太陽のような笑顔
シェイドを囲んでいた学生たちが解散する頃に、昼休みを告げるチャイムが鳴った。
シェイドは疲れ切った表情で溜め息を吐いた。
「……寝床に戻るか。イービル・ナイト、シャドウ・テレポ……」
「ドミネーション、インパーフェクト・ストップ」
シェイドがシャドウ・テレポートで山腹の寝床に戻ろうとした瞬間に、何者かが呪文を唱えていた。その呪文のせいで、シェイドは魔術を唱えられず、全身をワナワナさせる事しかできない。
ギギィとぎこちない動きで振り向くと、ジェノが神妙な顔つきで立っていた。
「相談したい事がある」
「タイミングを考えろよ。こっちは疲れ切っているんだ」
「諦めろ。今日のおまえは昼休みに眠れない運命だ」
シェイドは口元を引くつかせた。
「誰が決めた?」
「僕が決めた。食事代はおごる。食堂で話をしよう」
ジェノの魔術は消された。
シェイドの全身に本格的に疲れが押し寄せた。
「手短に頼むぜ」
魔術学園グローイングの食堂は大賑わいだ。
その時の仕入れによって食べられる物が変わるが、地方ではなかなか食べられないような絶品が出てくる。授業や実習で疲れた生徒たちの癒やしとなる。
食堂は幾つもの長方形のテーブルと、背もたれのある椅子が並べられている。
そんな食堂のテーブルに、シェイドは突っ伏していた。
ジェノは両目をパチクリさせる。
「こんなところで寝るのか?」
「こんなところでも寝るしかねぇんだ」
「何か食え。僕がおごると言っているんだ」
「……食う気がしねぇよ。とにかく静かにしてくれ」
シェイドは突っ伏したまま耳をふさいだ。
そんなシェイドの耳元で、ジェノがささやく。
「安眠したいなら手伝うが、高くつく。おそらくおまえが一生掛かっても払えない」
「随分とふっかけやがるな!」
シェイドはガバッと起き上がって、ジェノを睨む。
「そんなに大事な相談ならイーグル先生に聞いてもらうのはどうだ?」
「大人には話したくない。ブライトの事だ」
シェイドの心の準備ができていないのに、ジェノは相談事を口にする。
「最近、様子がおかしい。妙におどおどしている。以前の太陽のような笑顔が見れなくなっている」
「太陽のような笑顔を見たいのか?」
「必要ないが、無いと違和感がある」
ジェノは事も無げに言っていた。
「森で話しかけられそうになった時に、思いっきり睨んだが……」
「ブライトがおどおどするのは、全面的にあんたのせいだ。あんたが死にかけた原因を作ったのを、謝りたかったんだと思うぜ」
シェイドがきっぱりと言うと、ジェノは首を何度も横に振った。
「ダメだ。一線を越えてしまう」
「一線をどうこうするより、あんたの性格をどうにかしろ。ブライトは、昏倒していたあんたを助けようとしたのに」
「いや、ダメだ。僕がおかしくなってしまう」
ジェノは頭を抱えてうめきだした。
そんなジェノに歩むよる金髪の少年がいた。
「……嫌われているのは分かっているけど、どうしても言いたい事があるんだ」
ブライトだ。表情がひどく暗い。
ジェノは顔を上げて、ブライトを睨む。
「おまえは僕に関わらないのが身のためだ」
「そうかもしれない。でも、これだけは言わせてほしい」
ブライトは深々と腰を曲げた。
「本当にごめん! 魔力を暴走させて、君が死に掛ける事態となってしまって。僕にできる事ならなんでもする」
ブライトの謝罪が響いた。
食堂がしんと静まり返る。シェイドたちは注目の的になる。
シェイドは逃げ出したかったが、溜め息を吐いてこらえた。
「……師匠、俺はブライトを許してもいいと思うぜ。悪気が無かったのは分かるだろ」
ジェノは無表情のままだ。視線をそらし、無言を貫こうとしているのだろう。
しかし、シェイドが畳みかける。
「らしくないぜ。嘘偽りのない、真摯な態度から逃げるなんてな」
「……僕が対応を考える義務はない」
ジェノはポツリと呟いた。
「放っておいてほしい」
ジェノの返答を聞いて、ブライトは揺れる瞳で微笑む。
「気が乗らないのに返事をくれてありがとう。許せないのは分かる。でも、僕は言いたい事を言えたから良かったよ。今後は僕から話しかけないから安心してくれ。それじゃあ」
「待て」
ジェノは無表情のまま言葉を紡ぐ。
「許さないと言ったつもりはない。おまえに笑顔が無いのは違和感がある」
ブライトはぽかんと口を開けたが、やがて笑い出した。
「ありがとう、君のおかげで笑顔に自信がついたよ。大事にするね!」
「……勝手にしてほしい」
ジェノはテーブルに突っ伏した。
「僕は寝る。シェイド、昼休みが終わる頃に起こしてくれ」
「おい、寝たいのは俺の方だぜ!?」
シェイドの抗議を聞く前に、ジェノは寝息を立てていた。
ブライトはさわやかな笑みを浮かべて片手を振った。
「次の授業はポーション作りだね。関わる事があったらよろしく!」
「あ、ああ。よろしく」
シェイドはぎこちない動きで手を振り返した。
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