第13話 練習開始
「予選免除権のおかげで、予選大会を勝ち抜く必要がなくなったからといって、軽々しく考えちゃあいけねえってことはわかるよな?」
今日は学校が休みということもあり、対抗戦出場者全員を集めた練習会を開くことになっていた。
篠原駅前の待ち合わせ場所には、
今日の練習会は、突発的に決まったことでもあり、全員参加は難しいと思われたが、法子と雷智の二人が予定を変更してくれたおかげで揃うことができたのだ。
「元々二人で出かける予定だったからな」
「本当は二人きりが良かったんだけど……」
とは、法子と雷智の弁。
二人がわざわざ時間を作ってくれたことには、幸多は感謝するほかなかった。
幸多は、既に二人に頭が上がらなくなっている。
篠原駅前を集合場所にしたものの、地下鉄に乗るということはなく、圭悟の案内で駅に程近い雑居ビルに足を踏み入れた。
ビルの中には様々な店舗が軒を連ねており、出入りする客層も多様だった。学生らしき男女もいれば、大人もいる。子連れの家族の姿もあった。
圭悟は、そんなビルの地下一階に幸多たちを案内した。
央都の中でも特に葦原市は高度制限が厳しく、故に地下方向へとその領域を広げようとする建物が少なくなかった。もちろん、地下にも限度があるのだが、わずかな土地を有効活用する方法としてはそれ以外にはない。
天燎高校も土地が狭ければ地下を活用したはずだ。
地下には、店がひとつだけあった。
幻想遊戯城と掲げられた看板から、どういう内容の店なのかすぐに想像がついた。そして想像通りの店だった。
圭悟に続いて店内に入ると、彼は店員と顔なじみなのか、軽口を交わして奥へと案内された。店の奥には、複数の仕切られた部屋があり、その中でも一番大きな部屋に通される。
店員は説明もせずに部屋を去り、圭悟がすべての設定をした。
その手際の良さには、法子も感心したようだった。
「随分と手慣れているな」
「ここで働いていたんでね」
「中学時代に?」
「そ」
そんな会話をしながら、圭悟が設定を終えるのを待った。
広い室内には、精密機械とそれに直結した寝台がいくつも並んでいる。
寝台に備え付けられた機械は、幻想空間創造機構(通称、
ちなみに寝台に備え付けられているのは、雷影の子機であり、親機は、部屋の片隅にどっしりと腰を落ち着けている。
圭悟にいわれるまま、全員が寝台に横になり、幻創機の子機と繋がった頭用装具を身につける。それは神経接続用の機材だが、決して重くはなく、精密機械の塊とは思えないくらいに軽かった。
圭悟が雷影の親機を操作して設定を終えると、幸多たちは、夢に落ちるようにして幻想世界へと旅立った。
気がつくと、幸多たちは、広々とした競技場の真っ只中に立っていた。
抜けるような青空の下に横たわる競技場は、壮麗といっても過言ではなかった。現実にこんな競技場が存在するのか、というほどの高さと広さがあり、観客席には何十万人分もの席があった。
この観客席が満席になるようなことは、現在の央都ではありえないことだろう。
もしそんなことになれば、総人口の半分近くが一カ所に集まることになるのだ。
央都の総人口が百万人を越えたのは、つい二年前のことだった。
ふとそんなありもしない妄想に囚われたのは、あまりにも現実感があったからだ。
ここは、幻創機雷影が演算している空間であり、現実世界ではない。
つまり、仮想現実世界なのだ。
仮想現実世界が幻想空間や幻想世界と呼ばれるようになったのは、いつごろだったか。
魔法の発明によって様々な技術革新が起こり、仮想現実世界は、現実世界とは異なるもうひとつの世界、幻想世界と呼ばれるようになった。
幻想世界には、圧倒的な現実感があり、重力があり、幻の肉体には血肉が宿り、生命の息吹きすらも感じられるほどだった。
そのような幻想空間における仮初めの肉体を、幻想体と呼ぶ。
幻想体は、自由自在に設定することができ、容姿も性別も思うがままに変えることができるのだが、幸多たちは、本人そのままに再現された幻想体を用いている。
それはそうだろう。
これから行うことを考えれば、まったく異なる外見や体型では駄目なのだ。
現実との齟齬は、幻想空間上の訓練の意味をなくしてしまう。
最後に圭悟の幻想体が出現し、六人全員が揃った。
「対抗戦は、その名の通り、三つの競技で成り立っている。
圭悟がいった魔法競技とは、魔法を用いる運動競技の総称だ。
魔法の普及は、当時存在したすべての運動競技を過去のものにしてしまった。あらゆる運動競技に魔法が悪用され、乱用され、競技としての体裁を失い、あっという間に崩壊していったのだ。
魔法を規制しようにも、身体能力を強化する魔法や、対戦相手の体調を悪化させる魔法が使用されているかどうかを判定する方法がなかった。
魔法時代の黎明期から黄金期に至るまでの過渡期、魔法に関する法整備が進み、様々な規制が行われていったが、それだけで解決するような問題ではなかった。
巷に魔法が溢れた。
もはやただ肉体を競うだけのありふれた運動競技では、観衆の興味を引くことが出来なくなっていったのだ。
魔法競技が誕生したのは、そういう経緯があってのことだ。
魔法と対立するのではなく、魔法を受け入れ、存分に活用することによって、競技の新たな可能性を見出し、新たな時代の扉を押し開いたのだ。
そうして誕生したいくつもの魔法競技の中でも、央都政庁運動文化振興課が推しているのが、三種競技と呼ばれる魔法競技だ。
競星、閃球、幻闘である。
「予選も決勝も、三種競技の総合得点で優勝が決まる。その点は変わらない。が、予選と決勝では、大きく異なる点が二つある」
「三つだな」
「え?」
「一つ目は会場だ」
「ああ、そういえば、そうでした」
圭悟が法子の指摘を受け、訂正する。
「まずは会場。知ってるだろうが、決勝大会の会場は、海上総合運動競技場だ」
圭悟がびしりという。
海上総合運動競技場は、央都葦原市南海区
もっとも、六万人の観客で埋め尽くされることなどほとんどないのだが。
建造当初、あまりにも大きすぎる会場に対し批判の声もあったが、それに対し、すべては将来への投資である、と、央都政庁は説明した。
実際、人口は増え続けている。
いつかは、海上競技場の観客席が満員になることが当たり前になる日も来るかもしれない。
「二つ目は、会場故の競星の競走路、だね」
そういったのは、幸多だ。幸多は、対抗戦について調べに調べている。
「うむ。さすがに詳しいな」
「まあね」
「三つ目は、幻闘の競技性そのものが予選とは大きく異なる。そしてこれがもっとも重要だ。幻闘を征するものが決勝を制す、なんて言葉もあるほどだからな」
圭悟の言葉通りだ。
対抗戦決勝大会は、競星、閃球、幻闘の順番に行われる。競星と閃球でどれだけ得点を稼ぎ、優勝に手をかけていようとも、幻闘の結果次第では、追い抜かれることも十二分に考えられた。
事実、幻闘の結果でもって優勝を手にした高校は、過去にいくつもあった。
対抗戦は、幻闘だけでいいのではないか、という声が聞かれるほどに、だ。
「つまり、いまから幻闘の練習をしようってことか」
「そういうこった。覚悟しとけよ」
幸多の推察に対し、圭悟はにやりとした。
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