保健室にて
シェイドに倒されたダスクは保健室に連れていかれたが、すぐに元気になり、悔しさを露にして壁を殴った。
「畜生! いつか絶対に倒してやるから覚悟しろ!」
そう言い捨ててズカズカと保健室を去っていった。
眼鏡を掛けた保健室の女教員は微笑んでいた。
「若いのはいいですね。すぐに回復するので」
「ジェノは大丈夫そうか?」
シェイドが尋ねると、女教員は穏やかに頷いた。
ジェノはベッドに横たわっている。
「すぐに目を覚ますでしょう。怪我はないですし、若いのに気絶したままなんて、普通はありえません。魔術の使い過ぎで昏倒したのでなければ」
「……魔術を使いすぎたと思うぜ」
シェイドは苦々しい口調になっていた。
ジェノがシェイドを長年苦しめた魔力封じの紋様を消して、ブライトとシェイドが暴走させた魔術を力づくで消した。
片方でもかなりの負担になるだろうに、両方を時間をおかずにやったのだ。ジェノの身体に異変が起きないか心配である。
しかし、女教員は笑った。
「先程の爆発が収まった事ですか? 安心してください! 生徒が暴走させた魔術ならきっと学園長が抑えましたから」
女教育は、ブライトとシェイドが暴走させた魔術を消したのは、学園長だと思っているようだ。保健室にいたため、実際の様子を知らないのだろう。
シェイドは溜め息まじりに呟く。
「俺は目の前で見ていたが、魔術の暴走を抑えたのはジェノだぜ」
「え……?」
女教員の笑顔が固まった。
「本当ですか?」
「嘘を言う理由はないだろ」
女教員は青ざめてポケットから白い護符を取り出した。
「すぐにヘルプを求めないと!」
女教員が護符に向かって、助けてください! と叫ぶと、複数の足音が聞こえだした。
保健室は一気に慌ただしい雰囲気になった。
ベッドに横たわるジェノの周りで、数人の教員が声を掛け合っている。ポーションをもっとくれ、心臓の鼓動や呼吸が弱まっている、急げ、など。
その様子を保健室の入り口で見守るブライトは全身を震わせていた。
「……とんでもない事をしてしまったよ」
ブライトの隣に立って、シェイドは頷いた。
「ジェノは俺たちの魔術を止めて昏倒したんだよな」
「そうだ。僕が余計な事をしなければ良かったんだ」
ブライトの瞳と声が揺れる。
「彼にもしもの事があったら僕のせいだ」
「変な事を言う暇があったらジェノが意識を取り戻すように祈れよ。セレネとグレイスもそうしているぜ」
シェイドの後ろに立ち、セレネとグレイスは両手を合わせていた。
「神様はきっと助けてくれます。だってお師匠様に何かあったらシェイド様が悲しむでしょう」
セレネはジェノをまっすぐに見つめている。グレイスは両目を固くつぶっていた。
シェイドは嘆息した。
「師匠なら大丈夫だと信じたいぜ。あと、俺の事はシェイドでいい」
「ブライト、シェイド。気持ちは分かるが授業に戻れ。今回の事はおまえたちのせいじゃない」
唐突に後ろから話しかけられた。
振り向けばイーグルがいた。
「午後の授業は魔術の危険性について講義するつもりだ。おまえたちはよく聞くべき内容だ」
「授業は間に合うように行くから、もう少し何かできないか考えさせてくれよ」
シェイドはブライトに視線を送る。
「あんたは行った方がいいんじゃねぇか?」
「……悪いけどそうするよ。僕は空間転移系の魔術を使えないから」
ブライトはトボトボと歩き出した。
イーグルが背中をポンポンと叩いて励ますが、ブライトは首を横に振っていた。
シェイドは頭をかいた。
「俺にできる事があればいいんだが……」
「シェイド様、お尋ねしたい事がありますがよろしいですか?」
「俺の事はシェイドでいいと何度も言っているが……」
「魔力はみんなに宿っているものでしょうか?」
シェイドでいいという言葉を軽くスルーして、セレネは疑問を口にした。
「魔術は家系や血筋に左右されるものでしょうか?」
「イーグル先生は家系や血筋は関係がないと言っていたぜ。魔力特性ってのがあるらしいが、それだけじゃねぇか?」
「魔力特性に合う魔術なら、誰にも使えるのですね」
セレネは深々と頷いた。
「私もできるかもしれないのですね」
「理屈の上ではそうだな。あんたの青い瞳を見ると、水に関わる魔力特性はありそうだぜ」
「水、そうですか。水もなのですね!」
シェイドの言葉を聞いて、セレネの表情は明るくなった。
「私は風も好きなのですが、片方だけではうまくいきませんでした。両方を合わせてみたいと思います」
「試していたのかよ」
シェイドは両目を見開いた。
セレネの熱意に気おされていた。
「よく頑張っているな」
「はい! シェイド様のお役に立ちたいと思いまして」
「俺の事はシェイドでいいと……」
「早速やってみます!」
セレネはジェノの傍に近づく。
周囲の教員が驚き戸惑ったが、構わずに祈りを口にする。
「神よ、今一度私にお力をお貸しください。水と風の力を与えてください。アクア・ウィンド……」
セレネの周囲に水を帯びた柔らかな風が生まれる。青い風は透明感のある美しいらせんを描く。
セレネはシェイドに視線を送る。
どんな言葉を続けるか考えていなかったようだ。
シェイドは思案する。
セレネは自分には使えない魔術が使えるように思う。
回復系の言葉がいいだろう。
「リカバリーとかどうだ?」
「リカバリー」
シェイドの言葉どおりに、セレネが口にする。
青い風がジェノの身体を包み込む。やがてジェノの身体に染み込むようになじんで、消えていった。
ジェノはゆっくりと目を開ける。
起き上がって自分の両手を開いたり閉じたりしていた。
「僕は生きているのか……?」
教員たちが驚愕し、喜びの声をあげた。
「すごい、奇跡だ!」
「良かった、そこの女の子のおかげだ!」
教員たちの尊敬の眼差しを浴びて、セレネは大急ぎでシェイドの背に隠れた。
照れているのか、頬を赤らめている。
「シェ、シェイド様が指導してくれたおかげです」
「俺は何もしてねぇし、シェイドでいいと……」
「シェイド様、ありがとうございました!」
セレネに輝く笑顔でお礼を言われて、シェイドは根負けするように視線をそらした。
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