第16話 胸を張って、死にに行け
「
学校において基礎魔法学の授業ほど、
とっくに学んだことでもあれば、ほとんどが彼にとって意味のないことだったりするからだ。原理を理解しておくのに越したことはないが、知っていたからといってどうにもならないのが、魔法を使えない幸多の境遇なのだ。
「発見者は、
幻板に表示されている偉人の顔は、央都市民ならばだれもが知っているだろう。
掘りが深く、端整な顔立ちをしており、研究者以外の道も考えられるだろう容貌といえた。真っ黒な頭髪はぼさついているが、決して汚くはない。柔らかなまなざしを浮かべる目は、深い青色だ。
御昴直久。
小沢星奈の説明通り、世紀の大罪人にして、大破壊者であり、魔人。魔素の第一発見者であり、魔法の発明者でもある。そして、魔法時代の到来を告げた人物として、世界中にその名を轟かせた。
それは、悪名として、だ。
「魔素の研究は長期間に及びました。中々新たな発見がなかったのは、その性質に気づくことができなかったからでしょうね。魔素は万物に宿っています。この地球上のありとあらゆる生命に。いえ、生命だけではありません。鉱物や大気中、水中は言うに及ばず、真空中にすら、魔素の存在は確認されました」
故に、エーテル宇宙と、この宇宙のことを命名した魔法学者がいる。
魔素に満たされた宇宙。魔素によって成り立つ世界。ありとあらゆる生物、物質、存在が魔素を内包し、魔素を生産し、魔素の影響を受けている。
ただひとり、幸多を除いて。
「魔素に人が意志を込めることによって反応を示すという研究成果を明らかにしたのもまた、御昴直久です。彼は、人体が生産する魔素を意志の力で練り上げることによって、魔力を生み出すことに成功しました」
およそ二百年以上昔の出来事だが、現代社会を構成するもっとも重要な歴史的事実でもあろう。
「つっまんねえ……」
背後から呻くように聞こえてきたのは、
それは、圭悟に限った話ではなかった。
教室内を見回せば、星奈の話を真剣に聞いている生徒の数のほうが少なそうだった。
仕方のないことだ。
基礎魔法学は、小学生で学び始め、中学生でさらに深く学ぶものだった。高校に入っても学ばなければならないのは当然としても、最初からやるのはなにか間違っている気がしないではない。
星奈としては、必要性を感じたことだからやっているに過ぎないのだろうが。
基礎魔法学の授業は、進んでいく。
授業が終われば、天燎高校対抗戦部としての活動が待っている。
日曜日の練習会が終わった後、せっかくだから部活にしよう、などと幸多が冗談半分でいったことが実現してしまったものだから、幸多は、
当然のことだが、
そしてそのため、部活動となれば、毎日のように練習会が開かれる可能性があった。
そのことが不良二人にはきついに違いない。
とはいえ、練習しなければならないという圧倒的な現実の前では、二人の恨み節も聞き流すほかなかった。
それも
幻闘だけに勝利して優勝をかっさらえるほど、現実は甘くないはずだ。
もし他競技で全敗し、
それはいくらなんでも困難なはずだ。
法子の実力は身を以て思い知ることができたが、多対多の総力戦である以上、彼女がその力を発揮しきれるかどうかは不透明だ。
そのような進言をしてくれたのは、
彼は、他校の情報を仕入れ、それらを分析し、決勝大会に上がってくるであろう高校を予測してくれもした。
葦原市は
なにせ、 まだ二ヶ月前であり、新年度も始まったばかりだ。
対抗戦の練習を開始している高校のほうが少ない。
「とはいえ、だ。中島のおかげでいろいろな情報が手に入ったのは、感謝しねえとな。さすがはオタクだぜ」
「だからそれは間違いだって。ぼくだからだよ、これだけの情報を手に入れられるのはさ」
「お、おう、その通りだな」
ある種の自負があるのだろう蘭の反応には、圭悟もたじろいでいた。
天燎高校対抗戦部は、幸多たち参加者六人だけの部活ではなかった。
蘭が情報面での補佐をしてくれると言い出せば、応援団として
また、部活動をする以上、顧問が必要だということで、星奈に頼み込んだ。
星奈は、既に顧問をしていたが、掛け持ちでいいなら、と、引き受けてくれた。
単純に幸多たちを放っておくほうが危なっかしいからかもしれないし、それは間違っていない。
室内総合運動場には、幻創機を備え付けた個室がいくつもある。それらは、幻想空間を利用した様々な訓練に使うことができた。生徒ならば自由に使うことが許されている。
当然、幸多たち対抗戦部も使えるわけだ。
「今日は
幻想空間に突入するなり、圭悟が宣言する。
幻創機雷影の生み出した幻想空間は、とてつもなく広く作られていて、特に上方向への広さが半端ではなかった。どこまでも広い青空の中、虚空を走る光線と無数の障害物が競走路を構築している。
競星は、空を翔る魔法競技だ。
競星は、元々シューティングスターという名称だった。
それはずっと昔の話であり、いまとなっては競星のほうが一般的になっている。
「競星は、
蘭が競技用の法器を手にしている。
現在、この幻想空間には、部員全員が揃っていた。運動用の格好をしているのは、出場者たちだけだが、真弥と紗江子の二人は、応援役として相応しい格好をしてくれている。黒を基調としながら華やかで鮮やかな格好だった。
練習に応援役が必要かどうかは疑問の残るところではあるが、二人の格好を見て、亨梧と怜治があからさまにやる気を出したのだから、無駄ではなかった。
もちろん、黒木法子と
圭悟が蘭から法器を受け取ると、法子に向かって掲げた。
「騎手は黒木先輩にお願いしたいんですが」
「いいだろう。ただし、条件がある」
「乗手を選びたい、と」
「そうだ」
圭悟にうなずいて見せると、法子は、幸多に目線をやった。紅い目が、まっすぐに、刺すように幸多を見つめる。
幸多は、思わず、どきりとした。
「皆代幸多、きみだよ」
「はい?」
「まじっすか?」
「うむ。皆代幸多でなければ、わたしは出ない」
「まあ、お茶目」
手を叩いて喜ぶ雷智に圭悟が呻く。
「どこがお茶目なんすかねえ……でも、そういわれちゃ仕方がねえな。なあ、皆代」
「う、うん。わかったよ」
幸多はうなずいたものの、心臓の音が聞こえるくらいの動揺を覚えていた。まさか自分が指名されるとは想像だにしていなかったのだ。
競技用法器と呼ばれる類の法器は、
さながら箒のような形状から、法器と名付けられた――というわけではない。
最初に発明された法器は、
それも他社によって、だ。
ROD型、BROOM型以外にも、
また、競星は、二人一組の競技である。
騎手と乗手という役割分担があり、騎手は、法器を魔法を制御し、飛行速度や高度、経路を調整する。極めて重要な役割であり、こればかりは魔法士にしかできない。
乗手は、競争相手を攻撃したり、妨害したり、競走相手の攻撃から騎手や自分を守るのが役目である。
騎手は超高速で飛翔する法器の操縦に全力を注ぐため、攻防に頭脳を割いている余裕がないのだ。
競技規則によっては、競走相手への攻撃や妨害行為が許されない場合もあるが、対抗戦はそれが許されている。
そのほうが華やかで派手だからであり、また、魔法士としての実力を測るためには重要な要素だからだろう。
つまり乗手は魔法不能者でもできないわけではない、ということになるのだが、だからといって、普通は魔法不能者を乗手に選ぶわけもない。
幸多の胸中には不安が膨れ上がっていた。万が一、足を引っ張るようなことになっては、皆にあわせる顔がないし、そうなる可能性が極めて高いと思えたからだ。競星の経験がないことも、不安の一因となっていた。
「しっかりと掴まっていたまえ」
「は、はい」
法子に言葉で我に返った幸多は、上擦った声でうなずいた。
法子は、法器に跨がるのではなく、横乗りになっており、幸多はその少し後ろに跨がっている。いわれたとおりしっかりと法器を掴む。
法子が何事かをつぶやくと、法器が幻想空間上の物理法則を無視するようにして浮かび上がった。重力の束縛を切り裂き、あらゆる法則を黙殺し、空中高く舞い上がる。
法器は、ある程度上昇すると、前方に向かって移動し始めた。徐々に速度を上げていく。
やがて、風を切るような速度となり、さらに加速した。
幻想空間の広大な空を飛び回っていく。
競走路とはまったく別の場所を、だ。
慣らし運転なのだろう。
幸多は、法子の悠然とした様子の横顔を見つめながら、恐る恐る口を開いた。聞かなければならないことがあった。
「どうしてぼくを選んだんですか?」
素朴な、そして当たり前の疑問だった。
競星は、魔法競技だ。勝利を目指すのであれば、魔法不能者の幸多ではなく、優秀な魔法士を選ぶべきだ。
たとえば、雷智のような。
法子は、進行方向を見ていた。法器は、その飛行速度を際限なく上げるかのように加速している。幻想空間内ならば、法定飛行速度を無視してもなんの問題もない。誰も怪我をしないし、事故を起こす心配もないからだ。
「これは、きみのための戦いだろう。きみが勝利を掴み取らなければなんの価値もない。それともきみは、だれかに与えられた、自分がまったく関与しない勝利で満足できるのか? 胸を張って、死ににいけるのか?」
「胸を張って、死ににいく……」
法子の言葉を反芻する。その言葉には重みがあり、意味するところを考えなければならない気がした。まるで心の臓に刃を突き立てられているような、そんな感覚があった。冷え冷えとした、凍てつくような殺気を、言葉に感じる。
「そうだろう。きみの選択は、そういうことだ。戦団に入れたとして、十中八九、きみは死ぬ。きみは魔法不能者だ。魔法の使えないきみが幻魔との戦いに身を投じるということは、死ににいくのとなんら変わらない」
法子の言葉は冷徹だが、紛れもない事実であり、否定しようのない現実だった。わかりきっていたことでもある。
改めていわれて、実感として理解する。
「それでもきみは戦団に入りたいのだろう。だから、ここにいる。対抗戦に出場し、優勝するために、この学校を選んだ。違うか?」
「違いません」
「だったら、証明したまえよ。きみが、きみ自身の力で。そうでなければならない。そうでなければ、胸を張って死ににいけまい。それは悲しいことだよ。戦士として、ね」
蒼穹の真っ只中を急上昇していく最中、法子の力強い声だけが幸多の耳に響き、胸に刻まれ続けた。
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