魔術対決
魔術学園グローイングの練習場は屋外の施設で、学園内の敷地で最も広い。魔術を練習するために設けられた場所で、教員や学生であれば原則としてどんな魔術を放ってもいいとされている。
授業や実習などについていくのが精一杯の学生が多いため、日頃は閑散としている。
しかし、今日は事情が異なった。
シェイドとダスクが魔術で戦う所だ。二人は距離を開けて向かい合っている。
この噂を聞きつけた連中が大挙として押し寄せたのだ。シェイドにとって、遠巻きに見ている連中の視線は痛かった。
「……なんでこんなに人が集まるんだ?」
シェイドが呟くと、ダスクは大笑いをした。
「噂の新入生を相手に廊下であんだけ騒げば、みんな気づくだろう。面白い祭りが始まるってな!」
「面白いものにするつもりはねぇのに」
シェイドは溜め息を吐いた。
「昼休みは限りがある。さっさと始めようぜ」
「そうだな! ダーク・ファイア、インフェルノ」
ダスクは両の拳を空に突き上げた。彼の全身が熱気を帯びる。
熱気はやがて赤黒い揺らめきに変わる。黒い影を伴う炎がにじみ出ていた。
ダスクはニヤついた。
「降参するなら今だ」
「絶対にやらねぇよ」
シェイドは舌打ちをした。
ダスクは獰猛な笑みを浮かべた。
「後悔しても知らないぞ!」
ダスクが雄叫びをあげて、両手をシェイドに向けて突き出す。
赤黒い炎は勢いよくシェイドに向かう。大気を食らい、地面を焦がし、熱量をあげてシェイドを包む。
絶叫しそうなほどの痛みを感じた。
しかし、叫んだ所でダスクを喜ばせるだけだろう。
シェイドは急いで呪文を唱える。
「イービル・ナイト、ロバリィ」
エリスの魔術を消したものだ。
シェイドの身体から闇があふれて、赤黒い炎を蝕む。闇がどんどん広がり、赤黒い炎を消滅させていく。
シェイドのローブが所々焦げ落ちたが、身体にほとんどダメージは残っていなかった。
ダスクが口笛を鳴らした。
「やるな! だが二度はどうだ!? ダーク・ファイア、インフェルノ」
再び赤黒い炎が揺らめく。
シェイドは溜め息を吐いた。
「めんどくさい」
セレネとグレイスに話をするために、早めに決着を付けたい。
シャドウ・テレポートの空間に沈めればすぐに決着がつくだろう。しかし、二度とこの世界に戻ってこれないだろう。ほぼ初対面の相手にそこまでする気にはなれない。
赤黒い炎が迫る中で、シェイドは考えを巡らせた。
相手の身体を縛り付けるのはどうだろう?
「試してみるか。イービル・ナイト、シャドウ・バインド」
ダスクの影が不自然に歪む。
次の瞬間に、ダスクは嗚咽を漏らして倒れた。
シェイドに向かい来る赤黒い炎はロバリィで消した。
シェイドはダスクに声を掛ける。
「降参するか?」
「……」
ダスクはうなり、返事をしない。しかし、目が死んでいなかった。
シェイドは頭をかいた。
「魔術でトドメを刺さなければならないというルールは無かったよな」
シェイドがダスクの腹を蹴ると、ダスクは泡を吹いて白目をむいた。
先に気絶したり降参した方が負けというルールだ。
シェイドは勝利を収めたのである。
ブーイングと歓声が入り混じるが、知った事ではない。
そんな中で、一人だけ拍手をする金髪の少年がいた。
ブライトだ。
「すごいよ、ダスクに勝つなんて! 彼は乱暴者と言われていたのに」
「最後は蹴っただけだぜ……」
急にシェイドは重い眩暈を感じた。足元がおぼつかなくなり、地面に片膝を付ける。
ブライトが微笑む。
「あれほどの魔術を使えば疲労を感じるものだよ。すぐに保健室に行こう」
「保健室なら僕が連れて行く。おまえは離れてくれ」
唐突にジェノが出現した。空間の裂け目から悠々と歩いてきて、シェイドの右腕を掴む。
この時に、ジェノは両目を見開き、青ざめた。
「シェイド……この紋様に心当たりは?」
ダスクの魔術のせいで、シェイドのローブの右腕の部分が焼け落ちて、シェイドの右腕は露わになっていた。
そこには歪な黒い紋様が描かれている。
ジェノは冷や汗を垂らした。
「魔術で描かれたものだろう」
ジェノに指摘されて、シェイドは震えた。
誰にも知られたくなかった。自分でも理由は分からないが、誰の目にも触れて欲しくなかった。紋様は何を意味するのすら知らないが、不気味ですぐにでも消したい気分だ。
俯いて答えないシェイドに向けて、ジェノは微笑む。
「安心しろ。僕はおまえの師匠だ。弟子が力を伸ばせるのなら協力する」
ジェノとシェイドの周囲に、大気が渦巻く。服と髪がなぶられる。
ジェノの魔術が発動されようとしている。
ジェノは優しく語り掛ける。
「この紋様は魔力封じだ。無理やり魔術を放てば大きな負荷が掛かる。おまえが魔術を使うたびに極度の疲労感に見舞われるのは、そのせいだ。消してやる」
シェイドは顔を上げる。困惑を浮かべていた。
「本気か? あんたに何の利益があるんだ?」
「弟子が成長できる。師匠として喜ばしい事だ。おまえを見守る日々がもっと面白くなるだろう」
ジェノはシェイドの両手をとった。
「紋様はおそらく全身にあるだろう。全部消してやる。大変な事になると思うが頑張って制御してほしい。ドミネーション、オール・ブレイク」
ジェノの魔術が発動した。
どんな事になるのか聞く時間もなく、シェイドは身体の変化を感じていた。
全身に今まで感じた事のないような痛みと熱さが駆け巡る。
シェイドは両目を固くつぶり、奥歯を噛み締めた。
大量の悲鳴が入り乱れる。慌ただしい足音も聞こえだす。
ジェノの言葉を信じるのなら、制御が必要な事態に陥っているはずだ。痛みや熱さにやられている場合ではない。
シェイドはゆっくりと目を開ける。
シェイドの全身から大量の闇があふれ、練習場一帯を蝕もうとしていた。
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