魔術学園にて

意地でも

 シェイドは朝の早い時間に魔術学園グローイングの校門を歩く。他の生徒はまばらで、絡んでくる人間はいない。しかし、遠巻きに見てくる人間は何人もいた。

 視線が気になるのに慣れればいいのだが、苦手なものは苦手だ。

 シェイドは溜め息を吐く。

「師匠に会ってから人生が変わったぜ」

「哲学的な事を言うのだな。深堀りすれば何か見えるかもしれない」

 背中側から急に淡々とした声が聞こえた。肩越しに振り向くと、案の定ジェノがいた。

「後ろを取られるなんてまだまだだな。ローブを直していないし」

「……あんたに後ろを取られない人間なんて存在するのか?」

 所々シェイドのローブが焦げ落ちている事はスルーして、シェイドは疑問を口にする。

 ジェノはシェイドの隣を歩き始めた。

 なぜか不貞腐れている。

「トワイライト家はみんなそうだ。僕が脅かそうとしてもすぐに気づく。つまらない」

「つまらないとかそういう問題じゃねぇだろ。あんたの家系は化け物ぞろいだな」

 シェイドは額に片手を置いた。そんな家系に命を狙われていると思うと、頭痛がする。そのうち胃がやられるかもしれない。

 しかし、ジェノが味方なのは間違いないだろう。心強い師匠でもある。突破口を見つけて生き延びたいものだ。

 気分を取り直し、手元の地図を見つめる。担任のイーグルが貸してくれたものだ。魔術学園グローイングの北側をメインにしたもので、この地図のおかげでセレネとグレイスをクレセント家に送り届ける事ができた。二人はクレセント家に大切にされて、きっと幸せになれるだろう。

 イーグルのおかげである。

「俺の事でイーグル先生を巻き込まないようにしたいぜ」

 シェイドの呟きはジェノにも聞こえたのだろう。ジェノは深々と頷いている。

「魔術学園グローイングを巻き込む騒動にならないようにしたいな。イーグル先生は首を突っ込んでくるかもしれないが」

「自力でなんとかするつもりでいるぜ。そのためにどんな知識も吸収しねぇとな」

「恋愛術も?」

「存在するか怪しいものには手を出さない主義だ」

 ジェノの問いかけを軽くいなすと、シェイドは顔を上げた。

「強い魔術師になって意地でも生き延びねぇとな」



 二人でイーグルの部屋に着く。コーヒーの匂いがした。イーグルが煎れている最中だった。

「おお、噂の新入生たちか。いいコーヒーが入ったが分け前はないぞ」

「期待してねぇよ。地図を返しに来たんだ」

 シェイドが地図を差し出すと、イーグルは感慨深そうに表情を緩めた。

「テーブルに置いておいてくれ。セレネとグレイスを無事に送り届けたのか?」

「あんたのおかげで助かったぜ」

 シェイドがテーブルに地図を置いて口の端を上げると、イーグルはコーヒーをすする。

「教員に感謝するのはいい事だ。成績を上げたくなるぞ。上げられないが」

「そんなつもりじゃねぇよ。成績より実践的な魔術と知識が欲しいぜ」

「いい心がけだと言いたいが、人に感謝するのも大事だ。一人で集められるものは限られているからな。何かしら人に頼る事になるだろう」

 イーグルはコーヒーを置いて、地図を紙の束に挟んだ。

「ここだけの話だが、おまえたちならきっと伝説の魔術師になれる。俺はそう思っている。道を踏み外さないようにしてくれよ」

「俺はやりたいようにやるだけだぜ」

 シェイドは踵を返す。

「今日は屋外実習だったよな。楽しみにしているぜ」

「それは嬉しいが、無茶するなよ。あとジェノ、読みたい本があるのは結構だが実習に間に合うようにしろよ」

 イーグルがたしなめると、いつの間にか分厚い本を読み進めているジェノは唇を尖らせた。

「いざという時には魔術で移動できる事くらいご存じですよね?」

「油断すると遅刻するからな。大幅に成績が下がるからそのつもりでいろ」

 二人の会話を聞きながら、シェイドはさっさと部屋を出た。



 魔術学園グローイングの傍には、広葉樹林の生い茂る森がある。

 穏やかな気候に恵まれた一帯で、様々な植物が生息している。長年研究用に大事にされてきた。

 そんな森の入り口付近に上級科の生徒たちが集められた。みんな動きやすい服装になっている。

 イーグルが生徒たちの前に立ち、咳払いをする。

「これからおまえたちには屋外実習としてポーションの材料を集めてもらう。各自で説明書に書かれている数種類の薬草を持ってこい。どうしても分からなかった場合は誰かに聞いてもいいが、本当にポーションが必要な場面で頼りになるのは自分だけだと常に心掛けておけ。俺はここで待つ。質問があれば声を掛けろ」

 一人の生徒が片手を上げた。金髪を結い上げた少女であった。エリスである。

「ポーションの材料を集めるのは成績に反映されるのかしら?」

「当然だ。これは屋外実習だ」

「それならもっと平等な実習にするべきよ。草や雑草の知識を試すなんて、貴族にとって不公平よ」

 エリスはシェイドを睨んでいたが、シェイドは気にした様子もなく立っていた。

 イーグルはいかつい顔のまま答える。

「カリキュラムは事前に説明してあるし、薬草に関する説明書を用意してある。一見すると役に立たないものから有用なものを鑑別する訓練も兼ねている。文句を言う暇があったら少しでも知識を蓄えろ」

 エリスはもの言いたげであったが、手を下げた。イーグルの正論に対して何も言えなかったのだろう。

 生徒たちは薬草を探す雰囲気になった。各々で森に入っていく。

 そんな中で野心をぎらつかせる生徒がいた。

 赤髪の男ダスクであった。

「ぜってぇにあの銀髪野郎より早く見つけてやる」

 銀髪野郎とはシェイドの事だろう。

 そんなダスクに、エリスは声を掛ける。

「ねぇ、あなた。クォーツ家に恩を売る気はない?」

「クォーツ家に!?」

 ダスクは驚愕して、声が裏返った。

「そんなのできるわけがない!」

「できるのよ。私の提案を呑んでくれれば」

 エリスは妖艶に微笑み、ダスクに甘い息を掛ける。

 ダスクは表情を緩ませて、頬を赤らめた。どんな提案も呑んでしまいそうだ。

「俺は何をすればいい?」

「簡単よ。シェイドにちょっとお仕置きするだけだから。私たちに迷惑を掛けたでしょ?」

「迷惑ってほどじゃ……」

「迷惑よ」

 ダスクはエリスに気おされていた。

 エリスは瞳を光らせる。

「作戦を教えるわ。耳を貸しなさい」

 エリスはダスクに耳打ちをした。

 ダスクはにんまりした。

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