第14話 幻想闘技
幻想闘技の略称であったが、いつごろからか正式名称として定着し、現在では公式名称となっている。
ヴィジョンファイトともいい、かつて存在した世界中の国々では、そう呼ばれていたという。
幻想空間上での総合格闘技、という位置づけであり、そういう意味を込めた命名だった。
とはいえ、格闘技とは名ばかりの魔法合戦がほとんどであり、遠慮なく魔法をぶつけ合うためにこそ、幻想空間で行われることになったのだ。
現実空間で魔法をぶつけ合うのは、正気の沙汰ではない。魔法の威力の調整をわずかに失敗しただけで、相手を殺してしまいかねないのだ。
故に、現実世界で魔法を使った対戦、試合というのは、御法度になっていた。
その結果誕生したのが、幻想空間上での魔法合戦を主体とする総合格闘技、幻闘である。
幻闘が三種競技に取り込まれたのは、魔法によって成立する社会だからであり、だれもが魔法を身近に感じ、だれもが魔法を身体能力の延長上にあるものだと考えているからだ。
魔法は、魔法士にとって当たり前のものだ。
子供たちですら、無意識に魔法を使う。
魔法が使えない人間には想像もつかないことだが、実際にそうなのだから仕方がない。
かつて、鍛え上げた肉体をぶつけ合うことが観衆を熱狂させたように、現在においては磨き上げた魔法の技術を競い合うことが観衆を熱狂させている。
そしてもうひとつ、幻闘が三種競技になっている理由がある。
三種競技が、対抗戦が、戦団に必要な人材を見つけ出すための取り組みだからだ。
幻闘における魔法合戦ほど、学生たちの魔法士としての実力を測るのに相応しいものはない。
「だからなんだろうな。幻闘が対抗戦の勝敗を決めるのはさ」
幻闘の練習を重点的に行おうとした理由が、そこにある。
決勝大会は、三種競技の総合得点がもっとも多い高校が優勝する。
さて、幻闘はといえば、最終決戦であり、出場全校の総力戦である。
幻闘出場選手が全員同じ空間に放り出され、制限時間一杯まで戦うというのが、基本規則だ。
一校につき最大十人まで出場可能という規則が、重要な点だ。
幻闘には、生存点と撃破点がある。
つまり、十人出場させて全員生存させることができれば、十点の生存点を得られる。
しかし、それだけでは勝てないように、点数の計算方法も考えられていた。
生存点と撃破点をかけ算した結果が得点になるのだ。
つまり、十人生存しても一人も倒せなければ得点にならない、ということだ。
一方、三人生存して四人撃破できれば、十二点ももらえることになる。
しかも、十人出るということは、それだけ他校に倒される可能性が高くなるということでもある。
十人全員が優秀な魔法士ならばともかく、そうでもなければ、全員制限時間一杯まで生き残ることは出来まい。
十人で幻闘に参加した高校が、結果的に他校の勝利を後押ししてしまったという事例があったため、最近の大会では、幻闘に出場する選手数は五人から六人に絞るべきだ、という風潮になっている。
圭悟の考えは、六人での出場が望ましいということであり、さらに戦術を詰めるため、今日この場で練習を行うことにしたのだ。
広い広い競技場の中心には、
この戦場をどれだけ動き回っても問題なさそうな、そんな服装。少なくとも遊びに行く格好ではない。
圭悟が、法子の前に立った。圭悟も、運動性を重視した格好だ。圭悟は長身というだけで格好がついた。真っ赤な髪と強面のおかげもあって、迫力がある。
「まずはきみからか。
「容赦しませんよ、先輩」
「それはこちらの台詞だ」
いうが早いか、法子が右手を翳し、圭悟は両手を前方で交差させた。
「
「蒼よ唸れ!」
法子の手の先から闇の槍が出現し、圭悟が放った強大な渦巻きと激突する。大気が震撼し、大地が揺れる。強大な魔力がぶつかり合ったのだ。世界が揺れるのも当然なほどの魔力。
「すごい……」
幸多は、想像以上の圭悟の実力に感嘆の声を発した。圭悟がどれほどの魔法の腕を持っているのか、幸多はまるで知らなかったのだ。普段、魔法を使っているところを見たことがなかった。
面倒くさい、だるい、しんどい――それが彼の魔法を使わない理由だったが、まさか、これほどの大技を軽々と扱えるほどだとは思ってもみなかった。
しかし、圭悟の生み出した魔法の渦は、法子の黒き槍に貫かれ、霧散してしまった。槍はそのまま虚空を突き抜け、消失する。
圭悟は、その場から飛び離れており、槍を
「嘘だろ」
圭悟は、そんな断末魔を残して、幻想空間から姿を消した。
「つぎに現実に戻りたいのはだれだ?」
「お、おれが!」
「
恐る恐るといった風な亨梧と違い、法子のほうは余裕綽々といった様子だ。
そして、その通りの結果に終わった。
まず、仕掛けたのは亨梧だった。彼は、両手を掲げ、手の先から稲妻を放った。蛇行する二重の稲妻が大気を焼き焦がしながら法子へと向かう。法子は、軽く手を翳した。つぎの瞬間、亨梧の体は地面から現れた無数の刃に切り裂かれていた。
亨梧が倒れると、つぎに立ち向かったのは、
怜治は、光の鎧で己を包み込むことで、法子の魔法攻撃を耐え凌ごうとしたようだった。だが、その考えこそ浅はかだったのだろう。彼は、法子の生み出した巨大な闇の斧で真っ二つになって、現実へと回帰した。
「残るはきみだけだ、
法子は、雷智を数に入れていないようだったが、問題はあるまい。
雷智はといえば、ただひたすらに法子を応援していて、法子が勝つたびに歓喜の声を上げていた。雷智にも戦う気はなさそうだ。
「は、はい。お願いします」
「お願いされよう」
幸多が半身に構えると、法子は、なにを思ったのか微笑してきた。
悪魔的な笑みだ、と、幸多は感じた。異性も同性も関係なく魅了するような強い力を感じる。実際、雷智は法子に首ったけだ。
幸多は、頭を振った。無駄な思考は、戦いの邪魔になる。反応は遅くなり、体の動きは鈍くなる。それでは勝てるものも勝てなくなるし、負けたとしても、意味のある負け方ではなくなるだろう。
負けるのならば、意味のある負け方を、価値のある負け方をしなければならない。
そうでなければ、糧にならない。
飢え。
強くなるためには、飢えが必要なのだ、と
常に飢えていなければ、自分をだれよりも強くすることなど出来るわけがない、と、彼はいうのだ。
だれよりも強く。
それが統魔の口癖だった。
そしてそれは、幸多の標榜するものともなった。
ただし、幸多のそれは、統魔のそれとは大きく意味が異なるものだ。
統魔は、魔法士としてだれよりも強くなろうとしているが、それは幸多にはかなわない。絶対に。
だから幸多は、人間としてだれよりも強くなろうと想った。
そのためにはどうすればいいのか。
鍛えることだ。
身も心も、鍛え抜くことだ。
いまはそれ以外に手段も方法もない。
「行きます!」
幸多は叫び、地面を蹴るようにして飛んだ。まっすぐ、前方へ。距離が瞬く間になくなっていく。
法子は、一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに対応した。その場から飛び退きながら虚空を撫でる。
「
幸多は、法子の指先から黒い杖が出現する様を地面を滑りながら見ていた。杖の先から波紋が走り、闇の奔流となって迸る。
それは黒い光線といってもよかった。
虚空を貫き、幸多へと肉薄する。
幸多は、瞬時に跳躍した。低く、地面すれすれを翔る。
法子は、闇の杖を翳したまま、こちらを見ている。
幸多は、音だけで、黒い光線の追尾誘導を把握しており、故に立ち止まらなかった。地上をジグザグに蛇行するようにして、法子との距離を詰める。
法子の姿を眼前に捉えたとき、幸多は、ふと、違和感を覚えた。
法子が、杖の光線を放ってからというもの、まったく動いていなかったことに気づいたのだ。
「筋は悪くない。だが、ここまでだ」
法子の宣言とともに幸多の全周囲が闇に包まれた。それは無数の刃となって殺到してきたものだから、避けようがなかった。
幸多は全身をずたずたに貫かれ、現実に回帰した。
「対抗戦は六月。まだ二ヶ月も先だ」
何十度目かの現実への回帰の後、寝台に仰向けに倒れ込んだままの圭悟がつぶやいた。
室内には、法子と雷智に伸された四人だけがいる。
あの後、何度も法子にやられたのだが、つぎは自分の番だといって、雷智を相手にすることになった。雷智は、法子とはまるで異なる戦い方をしてきたのだが、いずれにせよ、勝てなかった。
だれひとり、一度も勝てていない。
とはいえ、幸多は、法子にこそコテンパンにやられているものの、雷智にはいい線まで行けている気がしていた。
どちらも強いが、法子は絶対的で、雷智は圧倒的というのが、幸多の感想だった。
「その二ヶ月で、優勝するための力を付ける……か」
それがどれほど大変なことなのか、よくわからない。
すると、亨梧が、悲鳴のような声を上げた。
「それってつまりよお、二ヶ月間おれたちにも練習に付き合えってこと、だよなあ……」
「この程度のことで音を上げるのかよ。誠意が足りんな」
「誠意ってなんだよ」
「謝りたいのはてめえらのほうだろうが」
「謝っただろ!」
「足りねえよ、誠意が全然足りてねえ。これじゃあ許せそうにねえなあ」
決して解放しようとはしない圭悟の言動に対し、亨梧が怒気を込めて睨み付ける。
「こっのやろ……」
「でもさ、黒木先輩って本当に強いんだね。圭悟くんのいう通り、百人力かもしれない」
「かもしれないじゃなくて、そうなんだよ。あのひとは、百人力なんだ」
圭悟の訂正を否定するものは、この場にはひとりとしていなかった。
全員が全員、黒木法子の凄まじさを身に染みて理解している。一対一で勝てなかっただけではない。四対一で挑んでも、傷ひとつ負わせられなかった。
とはいっても、法子ひとりで優勝できるものかといわれれば、難しいところだろう。
対抗戦は、個人競技ではない。団体競技なのだ。団体戦なのだ。だからこそ、幸多たち個人個人の能力を引き上げる必要があり、訓練の必要があるということだ。
「団体戦、なんだよね」
「そうだぜ。団体戦だ。だから、個人の力がどれだけ優れていたって、ほとんど意味がない。幻闘で先輩一人生き残っただけじゃあ駄目なのさ」
圭悟は、神経接続を行いながら、いった。
「だからこその練習なんだよ」
何十度目かの幻想世界へと、意識を転移させる。
そして、またしても現実世界へ回帰してくるまで、さほど時間はかからなかった。
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