人物の魅力を引き出す
「インタヴューっていうのは、そんなつまらないものじゃないと思うよ。聞く耳を持たないなんてやつは論外だけど、仮にあなたの話を熱心に聞こうとしているアナウンサーや記者がいたとしても、決まりきったことを訊いて、決まりきったことを答えさせるなんていうのは、インタヴューでもヘチマでもない。本当のインタヴュー、本物のインタヴュアーというのは……なんて、偉そうに聞こえるかもしれないけど、とにかく、インタヴューというのは相手の知っていることをしゃべらせることじゃない、とぼくは思っているんだ。だって、そんなことは、誰だってできるじゃないですか。ましてや、それ以前に、たとえばあなたのように何度もインタヴューを受けたことのある人を相手にするんだったら、それでは意味がない。すぐれたインタヴュアーは、相手さえ知らなかったことをしゃべってもらうんですよ」
(沢木耕太郎『流星ひとつ』新潮文庫より引用)
沢木耕太郎の『流星ひとつ』は、藤圭子(宇多田ヒカルのお母さんですね)が芸能界を引退する寸前におこなわれたインタヴュー(←作中表記)を元に書かれたものです。
ノンフィンクションの新しい形として「会話」だけで描き切る、若かりし沢木耕太郎の野心的試み、そして絶大な人気を誇った歌手の内面を描いた傑作でもあります。
先に引用したのは、冒頭、藤圭子が「インタヴューなんて馬鹿ばかしいだけ」「この人には、自分のことが、もしかしたらわかってもらえるかもしれない、なんて思って真剣にしゃべろうとすると、もう記事のタイトルも決まっていて、ただあと会ったってことだけが必要だったりするんだよね。あたしがどんなことをしゃべっても関係ないんだ、その人には」(同じく引用)と、すっかりメディアの前で話すことに期待していない、絶望しているに近い発言のあとに、沢木が語ります。
作品を読んでいただければわかりますが、彼女の幼かった頃の貧しい生活、デビューの苦労、ヒットしてからのこと、結婚と離婚、家族のこと、引退してからのこと、「壮絶な人生」が語られていく。会話で進むからといって、喋ったままのことを活字にしたわけではないでしょう。沢木耕太郎の編集能力の凄みも感じさせられる(だってこれ、飲みながら話してるんですよ!?)一冊です。
会話体だからすらすら読める、というのもありますが、とにかくこの作品の藤圭子が、魅力的。これは、相手役であり、作者である沢木さんの腕です。
ところで「相手さえ知らなかったことをしゃべってもらう」なんてことがあるのでしょうか。うまい相手の誘導や出来事で、忘れていたことを不意に口にすること、自分が言語化してこなかったことがふと溢れる、なんてことは誰もが経験することかもしれません。
小説を書いているとき、主人公が勝手に動き出す、という経験をすることがあります。それ似ているような気がします。
プロットやちょっとした流れを作り書いていく。創作の「地図」のようなものですね。しかし、傍にそれたりはみだしたりしだす。
そんなとき、むりやり「地図」のルートに押し込むべきか? 先を急ぎたいのはやまやまですが、一度考えてみる必要があるのではないでしょうか。
人物は、あなたが作ったものですが、あなたの思い通りになるものではないのです。もし、このまま主人公の暴走に付き合ったら、目的地に辿り着けないかもしれない。だったら、目的地を変えたっていい。あるいは、「地図」自体を変えればいい。
あなたの最初作った地図は、書いている途中で発見したルートより、確実につまらないものです。これは断言できます。
「ああ、考え直すの面倒くさいな」なんて思ったとしたら、それはもう小説を無理して書かないでもいいでしょう。面白いものを書きたいのであって、過去の自分が決めたことを貫く(しかもくだらないこだわりで)ために書いているのではありませんから。
魅力的なキャラクターを魅力的に見せていないのなら、それは書き手の責任でしょう。
キャラクターを追い詰める、苦難を与えるということを以前から言っていますが、甘やかさないというのは、作者自身を甘やかさないことでもあります。
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