第10話 央都高等学校対抗三種競技大会
「央都高等学校対抗三種競技大会、参加者募集のお知らせ……か」
天燎通信は、レイラインネットワーク上に設けられた天燎高校のホームページである。学校によって運営されており、天燎高校の生徒ならばだれでも気軽に覗くことができた。中には、天燎高校に関する様々な情報が記載されている。
対抗戦の出場選手を募集しているのも、このホームページだけだ。
央都高等高校対抗三種競技大会とは、対抗戦の正式名称である。正式名称が長すぎるため、対抗戦の略称が用いられ、公式にも使用されている。
幸多が見ているそのページには、募集要項が明記されており、出場希望者熱烈募集中と書かれていた。
幸多は、既に応募済みであり、募集欄に皆代幸多の名前がはっきりと記されている。だが、それだけだ。幸多以外の参加表明は一切なかった。
それはそうだろう、と、幸多は納得する以外にはない。
私立天燎高校は、天燎財団が運営する学校だ。天燎財団が系列企業に必要な人材を育てるために作ったといっても過言ではない。実際、天燎高校の卒業生の多くは、財団系列の企業に就職している。
天燎高校は、対抗戦が始まってからというもの、消極的参加の姿勢を崩していなかった。
優秀な社員を育てるための学校が、なぜ、余計なことに時間を割かなければならないのか、と、理事長が公然と言い放った記録がある。
天燎高校という学校全体が対抗戦を忌み嫌っている節さえある。
過去十七度の大会すべてで予選敗退で終わっており、敗退後は、速やかに撤収、すぐさま通常授業に戻っているのが、天燎高校という学校なのだ。万年最下位といわれるだけのことはあったし、そういわれてもだれも否定せず、むしろ誇らしげでさえあった。
故に、生徒たちのだれひとりとして参加したがらず、最終的に教師の嘆願で参加者が決まっているという話もあった。生徒たちも、対抗戦に参加するのが時間の無駄だと考えているのだろうし、そうした考えが根付いた原因は、理事長の過去の発言や教師たちの教育の賜物なのだろうが。
ではなぜ、学校自体は対抗戦に参加しているのかといえば、対抗戦には、央都のすべての高校が参加する義務があるからだ。
対抗戦は、戦団が人材を発掘するために発案したものだ。発案するだけでなく、実現のために積極的に行動を起こしている。央都政庁とともに運営委員会を発足、開催に至ったのは、戦団の弛まぬ努力の結果にほかならないだろう。
そして、この央都の秩序は、この人類生存圏の日常は、戦団の血涙によって成り立っており、彼らが常日頃から数え切れない犠牲と損害を払い続けているからこそ、人々は、仮初めの平和を謳歌できているという絶対的な現実がある。
それ故、すべての高校は対抗戦に参加しなければならいという運営委員会の決定に対し、なにものも反対することはできなかった。
それを戦団の横暴というのであれば、戦団の庇護下を去るべきだろう。
とはいえ、天燎高校が、学校として対抗戦に敵愾心のようなものを抱くのも無理からぬことだったし、その反骨心を毎年予選敗退即撤収という有り様によって世間に表明しているのだ。
だが、だからこそ、幸多に機会が訪れたのだから、なんともはやである。
不意に応募者名簿に新たな名前が書き込まれた。
一年二組、
「これで、よし」
振り向けば、圭悟が幻板を消したところだった。
放課後の教室。
二人のほかにも何名かの生徒が残っていて、そのうち女子生徒は幸多を見ていた。未だ幸多に
「ありがとう」
「感謝するのはまだはええよ」
「ん?」
「優勝して、てめえを戦団に送り届けてからだぜ」
「そっか」
「
「はは、期待していてよ。お金の使い道なんてほとんどないんだからさ」
「おうよ」
圭悟がからからと笑う。その横顔は爽やかでさえあった。
「けど、そのためにはまず、優勝するための人数が必要だな。最低六人。ま、多くてもあまり得策とはいえねえからな。六人いりゃあ、十分だ」
「十分なんだ?」
「何年か前に限度の十人で出場した高校は、決勝大会で大量失点して逆転負けしたんだぜ。人数がいりゃいいってもんじゃねえんだ」
「なるほど。考えてるんだ」
「だれが考えなしの能無し野郎だって?」
「そこまでいってないよ」
「そこまで、ってことは……」
「それで、当てはあるの? なんかそんな口振りだったけど」
「ある。が、その前に、だ」
圭悟が顎をしゃくって、幸多の視線を教室の出入り口に誘導する。
するとそこには、一年生の男子が二名、手持ち無沙汰に突っ立っていた。教室内を覗き込むでもなく、ただ、憮然としている。
「あれって」
「奴らだよ」
圭悟は、席を立つと、肩を怒らせながら二人に近づいていった。
二人の顔には、はっきりと見覚えがあった。
暴力事件から二日が経過している。
あれ以来、曽根伸也を見かけもしなければ、見えない場所から魔法でなにかをされたということもなかった。
曽根伸也以外には、表立って不能者差別をしてくるような生徒もいない。
だから、かもしれない。
今になって曽根伸也が手先を差し向けてきたのか、と、圭悟は考えたようだった。
「うちの覇王になにか用か?」
「覇王ってだれだよ」
幸多は、圭悟の発言に頭を抱えたくなりながら、彼の後ろに立った。
北浜怜治と魚住亨梧は、一瞬呆気に取られたような顔をしたが、すぐにバツの悪そうな表情に戻った。互いに顔を見合わせ、大きく息を吸い込む。
「この間はすみませんでした!」
「本当にごめんなさい!」
二人同時に思い切り頭を下げて謝ってきたものだから、今度は、幸多と圭悟が顔を見合わせる番だった。想像していた展開とはまったく異なる状況に出くわせば、多少なりとも混乱しようものだ。
北浜怜治も魚住亨梧も頭を下げたまま、ぴくりとも動かない。まるで誠心誠意謝罪しているかのような様子であり、実際、そういう気持ちでいるのかもしれない。
教室内の生徒たちの囁き声が聞こえてくるが、その中には幸多たちがまたなにか問題を起こしたのではないか、というようなものも含まれている。
幸多たちは、いまや一年二組の問題児集団であり、その筆頭が幸多になのだ。
一年の不良少年たちに頭を下げられている場面を見られれば、良からぬ噂が立ったとしてもなんら不思議ではない。
「えーと……」
「一体どういう風の吹き回しだ? 曽根伸也の腰巾着どもが」
「だから、そのことだろ!」
「俺たちは別に差別主義者なんかじゃねえし、おまえらを虐めたいとか思ったことはねえんだよ!」
「謝ってるほうが怒るなよ」
圭悟は、怒りを込めてふたりを睨み付ける。彼の対応、言動のひとつひとつが不良少年たちを苛立たせるのだが、そんなことを気にする圭悟ではなさそうだった。
圭悟にしてみれば危うく大事になりかけた上、反省文を書かされた挙げ句、教師陣からの評判は最悪にまで落ち込んだのだ。これから先、この評価が響いてくることは想像に難くない。
幸多は、そんな圭悟の気持ちを察しながらも、状況に気を配った。
「圭悟くん」
「あ?」
「とりあえず、場所を移そう」
幸多は、圭悟の背中を押して強引に教室から押し出した。無論、自分も廊下に出る。廊下にも生徒たちの姿があり、視線が幸多たちに集中している。
だれもがこの四人に注目しており、会話の内容に耳をそばだてている。
こんな場所で彼らと一悶着したとあっては、また反省文を書かされる羽目になる可能性だって考えられた。
もっとも、幸多は、そんなことにはならないだろうと思っていたのだが。
少なくとも、不良少年たちは、心から謝罪してきているように見えたからだ。
「俺らは曽根さんに逆らえねえんだ。だから、曽根さんが命令するなら従うしかねえ」
「曽根さんが正義で、それ以外が悪なんだ。そういう関係なんだよ」
怜治と亨梧がそんな本音を吐露してきたのは、場所を第一校舎の屋上に移してからのことだった。
校舎の屋上は、生徒が出入りできないように厳重に施錠されているのだが、圭悟が勝手に開けてしまった。
電子鍵でもなければ魔法で簡単に開けられる、とは、圭悟の弁。
もちろん、それなりの知識と技術が必要であり、だれもが容易くできることではあるまいが。
圭悟は、軽々とやってのけて、屋上への扉を開いて見せている。
太陽は、まだまだ高い。それでも夕焼けに近く、赤々と燃え上げっており、空の半分以上が焼け焦げているようだった。
風はか弱く、気温は低い。
「だったらなんでいま謝ってくるんだ? もし曽根にこのことがばれたら、やばいんじゃねえのか?」
「そうだよ。ぼくたちよりきみたちのほうが心配だよ」
「てめえは本当にお人好しだな」
「普通なら心配しないよ。でも、明らかに普通じゃなかっただろ」
「確かにな……」
圭悟は、苦い顔をして、幸多の考えを肯定する。曽根伸也の異常さは身を以て理解したものだ。
普通、喧嘩でもなんでも、人間相手に攻撃魔法を使うなんていうことは考えられない。そんなことをすれば、相手を傷つけるどころか、相手を死に追い遣る可能性だってあるからだ。
魔法は、極めて万能に近い技術だ。
魔法の発明と普及、発展と進化は、人類を飛躍させることとなったが、同時にだれもが強力な兵器を持つことになってしまった。
だれもが破壊者になり得る時代が訪れ、魔法を用いた事件や事故、犯罪行為が蔓延した。
もっとも、それはいまや遠い昔の話だ。現代において、魔法犯罪の発生率は大きく低下しており、魔法による事件事故の割合も、最盛期に比べれば遥かに低い。
魔法がいかに強力で危険なものなのか、だれもが理解できるように、子供の頃から徹底的に教育されているからだ。
だからこそ、曽根伸也のような精神性の持ち主は、めずらしく、恐ろしい。
あれほど気安く、軽々しく、他人に攻撃魔法を使う人間など、そういるものではないのだ。
「それは……その……」
「ん?」
なにやら言いにくそうな怜治の様子には、圭悟も訝しげな顔をした。やがて、その圧力に観念したかのように、怜治が口を開く。
「曽根さんと連絡が取れねえんだ」
「一昨日の夜からだ。通話にも出ねえし、ヒトコトにも反応がねえし、心配だからって家に連絡するわけにもいかねえし……」
「なんで?」
幸多が純粋な疑問を口にすると、二人が同時に睨み付けてきた。
「ああ見えても曽根家なんだぞ!」
「おれらみたいなのが連絡したら、曽根さんに迷惑がかかるだろうが!」
二人の発言内容から、彼らが決して曽根伸也を慕っていないことはわかったが、それはそれとして気を使っているということも感じ取れた。
圭悟がぼやく。
「……おれらに迷惑かけんのはいいのかよ」
「だから、よくなかったって思ったから謝ってんだろ!」
「曽根の野郎もいなくなったからか」
「そうだよ!」
「明日にでもひょっこり顔出してきたらどうすんだよ」
「そんときゃあ……そんときだ」
「いくらでも怒鳴られてやらあ」
「なあ」
怜治と亨梧が見つめ合い、うなずき合う様子からは、彼らなりの覚悟があるように見えた。もし、彼らが曽根伸也の許しなく、幸多たちに謝ったことが露見すれば、曽根伸也は怒り狂うだろう。そして、二人が酷い目に遭うことは想像に難くない。
曽根伸也が極めて凶暴な人物であることは、あのわずかばかりの対峙だけで思い知ることができた。
圭悟が頭を振り、大きく嘆息する。
「……だとしたら、まったく誠意を感じねえな」
「なっ!?」
「ここまで謝らせておいてそれかよ!」
「本当に心の底から謝罪する気があるのならよぉ」
圭悟が目線を送ってきたので、幸多は、彼がなにを考えているのかを察した。とてつもなくあくどい笑みを浮かべながら、ふたりに切り出す。
「てめえら対抗戦に出ろや」
「対抗戦?」
「なんでだよ!?」
「そりゃ、優勝するためだろ」
「はあっ!?」
「優勝!? 無理に決まってんだろ!?」
素っ頓狂な声を上げる怜治と亨梧だが、その反応は、当然としか言い様がなかった。彼らも不良とはいえ、天燎高校に通っている学生なのだ。天燎高校が対抗戦に消極的で、予選敗退の常連だということだって知っているはずだった。
出場するだけでも面倒くさいというのに、優勝を目指すなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことだ――などと思っているのは、二人の愕然とした表情を見れば明らかだ。
「無理は百も承知だよ。でも、優勝しなきゃならないんだ」
「なんで!?」
「なんの意味があるんだよ!?」
「そうでもしないと、ぼくみたいな無能者は戦闘部に入れないからだよ」
幸多が告げると、二人は黙り込んでしまった。
一理あるどころの話ではない。
天燎高校で優勝を狙うというのであれば、それ以上の理由はなかったし、理屈もなかった。
「……わかった。出りゃいいんだな、出りゃ」
「おいおい正気かよ」
「それでチャラになるならよ、問題ねえだろ」
「そりゃあそうだけどよお……」
亨梧が頭を抱え、天を仰ぐ。
「優勝かあ」
絶望的とすらいえる彼の魂の嘆きは、校舎の屋上に確かに響き渡った。
これで四人。
「あと二人、か」
幸多は、圭悟が伶路たちに携帯端末を取り出させる様を見ながら、つぶやいた。すると、圭悟がこちらを見て、にやりと笑う。
「一人なら心当たりがある。そして、その一人が加わってくれればまさに百人力、優勝間違いなしだぜ」
圭悟の態度や発言からは、その自信のほどが窺い知れた。聞いているだけで頼もしくなるし、だからこそ、彼が貸しを作るなどといって協力してくれたのだろう。
そして、こう付け足した。
「名は
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