最強の武器

 シェイドは順調に薬草を集めていた。普通の人間からすると代り映えのしない草なのだが、シェイドの目には全く違うものに見えていた。

「貴重な薬草がこんなに生えているなんて、信じられないぜ」

 屋外実習は森から薬草を持ち帰る事だ。森をグルリと見渡す。


「この森そのものが貴重な資源だな」


「ごちゃごちゃ言っているおまえ、噂のシェイドだな」


 木の枝を払いのけて、赤髪の男ダスクが現れた。

 シェイドは視線をそらして溜め息を吐く。

「またおまえか。どうせ大した用事じゃないだろ?」

「ひどいご挨拶だな! おい、逃げるのか!?」

 ダスクが憤慨するのを尻目に、シェイドはさっさと歩きだしていた。今は人質に取られるような人間はいないし、構ってやる理由もない。

 あとは薬草を集めた事をイーグルに報告するだけだ。

 しかし、シェイドは足を止めた。

 シェイドの背中側から、呪文が聞こえたのだ。ダスクが唱えているのは間違いない。

 振り向けば、ダスクの全身に赤黒い炎が揺らめいていた。


「ダーク・ファイア、インフェルノ」


 赤黒い炎を呼び覚ます魔術だ。放っておけば森全体が燃えるだろう。

 シェイドはうんざりした表情で呪文を唱える。


「イービル・ナイト、ロバリィ」


 赤黒い炎が闇に包まれて、溶け込み、鎮火する。

 ダスクはうっとうしいほどの笑い声をあげていた。

「さすがにこの森を燃やすのを認めるわけがないよな!」

 シェイドは呆れ顔になる。

「そんな事をしたら魔術学園グローイングの教員が黙ってないだろ」

「教員が何を言おうと、関係ない。魔術学園にはブライトやエリスがいて、俺が認められるチャンスはない。だが、噂の新入生を倒せば別の場所で成り上がれる。それでいい!」

「認められたい、か……」

 シェイドはポツリと呟いた。

 幼い頃は奴隷にされ、逃げだして、母親を失った後は生きる目標を見つけられなかった。

 魔術学園グローイングが無ければずっとそのままだったかもしれない。


 復讐を望んで魔術師になりたいと思った。それは、誰かに自分を認められたいという欲求からくるものだったのかもしれない。


「俺と同じかもな」


 シェイドは自嘲気味に笑った。

 ダスクは両の拳を天に向けて突き上げた。


「もう一度、俺の力を思い知れ! ダーク・ファイア……」


「あんたは充分に認められる素養があると思うぜ」


 ダスクが呪文を唱える途中で、シェイドが口を挟む。

「使い方を間違えているだけで、すげぇ魔力だと思うぜ」

「そう……なのか?」

 ダスクは呆気に取られて両目をパチクリさせた。突き上げていた拳が少しずつ下がる。

「てめぇは俺の魔力を認めてくれるのか?」

「俺だけじゃねぇだろ。上級科にいるという事は一定の能力がある証だ。イーグル先生も授業中に言っていただろ?」

 シェイドが諭すように言うと、ダスクは自分の両手を見つめた。

「……授業なんて寝てるだけだった。誰かに認められたくて、勝ちたくて、最強の武器を手に入れたくて……そのために魔力を高めたかったけど」

「あんたが気づいていないだけで、認めている人間は多いと思うぜ。ブライトもあんたを認識していた。乱暴者と」

「乱暴者か! 俺にふさわしいな!」

 ダスクは腹を抱えて笑った。

「あのブライトに認識されたのは嬉しいな!」

「あんたがその気になって努力すれば、いい方向に認められると思うぜ」

 シェイドは口の端を上げた。

 ダスクの表情が明るい。シェイドにとって悪い気はしなかった。

 ダスクは豪快に笑う。


「やっぱり森を燃やすのは無しだ! エリス、そんなわけでよろしく!」


「何を言っているの!?」


 エリスは木陰から顔だけ出していた。ダスクとシェイドの様子を見ていたようだ。

「シェイドにお仕置きをするという約束でしょう!? クォーツ家に恩を売るチャンスよ!」

「それを無しにすると言ったんだ。俺はこの新入生を気に入ったし、マジで頑張る気になった」

「はぁ!?」

 両目を輝かせるダスクとは対照的に、エリスの両目は驚きと軽蔑に満ちていた。

「信じられないわ! この私にたてつく人間が増えるなんて」

「俺はまともに強くなるぞ!」

 ダスクは輝く目のまま、シェイドを見る。

「早速教えてくれ。薬草はどうやって探せばいい?」

 ダスクに尋ねられて、シェイドは口元を引くつかせた。

「何を言うのかと思えば……イーグル先生が説明書を見せただろ」

「読むよりも聞く方が早いだろ。人に聞いてもいいというルールだし。この通りだ、教えてくれ!」

 ダスクはパンッと音を立てて両手を合わせた。

 シェイドは呆れ顔になって溜め息を吐いたが、ダスクに薬草の在り処を教えた。

「枝の端、木の根の隙間とか、それぞれ特徴的な場所にあるからな。似たような草もあるが、花や茎の色で見分けがつく場合もある。葉の形や葉脈が違うものもあるしな。少し観察すれば分かるはずだ」

「葉脈って?」

「葉っぱの模様と言えば伝わるか?」

「よっし探してみる! エリス、てめぇも頑張りな!」

 ダスクはずんずんと森の奥へ進む。

 エリスは全身をワナワナと震わせた。

「あの男なら簡単に手玉に取れると思ったのに……」

「僕もそう思ったが、分からないものだな」

 エリスの隣に、いつの間にかジェノが立っていた。

 エリスはヒッと小さな悲鳴をあげた。

「トワイライト家……!」

「怖がらなくていい。おまえに関わるつもりはない。今の所は」

「余計な一言を付けないで!」

 エリスはジェノから距離を取り、そそくさと森の奥へ歩く。

「私は薬草集めに忙しいの。ご機嫌よう!」

 ジェノは無表情でエリスを見送り、シェイドを見る。

 上級科の生徒たちに囲まれていた。

「薬草の見つけ方を教えてくれ!」

「どうやってエリス様を撃退したんだ!?」

「噂の新入生ですね! サインください!」

 薬草集めやエリスの扱いに困っていたのは何人もいるようだ。

 シェイドは困惑しながら対応していた。

「薬草なんて注意して探せば見つかる! エリスの撃退方法なんて俺が聞きたいぜ! サインとかし知らねぇよ!」

 シェイドは乱暴な口調で答えていた。


 ジェノは口の端を上げた。


「シェイドが、人望という最強の武器を得られるのは、もう少しだな」

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