第2話 勇者様、セルフ追放です

「い、今なんと?」

「申し訳ございません、陛下。自分には分不相応です」


 嫌に決まってるだろ、こんなの!


 騎士や兵士は軍人。王の命令は絶対だ。


 だが勇者は違う。国から給料を貰っている訳でもなければ、誰かに忠誠を誓うわけでもない。


 そんな自己中心的な人間が騎士団なんかに入ってみろ。内部分裂してメチャクチャになるのが目に見えているっての。



 そもそも俺は元・魔王。

 魔族にやいばを向けるのは絶対に嫌だ。


 言えない部分は隠しつつ、俺は断った理由を丁寧に説明した。すると王は金色の髪を掻きむしりながら、むぅ~とうなり始めた。



「それに王子のいないこの国では、姫が次代の王になるのでしょう? そのようなお方と結婚するなど、自分には荷が重すぎます」

「そ、それもそうだが。だがしかし……」


 ……よし、ちょっと納得しかけているな。このまま丸め込むぞ。



「勇者の血筋を王家に入れておきたい、という陛下の考えも分かります」

「そ、それならば……!」

「ですので……そちらのリディカ様と、結婚させてもらえないでしょうか」

「――えっ」


 壁際で気配を消していた、ミレーユ姫の妹。第三王女のリディカ姫は、突然の提案に驚いた声を上げた。



「そして騎士団の指南役ではなく、我が故郷であるプルア領を治める権利をいただきたい」

「……魔族領との国境にある、あの寂れた土地をか?」

「はい。そこに勇者が住めば、魔族に対する牽制となります」

「うぅむ、なるほど。たしかに理に適っておる……」


 王は腕を組んで、しばし考え込んだ。


「勇者の頼みとあれば、断るわけにもいくまいな……よかろう。我が娘リディカをお主に預けよう」


 よっしゃ! これで面倒な役職から逃れられるぜ!


 そんな俺の内心を知るよしもない国王は、言葉を続けた。



「そして勇者ストラゼスよ。プルア領を与え、今からそなたを我が王国の貴族として認めることにする」

「ありがたき幸せ。この身果てるまで、王国のために尽しましょう」


 俺は再び頭を下げて恭順の礼をした。



「しかし、儂からも一つだけ頼みがある!」


 えぇ~?

 もうさっさと終わらせたいんだけどなぁ……などと思いつつも、一応話を聞くことにした。




 王様との謁見を終えた俺は、案内された応接間のソファーでくつろいでいた。


 豪華な内装のだだっ広い部屋を、俺がほぼ一人で占拠している。そしてテーブルの上には、色とりどりのフルーツ。

 これから貴族たちが俺に挨拶しに来るらしいのだが、正直もう帰りたい。



「はぁ、結局は首輪を掛けられたかぁ」


 王様が俺にくだした、お願いという名の命令。それは『月に一度、王城へ来い』というものだった。


 国境のプルア村からここ王都までは、相当な距離がある。たぶん馬でも三日くらい掛かるかな。


 王は何だかんだ理由を付けて、勇者をこの国に縛り付けたいんだろう。


 勇者という看板の魅力はデカいが、王家よりも権威が上になっちゃ困る。定期的に呼びつけて、自身が上だと周囲に示すのが目的だ。



「面倒だけど、それぐらいならまぁ。なんとかなるか」


 元魔王の俺なら、転移魔法が使えるし。取り敢えずこっちの要望は通ったから、今回はそれで満足しておこう。


 テーブルにあったブドウみたいな果実を一粒摘まんで、口の中へ放り込む。


 うん、美味い。良く熟していて香りも良い。酸っぱい果物しかない魔族領とは大違いだ。



「食べるか? これめっちゃ甘いぞ?」

「…………」


 対面に座る人物にも勧めてみるが、無言で首を横に振られてしまった。


 その人物とは、先ほど俺が王様から預かったリディカ姫だ。


 姉とは違い、大人しめな印象。腰まで伸びたサラサラの銀髪に、透き通るような青い瞳。服は青いレースのドレスを着ている。


 ミレーユ姫が美人系なら、彼女は可愛い系の姫ってところか。性格や雰囲気はともかく、髪色や輪郭が違うのは何かしら理由があるんだろう。


 なんだか面倒事の匂いがプンプンするし、そこにはあえて触れないけど。



「なぁ、リディカ姫は好きな食べ物ってあるか?」

「………」

「こう見えても俺は料理が得意なんだ。領地に着いたら手料理を振舞うぜ?」

「…………」

「な、なぁ……」

「………………」


 はぁ、判断を早まったかなぁ。

 いつまでも無言でいられると、さすがの俺も気まずい。


 どうしたものかと頭をボリボリと掻いていると、リディカ姫がようやく口を開いた。


「……すか」

「え?」

「……どうして、私を妻に選んだのですか」

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