を打つのも心地良かった。


 バイクの挙動に慣れてくると、ミッションの変速もスムーズに出来るようになった。シフトアップの時にはアクセルをオフにし、シフトダウンの時にはシフトペダルを踏みながらアクセルをふかしてエンジンの回転数をミッションの回転数に合わせてやることで、特に3速から2速へのシフトダウンはスムーズに出来るようになった。車で言うところの「ヒールアンドトゥ」の要領だ。


 現時点における一番の悩みは、遅いバイクなので「後続車に追い抜いてもらうのに気を遣う」ことだった。出来るだけ道路の左端を走って道を譲ってみるものの、タイミングを見計らってスムーズに抜き去ってくれる車もあれば、なかなか抜き去ってくれない車もある。もっと排気量があってスピードが出せるバイクだったら、こういった悩みはそれほど無いのかも知れない。


 ともかく、僕がリトルカブに対して抱いた第一印象は「これはこれで面白いバイク」といった感じだった。ファーストコンタクトとしては、まずまず悪くなかったと思いたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る