魔力の暴走

 シェイドから溢れた闇が揺らめきながら、辺りを覆いつく。悲鳴や慌ただしい足音が響き渡る。みんな逃げ出したのだろう。

 ジェノはシェイドからそっと手を放し、不適に笑った。

「おまえの本来の魔力だ。すごいだろう?」

 問われてシェイドは自分の両手を見つめた。いつの間にか熱さや痛みはひいていた。

 濃い闇が黒い煙のように溢れ出している。信じられないが、自分の魔力なのだろう。

 ジェノは両手を広げた。


「この膨大な魔力を制御できれば、おまえは立派な魔術師だ。ワクワクするだろう?」


「……魔術ってのは恐ろしいな」


 シェイドがかすれた声で口ずさむ。

「簡単に人や物を傷つけられるし、意図せずに放たれる事がある。とんでもない厄介者だぜ」

「その厄介者を制御するのが魔術師の務めだ。頑張れ。早くしないとこの辺りが闇に呑まれて人が近づけない空間になる」

 ジェノに促されて、シェイドは空に向けて溜め息を吐く。

 空高く闇に覆われ、辺りは暗くなっていた。

「自分の魔力を奪うのも違和感があるが、他に思いつかねぇ。やってみるか」

 シェイドは呟いて、立ち上がる。

 ただ強奪するだけでは足りない気がした。

 全てを奪い取るつもりでないと、溢れ出る闇を制圧できない。そんな気がした。

「イービル・ナイト、オール・ロバリィ」

 本当にこんな呪文でいいのかと半信半疑で唱えた。

 闇の揺らめきが止まった。際限なく広がっていた闇が動きを止めた。

 ジェノは満足そうに頷く。

「後は魔力を回収するだけだ。時間は掛かるかもしれないが、変な干渉がなければうまくいくだろう」

「君たちは大丈夫か!? すぐに助けるよ!」

 ブライトの声が聞こえた。闇に阻まれて姿は見えないが、呪文を唱えているのが聞こえる。

 ジェノは血相を変えた。


「余計な事はしないでくれ!」


「セイクレド・ライト、シャイニング・ゴッド」


 ジェノが止めるが間に合わず、ブライトは魔術を放った。

 空から恐ろしいほど眩い光が降り注ぐ。光が闇に触れた瞬間に、轟音が鳴り響いた。銀色のエネルギー波が生じ、辺りを縦横無尽に蹂躙する。地面が何か所も砕かれて、大量の破片が飛び交う。

 ジェノもシェイドも、信じられないほどの圧力を感じた。

 事態は収まらない。

 エネルギー波は空に集約したかと思えば、ドォンと強大な音を立てて爆発した。爆発が地上に到達すれば大きな被害が出るだろう。

 一刻の猶予もない。

 ジェノは忌々し気に爆発を見て、両手を向けた。


「魔力の暴走だ。ドミネーション、オーバー・ディスティニー」


 ジェノの魔力が放たれた。

 空間の歪みが爆発を飲み込む。爆発もエネルギー波も、闇も光も混ぜこぜにして力づくで抑え込む。

 全てが歪む。

 シェイドの目にはそう映った。

 目の前の現象も、ジェノの魔力も、何もかもが恐ろしかった。

「いいもんじゃねぇな、魔術ってのは」

 シェイドは呟いて口の端を上げた。

「だが、面白いぜ」

 思わず笑った。

 悲鳴が鳴りやまない。その場にいるほとんどの人間が、何が起こったのか理解できなかった。

 しかし、事態は刻々と進んでいた。

 ジェノが歯を食いしばって、より魔力を込める。

 空間の歪みが呼応し、強まる。抑え込まれたものたちは、徐々に静かになっていった。


 やがて辺りには青空が広がった。


 静寂が訪れる。


 ブライトは呆然としていた。

「すごい……」

 その呟きを聞いて、その場にいる全員が助かったと確信したのか、周囲から歓声が沸いた。

 ブライトはゆっくりと歩きだし、ジェノに右手を差し出す。握手するつもりなのだろう。

「本当にすごかった。才気を分けてほしい」

「……断る。分けられるものではないし」

 ジェノは淡々と言っていた。

「余計な事をしてくれたしな」

「その事は誠心誠意謝罪する。すまなかった」

 ブライトはまぶたを伏せる。

 ジェノは何も言わない。

 穏やかな風が吹いた。

 時間が経った。


 お互いに何も言えなかった。


 何も言えないまま、ジェノは倒れた。


「マジかよ!?」

 シェイドが駆け寄り、ジェノの様子を確認する。辛うじて息をしているが、両目を閉じて意識を失っている。

 ブライトは苦々しい表情を浮かべる。

「魔力を使い果たして昏倒したか」

「……助かるのか?」

 シェイドが恐る恐る尋ねると、ブライトはうなった。

「分からない。とにかく回復を待つしかない。保健室に連れて行こう」

「世話の焼ける師匠だぜ」

 シェイドは吐き捨てるように言って、ジェノを肩で担いだ。

 ブライトは反対側を担いだ。

「すっかり嫌われてしまったが、やるべき事をやらせてほしい」

「勝手にしろ」

 シェイドはぶっきらぼうに答えた。

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