胸騒ぎ

 シェイドは口を開く。

「いちおう聞きたい事がある。追手が来る可能性はあるか?」

 セレネとグレイスは互いに顔を見合わせて首を横に振った。

「私が狙われる理由は何も無いと思います」

「お父様と喧嘩をして、一人で外に出た時に捕まった。奴隷商に見つかったのはたまたまだろう」

 二人とも奴隷商に目を付けられる理由は無いと思っているようだ。

 シェイドは頷いた。

「念のために警戒してもいいかもしれねぇが、あまり心配しなくてよさそうだな。地図を取りに行くぜ」

 シェイドが歩き出すと、セレネとグレイスがついていく。

 ジェノは片手を顎に当てて考え込んでいた。

「二人を狙う理由が無いのなら、奴隷商の目的は何だったんだ?」

 

 シェイドたちは四人でイーグルの部屋に行った。

 他の生徒の個別指導をしていたようだが、その生徒はすぐに用事が終わったのか、そそくさと出て行った。

 イーグルはニヤける。

「さっきの生徒は、おまえたちのように優れた魔術師になりたいと意気込んでいたぞ」

「……そんなにすごいもんじゃねぇのにな」

 シェイドはうんざりした表情で溜め息を吐いた。

「俺たちの噂はいつ消えるんだか」

「諦めろ。おまえたちは伝説になるだろう」

「マジか……勘弁してくれ」

 シェイドはガックシと肩を落とした。

 ジェノはしかめっ面を浮かべていた。

「噂ばかり先行するのは良くありません。噂にふさわしい魔術師にならなければいけませんね」

「向上心が高いな! いい事だ」

 イーグルは腹を抱えて笑っていた。

 ジェノは首を傾げた。

「イーグル先生は何がそんなにおかしかったのでしょうか?」

「シェイドは苦労するだろうが頑張れと思っただけだ! ああ、そうだ。おまえたちがここに来た目的を忘れる所だった」

「そのご様子では、きれいさっぱり忘れていたようですね」

「年を取るとそんなものだ。やる事も多いしな。クレセント家を示す地図だったな。ちょっと待ってろ」

 イーグルはひとしきり笑った後で、目元の涙をぬぐう。

 山積みにされた紙の束をしばらくあさり、一枚の地図を取り出した。

「魔術学園グローイングの北側がメインだ」

 イーグルが魔術学園グローイングの敷地を指した後で、北の山々をなぞる。

「クレセント家はこの山を越えた所にある」

「……かなり距離があるな」

 シェイドが口を開いた。

「ここから二日くらいか?」

「そうだ。歩いてクレセント家に行くつもりなら、授業を休む必要がある。俺もうっかりしていた」

 イーグルの表情が険しくなる。


「やっぱり世界警察ワールド・ガードに任せるべきなんだろうな。貴族の護衛なら引き受けてくれるだろう」


「あんたから頼んでくれねぇか?」


 シェイドの問いかけに、イーグルは首を横に振る。

「俺はセレネとグレイスが囚われた経緯はもちろん、解放された経緯も説明できない。証言不十分で取り合ってもらえないだろう」

「……私から直接伝えるのはダメか?」

 グレイスが恐る恐る切り出す。

「私なら充分に状況を説明できるはずだ」

「誰が解放したのか絶対に聞かれるだろうが、どう答えるつもりだ?」

「……シェイド様とお師匠様の事を話すしかない」

 イーグルの質問に、グレイスは正直に答えた。

 ジェノは両腕を組んでうなる。

「僕もシェイドも世界警察に行動範囲を悟られたくない。世界警察に頼るのは無しだ」

「どうするつもりだ?」

 イーグルが真剣な眼差しで尋ねる。

「二人を見捨てるつもりじゃないだろ?」

「もちろんです。最後まで送るのはシェイドに任せますが、途中までなら僕の魔術で送りましょう」

「おまえもクレセント家に直接行けばいいだろうに」

「大人には話せない事情があるのです」

 ジェノはシェイドに向き直る。


「出発は急いだ方がよさそうだ。ドミネーション、アナザー・ワールド」


「いきなりか!?」


 シェイドが抗議する前に、ジェノの魔術は発動した。

 イーグルの部屋から四人が消える。

 イーグルは感心して溜め息を吐いた。

「あいつらは自分なりによく考えているな」



 シェイドたちは鬱蒼と生い茂る木々の間にいた。辺りを見渡すが、来たことがない場所だ。

 枝葉の間から夕日がチラチラと見え隠れして、辛うじて視界を確保できる。小川が流れ、湿っぽい土の匂いが漂う。探検隊の真似事をする心づもりがあれば面白い場所なのだろうが、知らない土地にいきなり連れてこられると不気味に感じる。

 シェイドは溜め息を吐く。


「師匠、あんたはもっと順序を考えてもいいと思うぜ。いくらなんでもきゅうすぎるだろ」


「時間が無いのは事実だ。明日の授業に出る事を考えると急いだ方がいい」


 ジェノは悪びれる様子もなく地図を指さす。

「僕たちがいるのは北の山だ。魔術学園側とは反対側の中腹だな。小川に沿って降りていけばクレセント家に辿り着けるはずだ」

「ここからならセレネとグレイスを送った後で寝床まで帰る時間もありそうだぜ。かなりショートカットができたのか」

「その通りだ。感謝しろ」

「命令されなければ素直にお礼を言っていたぜ」

 シェイドが口元を引きつかせると、ジェノはふんぞった。

「相手の言動に惑わされずに真実を追求しろ。今は僕に感謝するべき時だ」

 持って回った言いまわしをしているが、要するにお礼を言われたいのだろう。

 シェイドは呆れ顔になっていた。

「分かった分かった、ありがとな師匠」

「投げやりな口調だが、まあいい。二人も道中気を付けろ。足を滑らせたら厄介だからな」

 ジェノに忠告されて、セレネとグレイスは頷いた。

「ご忠告ありがとうございます」

「シェイド様の足を引っ張らないように頑張る」

 二人の返答を聞いて、ジェノは満足そうに頷いた。

「素直でいいな。シェイドも見習え」

「あいにく俺はあんたに対してめちゃくちゃ素直だぜ」

 シェイドはこめかみを引くつかせた。

「毎回の事だがめちゃくちゃだぜ。あんたこそ二人の思慮深さを見習えよ」

「僕は海よりも思慮深く、非の打ち所がなく素直だ」

「あんたにまともな回答を期待するのはやめにするぜ」

 シェイドが溜息を吐くと、ジェノは両目をパチクリさせた。

「僕はいつもまともなのに時々不思議な事を言うな」

「もう突っ込まねぇよ。二人とも、行くぜ」

 シェイドが斜面を降り始めると、セレネとグレイスもついていった。


 ジェノは辺りを見渡す。


「……何もない事を祈りたいが、胸騒ぎがする」

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