第11話 黒木法子
篠原中学校は、圭悟が昨年まで通っていた中学校であり、東街区篠原町にある。篠原町には天燎高校もあり、そこそこ近い。
圭悟は、徒歩で通学できる距離に住んでいるという話だったし、篠原町内の中学に通っていたのはおかしなことではない。
その黒木法子だが、昨年天燎高校に入学してからの一年間で様々な話題を提供しているということがわかった。
あのあと、
そのとき彼がいったのだ。
「天燎通信の去年の記事を見ておいたほうがいい。そうしたら、少しはあのひとのことがわかるかもしれないからな」
圭悟は、黒木法子のひととなりについて、自分からは決して語ろうとはしなかった。幸多がどれだけ質問しても、自分で見て感じたものほど正しいものはない、といって話を打ち切るだけだった。
幸多は、黒木法子がどんな人物なのかが気になって仕方なかった。幸多の頭の中では、まるで
圭悟の話し方からして、ただ者ではなさそうだった。
しかも百人力だといい、優勝間違いなしだという。それほどの人物ならば、怪物染みていてもおかしくはない。
幸多は、家に着くなり、鞄も服も放り出して、すぐさま天燎通信の過去記事を漁った。
すると、関連記事が山のように出てきたものだから、検索語句を間違えたのではないかと画面を見直した。が、打ち込んだ語句に間違いはなく、大量に表示された記事に黒木法子が関わっているらしいという事実に呆然とした。
記事の内容は様々だ。
校庭にある花壇が百花繚乱の有り様になっただの、勝手に購買部の売り子をして過去最大の売り上げを記録しただの、敷地内のすべての建物を綺麗に磨き上げただの、校庭に飛来した幻魔を撃破しただの、枚挙に暇がない。
それらの記事に一貫性はなく、無軌道で縦横無尽といった言葉が思い浮かんだ。
だが、それら記事の内容に目を通してみれば、黒木法子の行動によって迷惑を被った人物はいないようだ、ということがわかる。
学校の花壇が満開になったのは景観上喜ばしいことだっただろうし、購買部の売り上げが増えたことは素直に喜ばれただろう。校舎や室内運動場の掃除も、幻魔の撃破も、だれが迷惑するというのか。
(幻魔の撃退は……まあ、迷惑かも)
幸多は、自分のことを棚に上げたが、それもひとつの事実だ。
幻魔討伐は、戦団の仕事なのだ。
戦団は、央都市民の命の安全と社会秩序を守るために存在する。そのために日夜血の滲むような鍛錬を限りない研鑽を積み、魔法士としての実力を磨き続けている。
幻魔を倒し、人々の日常を守るために。
幻魔を滅ぼし、人類復興の夢を叶えるために。
一般市民が、魔法を使えるからという理由だけで、その足を引っ張りかねないようなことをしてはならないのだ。
(やっぱり、ひとにいえたことじゃないよね)
幸多は、苦笑とともに携帯端末を寝台に放り投げた。
黒木法子に関連する記事を読み漁った結果、ますますその正体がわからなくなってしまった。
まさに鵺のようだ。
記事の内容を総合すれば、昨年一年を通して黒木法子が八面六臂の大活躍をした、ということになる。が、その活躍の幅が想像を絶するくらいに広すぎた。
圭悟が百人力と評したのは、そういう部分だろうか。
幸多は、圭悟が黒木法子のひととなりについて話したがらなかった理由の一端を垣間見た気がした。
翌日。
幸多は、昼休みを報せる鐘が校内に響き渡るのと同時に、圭悟とともに教室を出た。二年一組の教室に向かう。
黒木法子に会うためだ。
昼休みでもなければ捕まえられないのではないか、というのが、圭悟が導き出した結論だった。
圭悟は、中学時代、黒木法子の後輩だったのだが、特別親しかったわけではないらしい。同じ中学に通っていただけであり、黒木法子の在り様に度肝を抜かれる一生徒に過ぎなかったのだ、と彼は語った。
「だから、力になってくれるかどうかはわからん」
「うん。でも、協力してくれれば、優勝間違いなし?」
「おう、間違いねえ。この世代であの人ほどの
圭悟は、黒木法子のひととなりについては口を濁したが、その才能や実力については手放しに褒め称えた。
「戦団に入りゃあ、
「でも、ここに通ってるってことはさ」
「ああ、その気はないんだろうよ」
戦団に入るつもりならば、
星央魔導院に入学するには、試験を受ける必要があるが、その試験は小学五年生のころから受けられる。早期試験である。
早期試験にしろ、通常試験にしろ、合格すれば、星央魔導院に入学する資格を得られるわけだ。
星央魔導院は、中等部と高等部にわかれているのだが、別の中学から星央魔導院高等部に進学することも不可能ではない。その場合の入学試験は難関極まりないという話だったが。ともかく、門戸は開かれている。
そして、中等部を卒業し、戦団に入団するものも少なくない。というより、そちらのほうが圧倒的に多いというべきか。
星央魔導院の高等部に進むという選択を取るのは、戦闘部以外の部署を希望する人達であり、そうした人達をより深く育成するためにこそ、高等部は存在している。
つまり、星央魔導院の中等部に入学せず、さらに天燎高校に進んでいる黒木法子は、戦団に入る気はさらさらなさそうだということだ。
魔法士としての才能に恵まれているからといって、誰もが幻魔と戦うために戦団に入ろうとはしないのだ。
「さて」
圭悟が態度を改めたのは、第一校舎二階にある二年一組の教室に辿り着いたからだ。
そこに至るまでには、購買部や学食に向かおうとする二年生たちが幸多たちを不思議そうな顔で見てきたものだった。
圭悟が、二年一組の教室を覗き込み、尋ねた。
「黒木先輩はおられますか?」
教室内には、まだ半数以上の生徒が残っていたが、反応は芳しくなかった。何人かは教室内を見回して探してくれたが、いないものは見つかりようがない。
圭悟が幸多に向き直った。
「……いないらしい」
「まあ、お昼だしね。すぐに飛び出しちゃったのかも」
「ありうるな」
「うむ」
「でも、だとしたらどうやって捕まえよう」
幸多は、二年一組の教室内に目を向けたまま、頭を捻る。無軌道かつ縦横無尽に飛び回るのが黒木法子という人間だと、彼は認識している。どのようにすれば捕まえられるかなど、想像もつかない。
「そうだなあ……ほかの先輩に執り成してもらうとか?」
「そんな先輩いる?」
「黒木法子を捕まえられるとすれば、
「確かになあ。我孫子先輩、中学時代から黒木先輩とつるんでたし」
「我孫子先輩もここに?」
「ああ、毎日元気に走り回っているよ」
「ん……?」
「はい……?」
幸多と圭悟は、ようやく違和感に気づき、顔を見合わせた。
それから、先程から会話に入り込んでいた第三者に目を向ける。
幸多と圭悟のすぐ真後ろにその人物はいた。
美しく艶やかな漆黒の髪は腰当たりまで伸ばされており、透き通るように白い肌との対比があざやかだった。真紅の瞳は、常に潤んでいるように見える。身長は幸多と同じくらいで、均整が取れた体型をしている。常日頃から運動や鍛錬を怠っていないことの証左だろう。
黒を基調とし、赤の差し色が入った天燎高校の制服が妙に似合っているのは、その容貌と調和が取れているからかもしれない。
「どうした? わたしを探していたのだろう? 見つかったのだからもっと大袈裟に喜ばないか」
その二年生女子生徒は、傲岸に、不遜に、そういってのけた。
それが幸多と黒木法子の初対面となった。
「ふむ。なるほど。話はわかった。面白いな。参加してやろうではないか」
黒木法子は、幸多たちの嘆願を聞くなり、一も二もなくそういってきた。
場所を学食に移したのは、黒木法子の要求である。お腹が空きすぎて穴が空きそうなくらいだ、とは彼女の弁。
ちょうどお昼だ。
幸多たちもお腹が空いていたし、都合が良かった。
食堂に入るまでの間も入ってからも、幸多たち三人は学生たちの注目の的だった。理由は一つ、黒木法子と一緒にいるからだろう。
黒木法子は、学校一の有名人だが、近づきがたい存在であり、多くの場合、ひとりで行動しているという話だった。一緒にいるとしても我孫子雷智くらいだという。
それが一年生二人と行動をともにしており、あまつさえ昼食を一緒にしようとしている光景は、彼女のことをよく知る学生たちからすれば、異様なものに映ったのだとしても不思議ではない。
幸多は、注目を浴びることに慣れている。
子供の頃からそうだった。
魔法不能者というだけで一定上の注目を集めるものだったし、中学時代は色々な理由でさらに注目されるようになってしまった。
いまもまさにそうだった。
入学式以来の言動が注目を集める原因になっている。
「安請け合いしていいんすか、優勝目指してるんですよ、こっちは」
「それは聞いた。優勝して、彼を戦団に送り届けるのがきみの目論見なんだろう。それはそれは面白いことになるだろうな」
「面白いって」
「そうだろう。魔法士しかいないはずの戦闘部にきみのような魔法不能者が入ることは、本来、ありえないことだ。たとえどんな方法を用いても、入ることなど出来ない。ましてや、対抗戦に出場して優勝をかっ攫うなど、考えられることではない」
黒木法子は、至極愉快そうにいった。
「きみが選手として参加すると言うことは、その学校は大きな困難を背負うということだ。逆境に立ち向かうどころではない、ということくらい、きみたちもわかっているのだろう。だから、わたしを探した。わたしに協力を要請した。わたしの力が必要だからだ」
フォークとナイフで厚めのステーキを切り分けながら、黒木法子が話を続ける。
「そしてわたしは、そんなきみたちの熱烈な想いを受けて、こう考える。わたしがきみを優勝に導き、きみが戦団に入ることになれば、それはそれで大変愉快だ、と。きみのような魔法を使うことの出来ない人間が、戦団でなにをできるのか。だれかのため、ひとのため、自分のため、きみにできることとはなにか」
法子の目が、幸多の目を見つめた。濡れて輝く真紅の瞳に見つめられると、それだけで頭がぼうっとしてくるのは、法子が美人すぎるからなのか、どうか。
「わたしがもっとも気になっているのはそこだよ、皆代幸多」
そういって微笑むと、彼女は、切り分けたステーキの一切れを口に運んだ。
「ぼくができること……」
法子の言葉に圧倒されるようにして、幸多は、考え込む。目の前にある特盛りのカツ丼は、既に半分ほど平らげている。
自分にいったいなにができるのか。
完全無能者の烙印を押された幸多が戦団に入ることは、それ自体になんの利点もない。幸多にも、戦団にもだ。むしろ、戦団にとっては足手纏いを抱えることになりかねないのだから、普通に考えれば御免被りたいところだろう。
しかし、幸多は、どうしても戦団に入りたかった。入らなければならない。
入らなければ、統魔との約束を果たせないからだ。
二人で戦団に入って、父の敵を討つ。
それがあの日交わした約束なのだ。
そのためだけに日々体を鍛え、技を磨き、研鑽を積んでいる。
その過程で戦団に迷惑をかける可能性について考えないこともなかったが、その考えに囚われると前に進めない気がして、頭の中から排除していた。
まずは、戦団に入ることだ。
その後のことは、それから考えればいい。
戦団に入れなければなにも始まらないのだから。
そんなことを頭の中で巡らせながら、幸多は、カツ丼の残りを口に運んでいく。
「……ところで、対抗戦には最低でも六名の出場者が必要だが、人数は揃っているのかね?」
「黒木先輩を含めて五人です」
「ふむ、あと一人か」
「だれか戦力になりそうな人はいませんかねえ」
圭悟が一縷の望みをかけるようにして法子に尋ねれば、彼女は迷いなく答えた。
「いるよ、一人。我孫子雷智なら、わたしに協力してくれるだろう」
「呼んだかしら」
と、どこからともなく声がしたかと思えば、長身の女子生徒が黒木法子の背後から姿を見せた。幸多と圭悟はぎょっとしたが、法子には慣れたことらしく、驚き一つ見せない。
「呼んだとも」
「ふふ、嬉しいわ、法子ちゃん」
わずかに頬を赤らめながら法子を髪を撫でるのは、蒼黒の髪の女子生徒だ。身長は圭悟と同じか少し上くらいあり、緑柱玉のような瞳が綺麗だった。髪を撫でるのを止めると、長い腕を法子の首に絡ませる。
「いつの間に……」
「いつからいたんだ……」
「わたしはいつだって法子ちゃんの側にいるのよ」
「それが摂理というものだ」
おそらく我孫子雷智なのだろう女子生徒も黒木法子も、それがさも当然のことであり、絶対不変の真理であるかのように断言し、譲らなかった。
幸多は、圭悟と顔を見合わせた。黒木法子一人だけでも大変そうなのに、さらに大変そうな人物が増えたのだ。
「これで六人だ。一先ず十分だろう」
「十分すぎますです、はい」
圭悟が感謝をこめて、いった。
圭悟がいうには、黒木法子一人で百人力であり、優勝間違いなしということなのだ。
黒木法子がこうもあっさり協力してくれた以上、なにもいうことはなかった。しかも、我孫子雷智という戦力も連れてきてくれた。
幸多は、黒木法子と我孫子雷智が二人だけの世界を作り始めた様を眺めながら、不安を感じなかった。
後は、練習あるのみだ。
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