第17話 ハイパーソニック小隊
対抗戦に備えた練習会は、日々、部活動という形で行われ続けた。
予選大会は6月10日、決勝大会は6月20日である。
いまからおよそ二ヶ月の間、毎日みっちり練習を行うことには必ずや意味があるだろう、と、
だれが好き好んで役に立つ可能性も見えないものを勧誘するというのか。
幸多が逆の立場であっても、魔法不能者を戦団の戦闘要員に引き入れようとはしない。
そのような道理を強引にこじ開ける方法が、対抗戦の優勝である。
優勝校の出場選手は、背景にどのような事情を抱えている選手であったとしても、戦団によって勧誘されるという決まり事があった。
たとえ家庭の事情で戦団に入る可能性が絶無であるとわかっていても、優勝校の一員だからという理由で勧誘するのだ。
つまり、幸多が魔法不能者だからという理由で勧誘されない可能性は低い。が。
「声をかけられなかったらどうしようかな」
ふと、幸多は、最悪の事態を想定してしまった。優勝できたとしても、そうなる可能性が絶対にないとは言い切れない。
なぜならば、幸多は、魔法不能者なのだから。
戦務局戦闘部に魔法不能者が必要ないという絶対的に正しい理由で、幸多の存在だけが黙殺されたとしても、なんらおかしくはなかった。
その日の部活が終わったあとのことだ。
夕日が西の彼方に沈みかけ、空は赤々と燃えている。夜の気配が迫っていた。気温は下がり、風も冷ややかに感じられる。
部員勢揃い、というわけではなかった。
幸多と一緒にいるのは、圭悟と
だからかもしれない。
幸多が思わず悲観的なことを口にしてしまったのは。
「それは……だな」
圭悟が言葉に詰まり、蘭も幸多を見るだけでなにもいわなかった。いえなかったのだ。迂闊なことをいえば、幸多を傷つける可能性があった。
天燎高校を出てすぐのところだ。
道幅の広い道路は、背の低い街灯の光に照らされ始めている。車道を行き交う自動車はまばらだが、歩道を進む学生の数はそれなりに多い。
もっとも多く見られるのは、遠方から通学しているのであろう学生たちが、
そうした光景は、
実際、幸多が生まれ育った
そして、憧れに心を焼かれてきたのだ。
前を歩いていた法子が足を止めた。こちらを振り向き、告げてくる。
「そのときは、一緒に暴れようじゃないか」
「はい?」
「そうすれば、きっとスカッとするだろう」
「そうねえ、それって絶対に楽しいわね」
「ありだな。あり」
雷智が手を叩いて喜べば、圭悟が悪い笑みを浮かべる。
「ええ……」
「ないよ、ないない。いくらなんでもそんなことできるわけがないよ」 幸多は強く反対した。提案者の法子と、その言動に常に賛同する雷智はともかく、圭悟までが乗り気になったのは頂けなかった。
盛り上がる三人に対し、一線を引いている蘭だけは常識的だ。
法子の目は、夕闇の中でも紅く輝いているように見える。
「だが、きみが魔法を使えないという理由だけで、いままでの慣習、いや、戦団と市民の間で結ばれていた契約を反故にされるのは、受け入れていいことではないよ」
「契約……ですか」
「そうとも。戦団と市民の契約なのだよ、これはね。十数年前、戦団は対抗戦を強引に開催することを決めた。すべての高校に参加を義務づけ、強要した。それもこれも戦団が戦力を欲するがためだが、彼らは央都防衛のため、人類復興のためという大義名分を掲げた。そうすれば文句ひとついえないのが市民だ。戦団は央都の守護者だからな」
法子は、いつにもまして饒舌だった。
「ただ、その代わりに優勝校の参加者全員を戦団に勧誘することを約束したのだ。明言こそしていないが、それは紛れもない事実、契約だ。なればこそ、この十数年、対抗戦に否定的な動きがなかったのだ。ならばその契約は守られねばならない。いかに相手が魔法不能者といえども、反故にするべきではないのだ」
「すっごい賢いわ、さすが法子ちゃん」
「だろう。わたしは偉く、賢いのだよ」
雷智が賞賛すると、法子は、腰に手を当てふんぞり返った。そういう態度はどうにも賢そうには見えないのだが、雷智の目には違って映るらしい。彼女は、惚れ惚れとしたまなざしで法子を見ていた。
「うん、とっても素敵」
「……なるほど。なるほどな」
「本当に理解したの」
「うっせえぞ中島」
圭悟が悪態を吐いたときだった。
突如、轟音が鳴り響き、地面が激しく震えた。かと思えば、携帯端末がけたたましい警報音を響き渡らせたのだ。
「幻魔かよ」
「早く逃げようよ!」
「そうだな、逃げるべきだ」
「怖いわ、法子ちゃん」
「うむ。わたしも怖い」
「嘘でしょ」
「本当だ。こんなに震えているのを見ても疑うのか」
「どこが震えてるんすか」
圭悟と法子の軽口を聞きながら、幸多は、震源地を見遣った。ここから東の方向に巨大な土煙が上がっている。
周囲の道行く学生たちはといえば、一斉に走り出していた。携帯端末の指示に従い、避難しているのだ。車道も大混乱といった有り様だ。
央都は、対幻魔災害都市として設計され、開発された。市内各所の地下には避難所があり、地下道への出入り口が様々な場所に作られている。携帯端末の指示に従えば、避難所まですぐに辿り着けるだろうし、避難所に入ればまずは安心だ。
避難所は、極めて堅牢に作られており、ちょっとやそっとのことでは傷つかないし、壊される心配もない。あらゆる避難所は、最低でも数日は生活できるようになっている。
市民は、避難所に逃げ込み、安全に幻魔が駆逐されるのを待てばいいのだ。
「きみは避難しないのか」
声が遠かった。
幸多が周囲を観察している間に、四人とも避難指示通りに動いていたのだ。
幸多は、逡巡しなかった。
「ちょっと、見てきます」
「そうか。では気をつけたまえ」
法子は、幸多を引き留めようとも、避難させようともしなかった。そんなことをしても無駄だと理解しているかのようだった。
圭悟と蘭が頭を抱えるような仕草をしたのを見逃さなかったが、幸多は当然の反応だと思った。
幻魔災害が発生したのであれば、素直に避難誘導に従うべきだというのが、央都市民の正常な判断だ。そこで警報を無視し、現場に赴こうとするのは、ただの愚行であって、褒められる要素は一つとしてない。
戦団も央都政庁も、幻魔災害発生時には端末等の避難指示に従い、現場には近づかないようにといっているのだ。
それなのに、幸多は、幻魔災害に向かって走っていた。
逃げ惑う人の波を逆走していくのだが、邪魔をしてはならないと、彼は大きく跳躍することでその問題を回避した。
鍛え上げた肉体を駆使すれば、人波を飛び越えることなど造作もない。
生まれつき魔法は使えなかったが、身体能力だけは、だれにも負けなかった。
大人にさえ。
天燎高校近郊から東へ。そこには人家の密集地帯があるはずだ。幻魔が出現する可能性は皆無ではない。人が死ねば、そこには幻魔が発生する可能性がある。
そして、幸多が現場に辿り着いたときには、現場に駆けつけた六人小隊と、複数の幻魔の間で戦闘が始まっていた。
現場は、住宅地だった。無数の人家が軒を連ねており、その真っ只中が戦場と化しているのだが、その戦場そのものが広範囲に渡って氷漬けになっている。
凍えるような冷気が、風に乗って幸多を嬲る。
冷気の中心には、獣級幻魔フェンリルが四体、戦団の
フェンリルは、獣級でも下位に類別される幻魔だ。魔氷狼とも呼ばれることからわかるとおり、
炎と熱の化身であるガルムに対し、フェンリルは氷と冷気の化身とでもいうべき幻魔だ。全身蒼白の
狼に似た姿形だが、並外れて大きく、凶悪そのものの面構えをしていた。
その狼たちの足場となっているのは、巨大な氷塊だ。フェンリルたちの魔力が生み出したのだろう氷塊は、複数の民家を氷漬けにしているだけでなく、広範囲に渡って多大な影響を与えている。
幻魔が、ただ幻魔ではなく、幻魔災害と呼ばれる所以だ。
幻魔は、存在そのものが災害なのだ。
そしてそれは、人類にとってだけでなく、自然環境にとってもなのだ。
だからこそ、幻魔は、早急に排除しなければならない。
「我らハイパーソニック小隊が来たからには、貴様ら幻魔外道の好き勝手にはさせない!」 小隊長が法器の上に仁王立ちして大見得を切る。すると、地上から鋭利な氷塊がいくつも打ち出され、小隊を襲った。導士たちが四方八方に散らばることで回避する中、ただひとり、小隊長は動かない。動けなかったのだろうが、しかし、氷塊は彼に当たる直前、光の壁に阻まれた。障壁に激突し、粉々に砕け散る。
「さ、さすがは期待の新人だ。評価に値する!」
ハイパーソニック小隊の隊長、
幸多は、彼のことを知っている。彼、音波空護は、入学式の日、ガルムの事後処理を
ハイパーソニック小隊という奇抜にもほどがある小隊名を叫んでくれたことで、すぐに思い出すことが出来た。
ハイパーソニック小隊は、幸多が知る限りでは四人編成だったが、今回は六人編成のようだ。戦団における小隊は、最小四人から最大八人までの編成であり、その範囲内ならばある程度自由に変更可能なのだ。
音波空護を光の壁で守ったのは、今回新たに加わった導士らしい。遠目にも真っ白な頭髪が目立っている少年がそうだろう。あの日の四人の中には、白髪の少年はいなかったのだ。
もう一人の新人も同様の判別法法でわかった。黒髪の少年だ。
白髪の少年と黒髪の少年は、寄り添うように飛行しながら飛来する氷塊を躱し、あるいは魔法の盾で受け止めている。
フェンリルたちが吼える。幻魔の足場となっている巨大氷塊が大きく変化し、無数に突起した。それらは巨大な氷柱となって撃ち出され、空中の導士たちへと襲いかかったが、やはり光の壁で遮られた。
「行け、
「うん、兄さん!」
白髪の少年が指示を飛ばし、黒髪の少年がフェンリルの群れの中に飛び込んでいく。当然、フェンリルたちは少年に反応し、迎撃態勢を取った。無数の氷塊を集中させつつ、巨大な氷壁を前面に構築する。
冷気が吹き荒れ、幸多は自分の体を抱きしめるようにした。凍えそうだった。しかし、見届けたいという一心で、その光景を見つめていた。
魔法士たちの戦いは、見ていて勉強になった。少なくとも幻魔との戦い方の参考になる。それが幸多に再現できるかは別として。
飛来する氷塊の数々は、黒髪の少年の正面に張り巡らされた光の壁がすべて弾き返した。そして、巨大な氷壁は、黒髪の少年が両手の間に生み出した巨大な暗黒の剣によって貫かれ、崩壊した。
崩落する氷壁の中を突っ切った少年が、迎え撃とうと飛びかかったフェンリルの一体を左手を掲げて対処する。
「
少年が叫び、左手の先に黒い魔力の塊が生じると、飛行魔法の勢いのままに突っ込み、魔狼の土手っ腹にぶち当てた。魔力の塊が膨張し、炸裂する。
フェンリルが怒号を発したが、反撃に出ることは出来なかった。空中から殺到した無数の風の刃が、フェンリルの巨躯をみじん切りに切り刻んだからだ。
そこからは、あっという間だった。
ハイパーソニック小隊の主要人員が全力を発揮したからか、その見事な連携の前に、残りのフェンリルたちは為す術もなかった。
周囲をさらに凍らせることで抵抗しようとしたが、間に合わなかった。
幸多は、戦団の導士たちの優秀さに惚れ惚れとしながらも、いまにも凍えそうな体をどうにかして温めることを考えた。
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