第4話 魔王様、噂されています
~いっぽうその頃、魔王城では~
「では魔王軍四天王による会議を始める」
無機質な石造りの部屋に、男性の重低音ボイスが響く。
声の主は、火の四天王であるクリムだ。
真っ赤に燃え盛る炎のような髪を逆立て、辺りを見渡す眼差しは鋭い。2メートルを超える筋骨隆々の巨体も、その威圧感を増す要因となっている。
とはいえ本来の彼は、非常に落ち着いた性格の紳士だ。
冷静な判断力の持ち主ということもあり、四天王のまとめ役を任されることも多い。
だが今に限っては、彼の表情は非常に
「待って、クリム。まだ風のブロウが来ていないわ」
「む、アイツはまた遅刻か?」
「あの子、しょっちゅう遅れるのよねぇ」
続いて口を開いたのは、水の四天王であるアクアだった。
水色の長い髪を床まで垂らし、気怠そうにテーブルへ
「ぼ、僕ならここに居るんだが……」
そんなアクアの言葉に、風の四天王ブロウがオドオドと答えた。
眼鏡の奥にある顔は病的なまでに白く、唇も真っ青。オマケに痩せていることもあって、完全に病人にしか見えない。
「ああ、ブロウ居たのね」
「なんなら一番最初に来ていたんだけど……」
「さ、クリム。会議を始めましょうか」
「うむ、そうだな」
「ちょ、ちょっと二人とも!?」
ブロウの「僕への扱い、雑すぎない?」という言葉を無視して、クリムは会議をスタートさせた。
ちなみに四天王最後の一人は、テーブルの端で湯気の上がった牛丼を夢中で食べている。――が、他の三人はその彼に触れもしない。これが四天王にとっての通常運転らしい。
「本日の議題は……まぁ皆もすでに予想はついていると思う」
彼は魔術で炎を生み出し、空に浮かべた。それらがミミズのように動き、やがて文字となる。
『今後の魔族領について』
宙に浮かんだのは、そんな文字だった。
「魔王ウィルクス様が勇者様と相打ちになられてから、はや数日。魔族領内の様子はどうだ?」
「軍の再整備は完了したわ」
「ど、どうにか民の混乱も終息にむ、向かってきたよ」
「はふっ、はふはふ! はーっふ!」
魔王の死亡という一大事に、残された四天王は多忙を極めていた。
今までは魔王が居なくても、魔族同士の
しかし今回ばかりはそうもいかない。魔族が人族に敗北したことで、国中が大混乱に陥ったからだ。
そのためクリムたち四天王が魔王代行として、鎮圧に奔走する日々が続いていた。
「そうか。だがまだ問題は残っているだろう」
「ええ、そうね」
「こほっ……ふうっ……そうだね」
軍も民も一応の解決が見えた。
残る悩みのタネとなっているのが――。
「怒り狂ったシャルン様をどう鎮めるかだな」
彼らは互いに顔を見合わせたあと、一斉にため息を吐いた。
ウィルクスの一代前の魔王。
病気で十年ほど前に亡くなった彼には、ひとりの娘がいた。
彼女の名はシャルン。
そして現魔王の名でもある。
「でも、シャルン様の気持ちも分かるわぁ」
アクアがほうっと息を吐いてからそう呟いた。
「彼女、ウィル様のことが大好きだったもの」
先々代の魔王が亡くなった時、シャルンに残された家族はウィルクスだけとなった。直接的な血のつながりは無くとも、彼女はウィル兄と言って彼を
シャルンが内心でどんな感情を持っていたかは、当人にしか分からないことだが……少なくとも、恋愛感情に近い想いがあったのは間違いない。
そんな人物を敵の人族に奪われ、自身は魔族の王という責任ある立場になったのだ。今、どんな心境か想像に
同じ女性であるアクアにも、共感できる部分があったのか、優しい眼差しで宙を見つめている。
「ぼ、僕だって人間族に復讐したい。でも、あの人はそんなこと、望んじゃいない」
ブロウが眼鏡の位置を直しながら、震える声でそう言った。
「そうだな。あの人は魔王でありながら、常に平和のことを考えていらっしゃった」
「あれほどまでに優しい魔王は、過去の歴史を見ても居ないわよねぇ」
「ぼ、僕はそんな陛下だから
三人とも敬愛する魔王ウィルクスの思い出話に花を咲かせる。
性格も戦闘スタイルも異なる彼ら四天王をはじめ、クセの強い魔族軍をたった一人でまとめ上げてきたのだ。
そして最後は自ら勇者と戦い、散っていった。すべては魔族のため、この国のため。彼を魔王として認めない者は、魔族領に誰ひとりとしていなかった。
「さて、いつまでも昔話に花を咲かせている場合ではないぞ」
クリムの言葉に、他の二人の表情が引き締まる。
そう、問題は現状なのである。
「我らはウィルクス様のご遺志を継ぐ者。であれば命を賭してでも、シャルン様の復讐を止めねばなるまい」
クリムの言葉に、他の二人が頷く。
こうして四天王による会議は、さらに白熱していくのであった。
そのウィルクスが勇者の体を借り、別の方法で世に平和をもたらそうとしているとは知らずに――。
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