第40話 王女リディカの勇者観察日記①
~リディカ姫視点~
私が5歳になった誕生日のこと。
お母様は私に、一冊の日記帳をプレゼントしてくれた。
何を書けばいいのか分からなかった私に、お母様は「楽しかったこと、嬉しかったことを書けばいいのよ」と
だけどお母様がその年に亡くなってから、私の日記帳は白紙のままだった。
王城での日々は、その日記帳と同じで……まっさらで何も書かれていない、無味乾燥な日々だった。お姉様たちばかり社交界でもてはやされ、低位貴族の母から生まれた私は馬鹿にされる。
姫とは名ばかりで、誰からも放置された私は王城に棲みつく亡霊のように過ごしていた。
「このまま、何者にもなれないまま死んじゃうのかな……」
勉強や魔法を頑張ってみても、誰も見てくれない。毎日が同じことの繰り返しで、退屈な日々を過ごすだけ。
そんな私にとって唯一の希望は、幼い頃に命を救ってくれた魔王ウィルクス様だった。
自分の国と戦争をしている相手に憧れているって言ったら、きっと怒られるだけじゃ済まされないけれど。それでもあの人みたいに、誰かを助けられる存在になりたいって思った。
……でも、あの人は勇者に殺された。
目の前が真っ暗になった。
当代の勇者は味方ですら恐れるほどの怪物だって聞いていたから、いつかそんな日が訪れてしまうかもしれない。そう覚悟はしていたけれど――魔王討伐の報告で皆が嬉し涙を流す中、私は人知れずに別の涙をこぼした。
自分が頑張ったことを見せたい人も、私の名を呼んでくれる人も――もう居ない。
魔王様、私ね……もう一度、あなたに逢いたかった。
「……そちらのリディカ様と、結婚させてもらえないでしょうか」
「えっ?」
突然の言葉に、私は耳を疑った。
でも私の名を呼んだのは間違いなく、魔王様を殺した勇者だった。
「……どうして、私を妻に選んだのですか」
勇者と姫の結婚は、おとぎ話では良くある話だ。邪竜や魔王討伐の褒美に与えられる、みたいな。
私たち姫のことを、トロフィーか何かと勘違いしているのかと怒りたくなる――のはさておき。この人が、どうして私を選んだのかが知りたかった。
お姉様を始め、私よりも美しいご令嬢はたくさんいるはずなのだ。誰だって、石ころよりも金ぴかのトロフィーの方が嬉しいに決まっている。
「なんでそんなこと気にしてんの?」
私の家柄が悪いことをまるで気にした様子のない勇者は、あっけらかんとそう言った。
「そんなん関係ないだろ、俺はあんたが良いって思ったんだし」
出会ったばかりの私に、彼は脂肪でたるんだ顔を震わせながら笑いかけてきた。
しかも「リディカ姫だって美人じゃん。ミレーユ姫とはまた違ったタイプの」なんて褒め殺しまでしてくる。
……正直、悪い気分はしなかった。
でも油断なんて、するものですか。私の大事な人を殺めたことは、何があっても絶対に許さない。
それに巷での勇者の評判は、最低最悪。魔物に襲われた子供を見捨ててその場を立ち去ったとか、味方ごと魔法で魔物を焼き尽くしたとか。
目の前の男性は、そんな人でなしなのだ。気を許せば私なんて、すぐボロボロにされて魔物のエサにされてしまう。
だけど……。
これはもしかしたら、神様が私に与えてくれた復讐のチャンスかもしれないわ。勇者の近くにいれば、ひ弱な私でも彼を仕留める隙が生まれるかも。
外道な存在をこの世から排除することを、この世では正義と呼ぶ。そうよ、勇者が魔王様に対してやったことと同じじゃない。
「……なんだか、以前に聞いていた貴方の印象とはだいぶ違いますね」
まずは勇者の
天国で見ていてくださいね、魔王ウィルクス様。
必ずや私が、貴方の仇を取ってみせますから。
そう、思っていたはずなのに――。
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