ジェノの本音

 保健室は歓声が響き渡った。昏倒した生徒が目を覚ますのは、それだけ喜ばしい事なのだろう。

 しかし起き上がったばかりのジェノの表情は暗い。


「シェイドと話がしたい」


 ポツリと呟いた。


 歓声が止み、その場にいる人間は戸惑う。

 シェイドはジェノの傍まで歩く。

「なんだ?」

「ここでは話せない。二人きりになろう。ドミネーション、アナザー・ワールド」

 ジェノがベッドから降りて呪文を唱えると、ジェノとシェイドの間に縦に亀裂が入った。

 ジェノは暗い表情のままで、シェイドは首を傾げて空間の亀裂へ歩いていった。

 二人が消えると、何事もなかったかのように辺りは静まり返る。

 セレネはオロオロした。

「私は余計な事をしたのでしょうか……?」

 教員は困惑して、誰も答えられなかった。

 グレイスがセレネの肩をポンっと叩く。

「おまえは何も悪くない。シェイド様もお師匠様もきっと感謝しているはずだ」

「お師匠様は浮かない顔をしていました」

 セレネは全身を震わせた。

 グレイスは微笑む。

「気にしなくていいだろう。二人は戻ってくるはずだ。待っていよう」

「そうですね……」

 肩を落とすセレネを、グレイスは励まし続けた。



 ジェノとシェイドは亜空間にいた。

 地平線の彼方まで星空と大地しかない。美しいが寂しい空間だ。

 そんな空間に感慨がないのか、シェイドがぶっきらぼうな口調で話を切り出す。

「俺に話したい事はなんだ?」

「おまえに話したくない事だが、話すべき事だ。まず確認するが、おまえの銀髪は生まれつきか?」

 ジェノの問いに、シェイドはいぶかしげな表情を浮かべながら頷いた。

「何を言うのか知らねぇが、俺は髪の色を変えた事は無いぜ」

「そうか……今の答えで確信した」

 ジェノは寂しげに笑った。


「おまえに魔力封じを掛けたのはリーガル・トワイライト。トワイライト家の総指揮官で間違いない」


「……マジか?」


 シェイドは両目を見開いた。

「あんたもトワイライト家だよな」

「そうだ。リーガルが魔力封じを掛けた銀髪の少年について報告する義務がある。その少年は任務を放り出して母親と共に逃亡するという大罪を犯している」

 ジェノは一呼吸置く。


「僕の家系はその少年を殺すように命じられている」


「あんたも俺を殺そうとしているのか?」


 シェイドは覚悟を決めていた。

 ジェノの魔力の高さは実感している。現段階で勝てる相手ではない。ジェノがその気なら、すぐにでもシェイドの命を奪えるだろう。

 しかしジェノは首を横に振った。

「僕はおまえの師匠だ。師匠は弟子を鍛えつつ守る義務がある。だが、トワイライト家は強力だ。特にリーガルが動けば僕が勝てるとは思えない」

「そんなに強いのか」

 シェイドは冷や汗を垂らした。

 ジェノは自嘲気味に笑う。


「僕はおまえが生き延びるために可能な限りヒントを与えたい。リーガルに弱点は無いが、突破口を見つけてほしい。直に報告を求められるまでおまえの事は何も言わないつもりだ。時間を稼ぐ。その間に僕から情報を得てもいい」


「あんたにしては気を遣ってくれるんだな」


 シェイドは口の端を上げた。

「早速聞いてみるが、リーガルの魔力特性は?」

「フィールド・クリエイト。あらゆる場所に好きな効果を持たせた空間や文字を創る事ができる。特殊な条件で出現する部屋を作ったり、人間に掛ければ自由に相手の能力を書き換える事ができるようだ。魔力封じとかな」

「味方に掛ければ強化ができそうだな。便利な能力だぜ。だが、やりようはありそうだな」

「本当か!?」

 ジェノの表情が明るくなる。

 シェイドは苦笑した。


「嘘を言うつもりはねぇがうまくいくかはわからねぇ。ただ、師匠が大事な事を丁寧に教えてくれるんだ。師匠を超えるのが弟子として最大の恩返しだろ」


「間違ってはいないが、僕はまだ超えられるつもりはない」


 ジェノは腰に手を当ててふんぞった。

「この僕に対抗できるようになって、それを証明出来たら認めてやる」

「いいぜ。俺は意地でも自分の魔力を高めるだけだ」

「話は決まったな」

 ジェノは胸をなでおろした。

 シェイドはめんどくさそうに首を回した。

「そろそろ解放してもらっていいか? 授業に出たいぜ。魔術の危険性を知っておきたいからな」

「いいだろう。しっかり学ぼう」

 ジェノは頷いた。

 亜空間が消えると、上級科の教室の入り口に立っていた。

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