第6話 魔王様、疑われています


 不審者の正体は魔物ではなく、獣人の子供たちだった。


 その数は三人。犬猫鳥とそれぞれ異なる特徴を持っている。

 違う種族同士だが、全員がただの布としか思えない粗末なボロキレをまとっていた。こちらにはまだ気付いていないようで、仲良く身を寄せ合って寝ていた。



「ストラゼス様、この子たちは……」


 いつの間にか背後に来ていたリディカ姫が小声で囁いた。


「おそらく、魔物から逃げる際に置いていかれたんだろう。獣人は都市部じゃみ嫌われているからな」


 人族と魔族は互いに戦争をしちゃいるが、何も全員がそういうわけじゃない。

 特にここは国と国の境目という土地柄もあって、種族を越えて結ばれることが多い。そうして生まれるのが獣人だ。


 だがそれぞれの国の都市部に近付くにつれ、差別されてしまうケースが増える。魔族はともかく、人族は『魔族は悪』と決めつけて戦争を起こしたって理由もあるしな。



「ストラゼス様……」


 そんな子供達を前に、リディカ姫は心苦しそうに俺の名を呼んだ。きっと彼女は、彼らの境遇に同情しているんだろうが――。


「取り合えず、起こして事情を聞いてみよう」


 今俺たちが最優先でしなければならないこと。それは食糧の確保と安全な寝床の確保だからだ。悪いがこの子たちに協力してもらおう。



「おぅ、お前ら。大丈夫か?」


 リディカ姫にテーブルの下で待機してもらいつつ、俺は子供たちに声をかけた。


「……何者ニャ!?」

「うわっ! あぶねぇ!」


 すると突然、猫の獣人が俺に飛び掛かってきた。突然の事に驚いたものの、反射的に避けて身構えた。


 床に落ちた子供はすぐさま起き上がり、またこちらに襲いかかってきた。

 だがその動きは素人目に見ても遅いし、キレもないように見える。そんな子供が繰り出す攻撃をかわすのは容易たやすい。



「落ち着け、俺たちは決して怪しいものじゃない」

「ウソニャ! 人間族は信用できないニャー!」


 猫の少女にまた飛び掛かられるが、それを腕で受け止める。少女は俺の手をガブガブと嚙み付いてくるが、痛くもかゆくもない。


「大丈夫、大丈夫だから……な?」


 そんな少女の体を抱きかかえたその時である。彼女の口から『ガリッ』という鈍い音がしたかと思うと――小さな牙が俺の指の皮膚を食い破った。


 いや本当にちょっと痛かったけど、これくらいなら!



「ほら、危害を加えるつもりは無いから離してくれ」


 そんな俺たちを見て、後方にいた犬耳の少女と鳥少女が、おそるおそる近付いてきた。そして二人はそれぞれ猫少女の体を抱きかかえると、俺を睨みつけてきた。


「……おじさんは敵なのです!?」

「悪い人なのー?」


 どうやらかなり警戒されているみたいだが……まぁそれも仕方がないか。

 だが子供たちは、空腹で元気がないようだ。もう暴れたり威嚇したりするような気力はないらしい。



「違うぞー。俺は勇者ストラゼス。悪者を倒す、正義の味方だ」

「勇者……正義の味方……」


 子供たちが互いに顔を見合わせ、小さな声で何かを話し合っている。そして彼女らの口から出てきたのは、予想通りの反応だった。


「嘘だニャー! そんなぶくぶく太った勇者がいるわけないニャ!」

「まだ魔王って言われた方が納得できるです!」

「善人面してるゲスの顔してるー!」


 うぐ……まぁ中身は魔王なんだけどさ。

 あと顔とデブ体型は勇者のせいだ、俺は悪くない。



「……でもフシに嚙まれても怒らなかったです! 本当に悪者じゃないのですか?」


 フシというのは猫娘のことか?

 取り敢えず、犬耳の少女の言葉に俺は大きく頷く。


「あと、そっちに居るのがこの国の姫さんだ。ほら、勇者と姫。おとぎ話みたいだけど本物だぞ?」


 後ろでコッソリと様子を窺っていたリディカ姫を親指でクイッと差しながら、子供たちに紹介した。


 すると子供たちは、いきなり黄色い歓声を上げ始めた。


「本物ニャー! 本物のお姫様ニャ!」

「疑ってごめんなさいです!」

「可愛いひとー!」


 そんな二人の様子にリディカ姫が苦笑すると、ようやく子供達も警戒をいてくれたらしい。


 おい、なんでアッサリ認めるんだよ。俺のときには全く信じなかったのに。


 ……ま、いいか。


「それよりお前たち。これから一緒にメシを食わないか?」


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