第1話 幻魔災害

 私立天燎高校一年二組の教室は、第一校舎の一階にある。

 天燎高校は、規模としては決して大きくはない。

 いまや飛ぶ鳥を落とす勢いとはいえ、開校当時はまだこれほどの財力も権力も持っていなかったのだから、当然といえば当然かもしれない。

 そもそも一企業が学校を持つという発想自体、央都ではめずらしいことだったのだ。

 そして、そんな希有な発想によって作られた学校が東街区とうがいくに作られたのは、東街区が人口密集地帯だからだろう。

 人口が密集しているということは、人材も豊富だ。

 天燎高校は、天燎財団が系列企業の人材を発掘するため、育成するために運営している高校なのだ。

 幸多こうたがそんな高校に通うことにしたのには、ちゃんとした理由がある。

 央都には様々な高校があるが、幸多の目的のためには、天燎高校を選ぶ以外に道はなかった。

 そして試験に受かるために猛勉強したのだから、無駄にしたくはなかった。

 天燎高校には校舎は二棟あり、それぞれ二階建てだ。建築基準法による高度制限に引っかからないようにしているのだろう。

 第一校舎は一年と二年の教室があり、第二校舎には三年の教室と教職員室などが密集しているという話だった。

 校舎のほかには、室内総合運動場があり、そこには様々な設備があるとのことだった。

 幸多がそんなことを考えていたのは、天燎高校の校長に案内されるようにして一年二組の教室に向かっている間のことだ。

 幸多が学校に到着したのは、入学式が終わったあとのことだった。

 校門前に校長がただひとり立っていて、どうやら幸多を待ってくれていたらしかった。高校に報せが入ったらしく、だから校長が緊張した面持ちで待っていたのだ。

 そして、幸多の姿を見て驚愕のあまり腰を抜かしそうになったらしいのは、その反応と表情から見て取れた。

 それはそうだろう。

 幸多が身につけている制服は、焼け焦げてぼろぼろになっていた。髪もわずかにだが焦げている。ガルムと取っ組み合いをしたのだから、そればかりは仕方がない。

 魔法士のように遠距離から攻撃出来るのであれば話は別だが、魔法が使えない人間には、無理な相談だ。

 武器を持たない常人には、遠距離を攻撃する手段などないのだ。

 その結果、全身が焼かれ、軽く火傷だらけになるのも当然の結末だった。痛みは既に引いていて、火傷の痕も残っていないが。


 入学式に参加できなかったのは残念だったが、それ自体は別にたいしたことではなかった。大事なのは、入学後のことであり、行事に参加することではない。

 とはいえ、幸多が入学式に参加する様を母に見せられなかったのは、悲しいことではある。

 入学式には、母も来ていたのだ。が、会う暇もなかった。多目的携帯端末のコミュニケーションアプリ・ヒトコトで多少なりとも事情は説明したが、母は呆れ果てたようだった。

 もっとも、それは母にとって慣れたことでもある。

 なにはともあれ無事で良かった、ともいっていた。

 一年二組の教室に辿り着くと、校長が足を止めてこちらを振り返った。

 校長の名は、川上元長かわかみもとながという。六年前、三十歳という若さで校長の座についた人物だ。

 背は幸多より多少低いが、引き締まった体つきからは日頃から体を鍛えていると想像できる。紫黒色の目が、特徴といえば特徴だろうか。

「ここがきみの教室だ」

 川上元長が教室の扉を軽く叩き、中からの反応を待ってから開いた。すると、教室内にいるすべての人間がこちらを見る。

 教壇に立っていた女性教師は、校長が教室前にいることに驚いたのか、素早く駆け寄ってきた。若い女性だ。

 油色の髪は肩に掛かるくらいの長さで、柔らかな目の中には東雲色の虹彩が浮かんでいる。身長は平均的な高さで、体は引き締まっているように見える。

 真新しい灰色のスーツは、その体型に似合っていた。

「どうされたのですか? 校長」

「きみの教室にひとり、遅れていた生徒がいただろう」

「はい、皆代みなしろくん、ですね」

 うなずく教師の視界に幸多は入っていないらしく、すぐに気づかなかった。

 校長が幸多に教師の視線を促す。

「到着したのでね、ここまで案内したのだよ」

「校長みずからが、ですか?」

 きょとんとした教師の様子からすると、校長から教師に連絡が入っていなかったようだ。

「まあ、ね。さ、入りなさい」

「案内ありがとうございました、校長先生」

「いや、いい。こちらのことだ」

 幸多は、校長の言葉の意味がわからず疑問符を浮かべたが、考えている暇もなかった。

 うながされるまま教室に入ると、痛いくらいに視線が突き刺さった。本来視線など感じるはずもないのだが、そんな気がした。気のせいだろう。自意識過剰なのだ。

 教師は、校長に深々とお辞儀をして、彼が去るのを待ってから扉を閉めた。それから、大きく息を吸い込む。

 幸多には、教師の気持ちがなんとはなしに理解できた。入学式当日から問題児が見つかったとでも想ったのかもしれないし、だとすれば、間違いではない。

 きっと自分は、この学校でも一二を争う問題児だ。

 教師は幸多の隣に来ると、教室内を見回した。

「えーと、空いている席は……」

 教室内のほとんどの席が埋まっている。

 教室は広く、天井も高い。室内には三十組の机と椅子があり、いずれもが特殊合成樹脂製だ。そしてそのほとんどが埋まっている。

 当然だ。

 入学式に遅れたのは、幸多ただひとりだったのだ。空いている席はひとつだけ、その空席を指し示してくれたのは、最後尾の席に座っている男子生徒だった。

 真っ赤な髪が特徴的な男子生徒は、だるそうに、しかししっかりと手を挙げて、前の席が空いていることを主張したのだ。

 幸多は、その空席に向かって歩いて行くと、その間も視線を感じずにはいられなかった。様々な囁き声が聞こえるのは、幻聴ではあるまい。

 生徒たちは皆、幸多の外見に驚いており、なにがあったのかと噂し合っているのだ。

 幸多は、それは当たり前の反応だと思っていた。自分が逆の立場ならば同じような反応をするに違いない。なんといっても入学式に遅れてきただけでなく、全身焼け焦げたような有り様なのだ。

 反応しないほうがどうかしている。

 幸多は席に着くと、後ろを振り返った。赤毛の生徒は、天井を見上げている。

「教えてくれてありがとう」

「別に。礼をいわれるほどのことじゃあねえよ」

「でも嬉しかったよ」

「ならよかった」

 幸多が素直に喜ぶと、赤毛の少年も満更ではなさそうにこちらを見た。どうにも強面だが、笑うと愛嬌があった。

「静かに!」

 と、教師が一声怒鳴ると、教室内が水を打ったように静まり返る。

 一見穏和でおとなしい性格をしているのだろうと思えた教師が、想像を絶する剣幕で怒鳴ったものだから、それまで幸多についてあることないこと喋っていた生徒たちも黙り込むしかなかったのだ。

 教師は、咳払いをした。

「皆さんいろいろといいたいこと聞きたいこともあるでしょうが、それは授業が終わってからにしてください」

「授業?」

 幸多は、なんとはなしに後ろの席の少年に聞いた。

「生徒たちに自己紹介しろってさ。それが最初の授業らしい」

「へえ、ありがとう」

 幸多は、赤毛の少年の補足に感謝して、教壇方向に向き直った。

 そして、ここに至るまでの出来事を思い返す。

 今朝、ミトロ荘を出たのは六時半のことだ。時間的には早すぎるくらいであり、余裕を持っての出発としても、あまりにも早い。

 当然、入学式に遅れたくなかったし、参加したかったからだが、結果、入学式には遅れ、参加できなかった。

 もし、十分、二十分でも遅く出発していたのなら、間違いなく入学式に間に合っていただろう。

 ガルムは幻魔災害として適切に処理されたはずだ。星将せいしょう伊佐那美由理いざなみゆりによって。

 伊佐那美由理。

 肩書きは、戦団戦務局戦闘部第七軍団長。

 戦団のいわば実働部隊である戦務局戦闘部の十二軍団のうち、第七軍団の長である。

 そして、星将。

 星将とは、最高位の導士どうしに与えられる称号であり、だれもが名乗れるものではない。

 そんな肩書きを持つ彼女が現れた以上、ガルム如きでは手も足も出まい。

 事実、ガルムは伊佐那美由理の存在に気づくこともなく凍り付いてしまった。

 その瞬間、勝負は決したのだ。

 だから、幸多は、余計なことをしただけだった。

 とはいえ、幸多があのとき女性との間に割って入らなければ、あの女性が無事に逃げ延びることができたのかどうかはわからない。

 その点だけを考えれば助けに入って良かったと思えたし、間違ったことをしたわけではないという結論に達する。

 それから思い出すのは、氷像と化した魔獣が一蹴される光景だ。

 屋根から飛び降りた伊佐那美由理は、つかつかと歩み寄ってくるなり、ガルムを軽く蹴った。すると、幻魔の頑強な肉体が、一瞬にして粉々に砕け散ったのだ。

 幻魔には通常兵器は一切通用しない。

 が、美由理の魔法によって凍りついたガルムの肉体ならば話は別だ。氷結させた魔法が、幻魔の体組織を、魔晶体をずたずたに引き裂き、破壊していたに違いない。

 ガルムの肉体は、無数の氷片となって舞い散り、朝日を浴びて煌めいていた。

 その眩むような輝きの中で手を伸ばしてきた伊佐那美由理に対し、幸多は、しばし、呆然とするほかなかった。

 まるで物語の中の女神のようだ、と、思った。それも戦を司る女神だ。圧倒的な力でもって敵を蹂躙し、討ち滅ぼす、そんな女神――。

 幸多は、美由理の手を取って、立ち上がった。体中に痛みが残っていたが、起き上がれないほどではなかった。

 この程度の痛みは、慣れている。

「仕方ないじゃないですか」

 幸多は、美由理の疑問への回答を口にした。

「ぼくは魔法が使えないんですから」

「……魔法が使えないのなら、避難指示に従いたまえ」

 呆れたような美由理の言葉は、正論というほかない。

 基本的に魔法以外通用しない怪物である幻魔に対し、魔法を使えない人間が立ち向かうのは、死にに行くようなものだ。

 自殺志願者ならばともかく、そうでないのなら携帯端末の指示通り、避難するべきだった。

 けれど。

「悲鳴が聞こえたんです。そしたら、体が勝手に」

「無意識に人助けに向かってしまった……か。それ自体は悪いことではないが」

 美由理は、幸多の意見にも一理あると見て取ったのか、しかし、嘆息を漏らす。

 その反応の一つ一つが美しく見えるのだから、幸多は、ただ見惚れ続ける以外にない。

「あー!」

 大声が頭上から聞こえてきたと思うと、四人の男女が地上に降り立った。全員、導衣を身につけていることから、戦団の導士であることがわかる。漆黒の導衣は、それだけで所属を証明するのだ。

 男が三人、女が一人の四人だ。おそらく小隊だろう。

 戦団の導士たちは、基本的には小隊単位で動く。小隊が戦団における編成の最小単位なのだ。そして、小隊の最少人数は四人と決まっている。

「なんで星将がここにいるんすか!」

 小隊長らしい若い男が、美由理に歩み寄り、勢い余って噛みつきそうになりながら抗議した。

 ガルムという幻魔災害に対応するべく派遣されたのが、彼らなのだ。

「偶然通りかかったのだよ。幻魔を視認した以上、放って置くわけにはいくまい」

「それは、そうなんですが!」

「なんだったらガルム討伐の戦果はきみたちのものにしていい」

「いや、いくらなんでもそんなことはできませんけど!」

「……あとのことは任せていいか」

「もちろん、任せてください!」

 力強く、小隊長と思しき導士が胸を張る。

「ああ、よろしく頼む」

「それで、この子は?」

 美由理がこの場から離れようとしたとき、女性導士が口を開いた。その導士は、当初から幸多の存在に怪訝な顔をしていたのだが、それまで美由理に尋ねる暇がなかったのだろう。

「ガルムに立ち向かった勇敢な少年だよ」

「へえ」

「魔法不能者のな」

「なっ!?」

 小隊全員が愕然とする様を見て、美由理は笑みを零したようだったが、幸多にはその意味がわからなかった。導士たちが驚かせることができて嬉しかった、というようには思えないが。

 ふと、美由理がこちらを見ていることに気づいた。群青の瞳は、透き通るように美しい。

「ではな、少年」

「は、はい、お気を付けて」

 幸多は、なんというべきか迷った挙げ句、見当違いのことをいってしまった。伊佐那美由理ほどの魔法士が気をつけることなど、あるのだろうか。

「……いっちまったな」

「さすがは美由理様、かっこいいわ」

「かっこいいけど、なんだかなあ」

「なんだかなあといえば、きみだよ、きみ」

「ぼくですか?」

「きみはいったいなんなの!?」

 それから、幸多は、伊佐那美由理へのわだかまりまでもぶつけられるようにして、ハイパーソニック小隊の導士たちにこってりしぼられたのだった。

 いろいろなことを聞かれた挙げ句、説教もされた。

 それはそうだろうし、わかりきっていたことだ。これまでに何度も遭ったことでもある。幻魔を倒すことが出来たときでさえ、駆けつけた小隊の導士たちにきつく戒められたものだ。

 それが世の道理だ。

 戦闘訓練を受けてもいないはずの一般市民が幻魔と交戦し、挙げ句、命を落とすようなことでもあれば、目も当てられない。

 そんな馬鹿げた出来事でも、戦団の責任問題になりかねなかった。無論、責任を取りたくないから、幸多のような無謀な人間に怒っているわけではない。

 幻魔に挑むということの恐ろしさを理解するべきだ、と、彼らはいうのだ。

 幸多にしてみれば、そんなことわかりきっているし、だからこそ、幻魔に挑みまくっているのだが。

 そうしているうちに一応幸多が助けたことになるのだろう女性が入ってきたものだから、さらに話が長くなった。

 女性は、幸多に心底感謝しており、お礼をしたいと申し出てきたのだが、幸多は丁重に断った。

 女性の無事が確認できただけで十分だったし、それよりなにより入学式だ。

 小隊と被害者女性を交えた会話が長引くに連れ、入学式に間に合わなくなるのではないかという不安が膨れ上がった。

 そして、その不安が的中してしまったわけだ。

 不意に椅子の背もたれから衝撃が伝わってきて、思わず背後を振り向くと、赤毛の生徒が気難しそうな顔で顎を前にしゃくった。前を見ろ、とでもいうのだろう。

 幸多が前に目を向けると、教師と目が合った。困ったような表情をしていることから、どうやら幸多に問題があることが判明する。

「つぎは皆代くんの順番なんですが……だいじょうぶですか? やはり、保健室にいって……いえ、病院で診てもらったほうがいいのでは?」

「あ、いいえ、だいじょうぶです! ほら、このとおり!」

 幸多は、教師の心配を他所に元気いっぱい立ち上がると、教室内を見回した。生徒たちが興味と好奇、あるいは怪訝なまなざしを幸多に向けている。

 間違いなく、注目の的だ。

 それも当たり前の結果だ。こんな馬鹿げた格好で学校に出てくるものは普通いない。常識的に考えれば、着替えるなりなんなりしてくるべきだろうが、幸多には常識的に考えている精神的余裕はなかったのだ。

 そのために注目を集めてしまったのは、いいのか、悪いのか。

「じゃ、じゃあ、自己紹介をしてください」

「はい!」

 元気よく返事をすると、教師は困ったような微笑を浮かべた。幸多がどんな人間なのか、図りかねているような、そんな態度だった。

 とっくに問題児としては振り切ってはいるのだろうが。

「皆代幸多です! 魔法は使えませんが、体力には自信があります! よろしく!」

 幸多は、元気いっぱいに自己紹介を済ませると、席に座り直した。教室内がどよめいていることを肌で感じる。

 それも、自然な成り行きだ。

 魔法が使えないということは、魔法不能者ということになる。つまり、無能者だ。

 無能者が存在することそれ自体はありふれた事象だが、だからといって自分の通う学校の同じ教室にいるというのは、考えられなかったのだろう。だからこそ、生徒たちは幸多への注目を絶やさなかったし、口々になにかを囁き合っていた。

 魔法社会と謳われて久しい。

 それは、だれもが魔法を使える社会であり、だれもが魔法を使うことを前提として成立している社会である。

 とはいえ、魔法不能者の存在を認識し、決して黙殺したり邪険にしたりしているわけでもない。魔法不能者救済のための動きは常に有ったというし、魔法不能者にとって不便な社会にしてはならないとして活動する政治家たちも、過去に大量にいたという。

 魔法によって様々な病を克服した人類だったが、魔法不能障害という新たな病に対し、無力に近かった。

 そして、この 魔法社会において、魔法不能者の理解者というのは、それほど多くないという事実は、中学時代に経験済みだった。

 無論、不理解だからといって、だれもが差別的かといえば、そういうわけではない。そういう人間もいないではないが、基本的に無能者差別は悪とされ、糾弾されるものだ。

「へえ、魔法不能者なのかよ」

 後ろの席からの声は、素直な驚きがあった。

 魔法不能者と魔法士の差違は、見た目には現れない。魔法は才能であり、技術なのだ。魔法を使わなければならない状況にでもならない限り、魔法士と魔法不能者を区別することはできないだろう。

「まあね」

「それでその格好なのは、ますますおもしれえな」

「そうかな」

「普通じゃねえ。いかれてる」

「そうだね」

 幸多は、赤毛の少年の評価を正統なものとして受け取り、微笑んだ。

 教室内のざわつきが収まるのに多少の時間はかかったものの、教師の尽力もあって、生徒たちの自己紹介が進んでいった。

 ついには、幸多の後ろに座っている少年の番になった。

米田圭悟よねだけいごだ。よろしく」

 彼は、ふてぶてしくもぶっきらぼうにいった。極めて簡潔な自己紹介だが、大半が彼と同じようなものだった。

 幸多のような爆弾を抱えている人間のほうが希少だ。

 やがて全員が自己紹介を終えると、教師による訓辞があった。

 いわく、天燎高校に入学した以上は、日夜、勉学に励み、研鑽を積むべきである、と。

「それこそ天燎高校を運営する天燎財団への恩返しとなるのですから、それだけは忘れないように」

 教師は、力強く戒めるようにして、告げてきた。

 教師の言葉通り、この高校は、天燎財団によって運営されており、財団との関わりも深い。天燎高校に通う学生の多くは、天燎財団の系列企業に就職することを目指しているはずだ。

 しかし、米田圭悟は、そんなつもりもなさそうなことを口走っていた。

「恩返しねえ……」

 幸多が圭悟を振り返ったのは、高校初日の授業が生徒同士の自己紹介だけで終わったという衝撃を受けたあとのことだ。

「さっき、恩返しどうこういってたけど、どうかしたの?」

「いんや、別になんもねえけど。恩人でもねえのに恩返しって変じゃねえかって思っただけでさ」

「なるほど」

 幸多は、圭悟の考えに一理あると思いつつも、教師の訓辞にも理解を示していた。

 教師が言いたかったのは、この高校で学ぶ以上、その運営者であり、資金源でもある天燎財団に感謝することは悪いことではない、ということだろう。

 幸多はそう受け取っていた。

 そのとき、ふと気づくと、何人もの生徒が幸多の席を取り囲んでいた。女生徒が多い。

「ねえねえ、皆代くんってさ」

「もしかして」

統魔とうま様となにか関係あったりする?」

「同じ名前だからってどうかと思うけど……」

「なによ、あんたも気になるから聞きに来たんでしょ!」

「そうだけど……」

 生徒たちの質問やら口論やらを聞きながら、幸多は、なんと答えたものか迷った。

 期待と疑問、好奇と怪訝、様々な感情が入り交じった熱気が、幸多の周囲を取り囲んでいる。

 正しく答えた結果迷惑をかけることになるのだけは避けたかった。

 しかし、誤魔化すのは難しかった。皆代姓は央都でも珍しく、統魔が同い年の弟がいると公言しているという事実もあるからだ。

 統魔ファンならば知っていてもおかしくない情報だったし、だからこそ、同級生たちは話しかけてきたに違いない。

「うん、あるけど。っていうか、その、兄弟だけど」

 幸多が質問に答えると、周囲を取り囲む生徒たちは想像以上に昂奮した。

「ええっ、うっそ、まじ!?」

「本当に本当なの!?」

「統魔様とご兄弟なんですか!?」

 女子も男子も、幸多の話を聞いた生徒たちは、だれもが興奮していた。近づかず、ただ聞き耳を立てていた生徒たちですら、話題に入ってきていた。

 それもそのはずである。

 皆代統魔といえば、いまや泣く子も黙る有名人だ。 昨年、飛び級で星央魔導院を卒業し、特例でもって戦団に入ったということで知られたが、学生時代には既に央都市民に名を知られていたのだ。

 入団後は、ますます知名度を上げた。

 初任務から大活躍を果たしたこともそうだが、一年足らずで輝光級導士にまで昇格したのだ。

 戦団史上最短最速最年少で輝光級導士となった統魔は、戦団の超新星と呼ばれている。

 いまや戦団のみならず、央都の期待の星であり、希望の光なのだ。

 いま町を歩けば、彼の話題に事欠かないだろう。戦団公式販売店では、皆代統魔の関連商品で溢れていて、それらファングッズは飛ぶように売れているという。あらゆるメディアで皆代統真の特集が組まれ、毎日のようにその活躍が報道されている。

 彼の人気は、留まるところを知らないのだ。

 皆代統魔の名を知らない市民はおらず、彼の活躍を願わないひとはひとりとしていないといわれるほどだった。

 中学時代にも経験したことがないほどの反応は、さすがは戦団のお膝元たる葦原市ということもあるだろうし、この一年で統魔の人気が爆発的に増加したということも関係しているに違いない。

(これは……まずったか)

 幸多は、自分の対応に間違いがあったのではないかと、考え込んだ。生徒たちは興奮気味になにかを口走っているが、聞き取れなかった。いや、言葉はわかるのだが、その言葉の意味するところがわからない。ほかの生徒たちが反応しているところを見れば、ある種の人間にはわかる単語のようだ。

 たとえば、生粋の統魔ファンのような。

 幸多が対応に戸惑っていると、背後から物凄い音がした。

 ぎょっ、と、幸多と周囲の生徒たちが後ろの席を見遣れば、米田圭悟が気怠げに天井を仰ぎ見ていた。彼が足を机の上に叩きつけたのだろうということが、その姿勢から見て取れる。

 特殊合成樹脂製の机は、その程度の衝撃では傷ひとつつかない。

「うぜえ」

 彼が一言そういうだけで、幸多の回りで騒いでいた生徒たちが口を閉ざし、そそくさと離れていった。圭悟の不満そうな苛立ちに満ちた様子は、ただ統魔の話をしたいだけの生徒たちを引き離すには十分すぎるだけの力があったようだ。

 圭悟の威圧感は、とても同世代の学生の出せるものではなかった。

 しばしの沈黙のあと、幸多は、恐る恐る圭悟に話しかけた。

「あ、ありがとう?」

「おう、感謝しろよ、末代までな」

 圭悟は、悪戯っぽく笑いかけてきた。苛ついていた様子は微塵もなく、その瞬間、彼が演技をしていたことに気づく。

「そこまでのことかなあ」

 幸多は、圭悟の気遣いを有り難く思いながらもそう言い返す。

「別にいいんだぜ、つぎからは放っておくし」

「いや、これからもよろしく頼むよ」

「はっ、やっぱりいい性格してるよ、おまえ」

「よくいわれる」

「褒めてんだぜ」

「わかってるよ」

 圭悟の軽口に対し、笑って返す。彼となら仲良くなれそうな気がした。

 圭悟は、窓の外を見遣りながら、つぶやくようにいった。

「っかし、あの統魔様のご兄弟とはね」

「自慢の弟だよ」

 幸多は、心の底からそう思っていた。



 皆代統魔は、イワフネ級輸送車両の座席に体を預けていた。

 漆黒の髪に深紅の瞳を持つ少年である。鋭いまなざしは車両内に浮かぶ幻板を射貫くように見つめている。幻板げんばんには雑多な情報が止めどなく流れていて、それらを目で追うことに意味はなかった。

 ただの暇潰しに過ぎない。

 衛星任務を終え、第一衛星拠点から大和やまと市へ向かう道中だった。

 車両内には、皆代小隊の面々、つまり統魔の部下たちが同乗している。統魔を含め男が三名、女が二名。

 このうち一人を除いて、一年以上の実務経験がある。

「まったく、せっかく帰ってきたってのに、いきなり任務に直行とはな」

「本当よね、ちょっとは労ってくれてもいいのにさ」

 六甲枝連ろっこうしれん新野辺香織しのべ かおりが、戦団本部からの命令に愚痴をこぼした。

 六甲枝連は小隊一大きな体を丸めるようにして座席に座っていたし、新野辺香織は二つの座席の支配者のように寝転がっていた。

 そんなふたりだが、その言い分もわからないことではない。衛星任務が終わって早々に次の任務を命じられるということは、そうあることではないのだ。

 それも、衛星拠点からの帰投中に突如として命令されたのだから、たまったものではない。

 とはいえ。

「俺たちが一番近いんだから仕方がないだろ。それに、剣とは合流したばかりだし、ちょうどよかったよ」

 統魔は、車両内でひとり緊張している新入りに目を向けた。

 高御座剣たかみくらつるぎは、緊張のあまり青ざめた顔でこちらを見た。油色の前髪が震えているのは、車両のせいではない。車内には、車体の振動はほとんど伝わってこないからだ。

「はは……お手柔らかに……」

「緊張しすぎじゃないの、たかみー」

「そ、そりゃあ、そうでしょ」

 香織が冗談交じりに突っつけば、剣も多少なりとも緊張が解けてきたようだ。香織は、統魔と剣にとって、学校での先輩に当たる。特に剣は、香織に指導役してもらっていたこともあり、仲が良かった。

「なにも緊張することはありませんよ、高御座くん。すべて隊長に任せてしまえばいんですから」

 と、冷静に言い切ったのは、上庄字かみしょうあざなだ。暗紅色の髪が幻板の光を反射してきらめいている。

 彼女も、統魔と剣の学校時代の先輩であり、剣にとっても香織のつぎに仲の良い相手であるはずだった。だから、多少なりとも安心できるだろうと統魔は考えていた。

 剣は、この四月の頭に戦団に入り、さっそく統魔率いる皆代小隊の一員となった。

 そしてついさっき、第一衛星拠点で合流したのだ。

 合流直後に衛星任務が終了したことで、剣は拍子抜けしたような、安堵したような表情を浮かべていたものだ。

「そうそう、うちの小隊は、隊長に全部丸投げでここまで来ているんだから、なんの心配も要らないのよ」

「うむ」

「そうなの? 統魔くん」

「んなわけねえだろ」

 統魔は、苦笑とともに隊員たちの軽口を否定する。

 皆代小隊が統魔ひとりで持っているわけではないことは、統魔が一番よくわかっている。統魔は、自分の才能と実力を理解しているが、だからといって、隊員の存在を否定しなかった。

 どれだけ力が在ろうとも、ひとりではできることに限りが有る。

 だからこその小隊であり、そのための人材を集めたのが、皆代小隊なのだ。

「それにしても……最近は本当に多いな」

 統魔は、携帯端末を触りながらぼやいた。携帯端末の空間投影機能によって目の前に浮かび上がっている幻板には、ここのところの幻魔災害の頻度が数字となって現れている。

「はい。多すぎます」

 字が、深刻に同意を示す。

 車両内のだれもがその意見を否定する気にならなかっただろう。

 実際、幻魔災害の発生頻度は、度を超しているといっても過言ではなかった。

 だからこそ、皆代小隊は、休む間もなくつぎの戦場に辿り着こうとしている。

 場所は、大和市郊外である。

 第一衛星拠点から西へ直線的に進んだ場所であり、開けた土地だった。

 大和市八咫町の西端に位置し、本来ならば戦団の大和基地か、付近の駐屯所から小隊が派遣されるはずだ。

 しかし、周囲に被害が出るよりも早く皆代小隊が到着する算段がついたからなのか、戦団本部は、皆代小隊に現地に急行し、幻魔災害を鎮圧するように命令してきた。

 統魔たちにしてみればたまったものではないが、文句を言える立場でもない。

 命令に従い、幻魔を殲滅するだけのことだ。

 イワフネ級輸送車両が停車したのは、統魔たちの会話が一段落したころだった。

 剣の緊張も香織たちのおかげでほどよく解きほぐされており、統魔も胸を撫で下ろした。

 緊張しないというのもよくないが、緊張のしすぎもよくない。強張った神経は、本来の能力を発揮することを許さないからだ。そのせいで命を落とすことだって十分に考えられる。

 統魔たちは、速やかにイワフネ級輸送車両から降車した。

 極めて広々とした地形であり、遮蔽物が一切見当たらなかった。

 頭上には、雲ひとつ見当たらない蒼穹が広がっていて、太陽の光が燦々と降り注いできている。風は穏やかで、とても戦場とは思えないほどだ。

「幻魔災害を肉眼で確認……っと」

 香織が告げる。

 二百メートルほど前方に幻魔たちがいた。一体や二体どころではない。獣級下位ガルムが五体、霊級上位サラマンダーが三十体という大所帯だった。

 幸い、周囲には人家もなく、幻魔たちが動き出す様子も見えなかった。戦団が小隊を派遣せず、幻魔を進路上に捉えていた皆代小隊に任せるのもわからないではない。

「転身」

 全員が一斉にその言葉を唱えると、全身がまばゆい光に包まれた。光が消えたときには、彼らが身につけていたはずの衣服が漆黒の導衣に変化している。

 導衣は、戦団技術局が開発した戦闘装備であり、戦団の導士が戦場に赴く際に身につける防具だ。

 体にぴったりと密着した内衣と、その上に羽織る外衣からなるそれは、一見すると、魔法使いの長衣を想起させる。

 そして、五人の手にはそれぞれ異なる形状の杖が握られていた。それらの杖も転身機が発した光の中から出現したものだ。

 統魔は、隊員たちに向かって告げた。

「新生皆代小隊の初任務だ、気張っていくぞ」

「新生ってぼくが増えただけなんだけど」

「いいじゃない、新生って感じで」

「どこが」

「嬉しいのよ、隊長。やっと高御座くんを迎えることができたから」

「そうなの?」

「約束だったからな」

 統魔は、剣に笑いかけた。

 そのときには、幻魔の射程に踏み込んでいる。燃え盛る炎の狼たちが一斉に吼え、その咆哮に共鳴するかのように火蜥蜴たちが燃え上がった。

 霊級幻魔サラマンダーは、ガルムよりも小型であり、能力も低い。脅威には値しない。

 幻魔には、等級がある。

 魔法時代黄金期以来今日に至るまで、種々様々な幻魔が発見され、調査されてきた。幻魔は、多様な姿形をした怪物たちである。それら怪物たちを調査するうちに判明した事実によって、等級が定められたのだ。

 霊級、獣級、妖級、鬼級、竜級である。

 霊級はもっとも低い等級であり、実際問題、幻魔の中では最弱といってもいい。なにせ、実体を持っていないのだ。肉体を持たない、まさに霊体そのもののような怪物、それが霊級幻魔なのだ。

 そんな霊級幻魔の中でも、サラマンダーは上位に位置している。

 存在するだけで周囲の大気中の魔素を燃焼させるという厄介な能力は、最弱の幻魔とはいえ、油断すれば命を落とす危険性を持っているのは、いうまでもない。

「はっや」

「遅れない!」

 驚嘆する剣に叱咤を飛ばす香織。

 統魔が一体のガルムを眼前に捉えたとき、視界が真っ赤に染まった。ガルムの炎の息ファイアブレスだ。しかし、統魔は熱気すら感じなかった。目の前に流水の壁が聳え立っている。

 字得意の水属性魔法が幻魔の炎を遮断したのだ。

 統魔は、当然、それを見越して突っ込んでいるし、字もそんな統魔の戦い方を熟知しているからこそ、補助に徹することができる。

 まさに阿吽の呼吸といってもいい。

 統魔は、その直後には、右手を振り上げている。魔法を発動する。

烈光刃シャインエッジ(!」

 統魔の右手の中に光が収斂し、刃を成す。振り下ろした瞬間、抜群の手応えとともに幻魔の怒号が響いた。ガルムの断末魔が残響のように耳に触れる。が、そんなものに囚われている統魔ではない。

 水の壁も渦巻く熱気も立ち消えれば、周囲に二体のガルムが残っている。

 統魔は、右のガルムに向かって飛びかかりながら、左のガルムには左手を掲げていた。

輝槍撃ブライトジャベリン

 統魔の左手から放たれた一筋の光が、ガルムの頭蓋を貫き、その巨躯を吹き飛ばす。一方、統魔自身は、眼前に捉えたガルムに対し、光の刃を振り下ろしていた。ガルムは吼え猛り、炎の渦を巻き起こしたが、光の刃は膨れ上がる炎もろともに幻魔を切り裂いていく。

 統魔がガルムを倒している間にも、新野辺香織は、柿色の髪を振り乱しながらサラマンダーを薙ぎ払っていた。雷光の鞭が複数の火蜥蜴を纏めて引き裂いていく。

 六甲枝連は、灰桜色の髪を揺らしつつ、ガルムを一体、殴りつけていた。彼は全身に炎を纏うことによって、ガルムの炎を無力化している。

 高御座剣はといえば、嵐を巻き起こしていた。文字通りの意味である。渦巻く魔力の嵐が十数体のサラマンダーを飲み込み、切り刻み、空高く打ち上げていたのだ。

 逆巻く嵐が、彼の油色の髪を激しく揺らしていた。

 そんな隊員たちの暴れ回る様を確認しながら補助に徹しているのが、上庄字である。

 彼女は、皆代小隊における癒やしの杖なのだ。治療に補助にとやることは多い。場合によって、攻撃に参加することもあるが、基本的には隊長と隊員の補助を行う。

 激しい風に揺さぶられる暗紅色の髪を撫でつけながら、字は、統魔たちをなんの心配もなく見守っていた。

 圧勝だった。

 獣級下位五体と霊級上位三十体では、不安すら過らないし、実際、その通りの結果に終わった。

 幻魔たちは全滅し、皆代小隊は軽傷すら負わなかった。

 そして、晴れた空の下、流れる風が戦場の熱気をゆっくりと奪い去っていった。



 暗澹たる闇が、横たわっている。

 どこまでも深く、沈み込んでいくような闇の中では、呼吸をすることすらままならないのではないか、そのような錯覚さえ覚えるほどの暗黒。

 とはいえ、光がないわけではない。

 広いのか、狭いのか、まったくよくわからない闇の空間に七つの仮面が浮かんでいる。それらの仮面がわずかに発光していて、辛うじて空間的な広がりを感じることができるのだ。

 それぞれ異なる動物を模した仮面なのだが、それらは厳めしく、おどろおどろしい装飾が施されていて、元となった動物を想起できなかった。

 仮面たちの会議は、二時間以上に渡って続いていた。

 現在の議題は、多発する幻魔災害についてだった。

 幻魔災害の発生頻度が増加傾向にあるという事実は、央都市民の平穏な日常を脅かしており、市民からの不安の声が日増しに高まっていた。

 戦団に対策を望む声が肥大している。

 そして、このセフィラの安全性に対し、疑問を持つ声も上がっているというのだ。

「それも致し方のないこと。セフィラは外からの侵入を阻みこそすれ、内部における幻魔の発生を抑制する力はないのですから」

 麒麟を模した仮面が、穏やかに告げれば、馬の仮面が同意した。

「わかりきったことですな」

「まったく、その通りだ。なにもかもがわかりきったことだったのさ。ただ、それにしたって早すぎる」

 龍の仮面が嘆息を漏らせば、仮面たちが一斉にそちらに向いた。

 仮面以外存在しない異空間において、視線を判断する方法は、仮面の傾き以外にはない。

「たかだか百万人だぞ、央都の人口は」

「五十年で百万人まで増えたのだ。それは喜ぶべきだな」

 栗鼠の仮面がいった。

「それはわかっている。だからこそ、守らねばならんのだ」

「そのためにはどうするべきでしょう」

「皆代統魔のような若く才能に満ちた導士で溢れてくれるのであれば、多少なりとも好転しようものだが」

「無理だな」

 栗鼠仮面が馬仮面の言葉を即座に否定する。

「彼は第三世代の中でも頭抜けた才能の持ち主だ。だれもが彼のような才能を生まれ持ち、その上で極限まで磨き上げる努力を怠らないような、そんな夢みたいな話があるはずもない」

「だれだって怠惰に生きたいものな」

「そういうわけでもないが……少なくとも、皆代統魔のような生き方をしたいと思える人間はそうはいまい」

 栗鼠仮面の発言に対し、異論も反論もなかった。仮面たちは、皆代統魔のひととなりをそれなりに詳しく知っていたし、彼がどれほどの努力をしているのかも知らないわけがなかった。

 でなければ、一年足らずという短期間で輝光級導士に昇進できるはずもない。

「……才能に関しては、今年も新しく入団した導士が数多といますが」

「そうとも。当然、彼らにも期待している。が、新人のひとりでも統魔級の導士がいれば奇跡というべきだろうな」

「それも否定はしませんよ」

 鷺の仮面が苦笑とともに認めた。そして、話を展開する。

「……つぎは対抗戦ですか」

「そうなる」

 龍仮面が深々と頷く。

「対抗戦について、ひとつ、提案したいことがあるのだが」

 そういったのは、栗鼠仮面だった。

「戦力を、人材を探すために」



「対抗戦だって!?」

 突如として素っ頓狂な声を上げたのは、圭悟だった。彼は真っ赤な髪を振り乱して大きくのけぞっており、幸多は憮然とするほかなかった。

 窓から入り込んでくる風が頬を撫でる。

 教室内には、幸多と圭悟以外に数名の生徒しか残っていない。

 入学式が終わり、最初の授業という名目の自己紹介大会も終わったのだ。

 一年二組の担任教師小沢星奈おざわせいなは、生徒たちにさっさと帰るようにいい、自身もそそくさと教室を出て行った。もっとも、教師は、教職員室に向かっていったのだろうし、いまから仕事なのだろうが。

 生徒たちの大半は、帰った。

 幸多が残っているのは、圭悟と話し込んでいたからだ。

「なんでまた……」

「対抗戦に優勝すれば、戦団に入れるからだよ」

 呆然とした様子の圭悟に対し、幸多は、当たり前の道理を説くように告げた。

「ほかに方法がないだろ、ぼくみたいな人間が戦団に入る方法」

「いや、あるだろ」

「それは戦闘部以外の部署の話」

「へっ!?」

 またしても、圭悟が素っ頓狂な声を上げる。今度は驚きすぎたのか、椅子ごと後ろに転倒してしまったのだった。

 幸多は、圭悟のそんな驚きぶりが大袈裟ではないことも理解していたし、悪気のない素直な反応だということもわかっていた。だから、彼が机に手をかけて起き上がるのを待った。

 圭悟は、机の上に顔を上げてくると、開口一番にこういった。

「まじかよ」

「まじだよ」

 幸多は、一切笑わなかったし、だからこそその真剣さが圭悟に伝わったようだった。

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