第41話 王女リディカの勇者観察日記②


 辺境での日々は、予想外の連続だった。


 まず、勇者の人柄が思っていたものと違った。

 噂とはまるで違って……彼は心優しい人物だった。

 行き場を失っていた獣人の子たちを助け、村での暮らしに溶け込めるよう心を砕く。



 それだけじゃない。

 勇者は私に隠れて、魔物の被害に苦しむ辺境の村々を“救済”していた。

 魔物に襲われている村や街に単身で乗り込み、解放する。同時にそこで住む人々に牽制も行っているらしい。


 プルア村は、オーガのように強い勇者が守護している。復興の邪魔をしようと悪い気を起こしたら、魔物のように完膚なきまで叩き潰される――と。



 今では魔族領にまで、勇者活動の手を伸ばしている。畑を荒らしに来ていた魔物を出張退治してくれたと、ナバーナ村の子どもたちが教えてくれた。


 そのおかげで、この辺境における魔物の被害がかなり減ったみたい。

 でも私が一番驚いたのは、勇者が“人助け”に見返りを求めないことね。魔物の討伐や村を救っている報酬として、誰にも“お金”を要求することはなかった。


 それどころか、街の復興のために魔物の素材を売ったお金を寄付してしまう。助けられた人たちも、それで恐縮してしまって……。


 彼は「困っている人を放っておけないだけだ」と言うけれど……。

 あの悪逆非道で肥え太った豚勇者が、今はそんな善行をしているなんて誰が思うだろう? いっそ誰か別の人と中身が入れ替わった、という方がしっくりくるかもしれない。


 私は彼のことを知ればするほど、どんどん分からなくなっていく。ただ、悪い人ではないことは分かった。


 本当に、良い人なのだと思う。

 ……魔王様を殺めたことは、今でも殺したいほど憎くてたまらないけれど。でもそんな勇者が、私と一緒に居ると楽しいって言ってくれた。


「俺はリディカ姫が笑ってくれるなら、それだけで嬉しいよ」


 そんな恥ずかしい台詞を平気で言えるのは……ちょっと、どうかと思うけど。



 私も……彼を見ていると、この辺境での生活が楽しいと思えるようになってきた。


 まだこの辺境に来て、まだひと月も経たないけれど。畑仕事や牛の世話もやりがいがあるし、みんな同じテーブルで一緒にとる食事も賑やかで好き。



 そんな日々を支えてくれるのは、やっぱり勇者の存在が大きいと思う。

 今までずっと、誰にも認めてもらえなかった私の頑張りを……彼は認めてくれた。家族でさえ無視する私を、勇者だけは真っすぐに見てくれた。


 だから私も、もっと頑張ろうって思えるようになったんだ。私自身が、ありのままの自分を受け入れられるようになった。


 結局のところ、私は拗ねてばかりの子供だったんだ。悲劇のヒロインぶって、誰かが助けに来てくれることをずっと待っていた。


 笑っちゃうわよね。

 それでいて、魔王様みたいなヒーローになりたいなんて思っていたんだから。



「日記、書いてみようかな」


 灰色だった日々は終わりを告げ、私の人生に色が付き始めた。お母様が言っていた“楽しいこと”も、今なら書ける気がする。


 だったら最初に書くのはやっぱり、ちょっとおデブなあの人だ――。


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