ジェノの報告
シェイドが溜め息を吐くと、闇が空気に溶けるように消えていった。
「無駄な時間を使ったぜ」
校門を歩く学生たちは増えていた。
学生たちはシェイドを見てヒソヒソ話をする。
「エリス様の魔術を破るなんて……ブライト様しかいなかったよな」
「さすが噂の新入生」
そんなにすごい事なのか?
シェイドは疑問に思ったが、授業開始は近づいている。セレネとグレイスの預かり先を教員に相談するために、急いだ方がいいだろう。
シェイドは歩き出そうとする。
しかし、身体が鉛になったかのように動かない。エリスの魔術の影響ではない。
耐えようのない疲労感を覚えた。まぶたが重くなり、目の前が揺らぐ。
シェイドはその場にへたり込んだ。
セレネとグレイスが心配そうな眼差しを浮かべて駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「私たちはどうすればいい……?」
「回復させるか横になりやすい場所を探して運びましょう! アクア、リカバリー……ウィンド、フライト……ダメですね」
セレネは見様見真似で魔術を使おうとしたようだが、何も起きなかった。
シェイドを背負って歩こうとするが、身長差があって、シェイドの足を引きずってしまう。グレイスは呆然としていた。
その様子に気付いたのか、一人の少年が血相を変えて走ってきた。
「どうした!? 何があったか教えてくれ!」
明るい基調の質の良い服を着た、金髪の少年だった。
シェイドは力なくセレネにもたれ掛っているが、気力で意識をつないでいた。
「ブライトか……あんたなら相談できるな」
「僕にできる事ならなんでもするよ。具合が悪そうだね。保健室に行こう」
ブライトはシェイドの肩を担ごうと、シェイドの右腕を掴む。
そんなブライトの手を払いのける手があった。
いつの間にかジェノが姿を現していた。
「僕の弟子に手を出すな」
「緊急事態なんだ。悪いがすぐに保健室に連れて行きたい」
「僕が連れて行く。勝手な事はしないでくれ」
ジェノはシェイドを肩で担いだ。人形のように感情が窺えない。
ブライトはしぶしぶ離れた。
「シェイドは相談事があるみたいだけど……」
「おまえでなくてもいい内容だ。勘違いをするな」
ジェノが強い口調で言い放つと、シェイドは舌打ちをした。
「あんたこそ勘違いをするな。協力者は多い方がいいんだ」
「おまえたちが一線を越えるのは耐えられない」
「何の話か知らねぇが、邪魔するな」
「相談事なら僕が受ける。ドミネーション、アナザー・ワールド」
ジェノが呪文を唱えると、ジェノとシェイドはもちろん、セレネとグレイスも姿を消した。
ブライトは両腕を組んでうなった。
「ジェノが嫌がるかもしれないけど、イーグル先生に言った方がいいのかな。僕たちの担任だから」
保健室の女性教員は両目を丸くした。
急に四人の男女が出現したと思えば、一人は断りなくベッドに横たわっているのだから。
女性教員は分厚い眼鏡を掛け直して、恐る恐る口を開く。
「あの……担任に声を掛けていますか?」
「これから声を掛けます。今はシェイドを休ませてほしいのです」
ジェノが淡々と言うと、女性教員は首を横に振った。
「担任に無断で保健室を使用すると、サボりだと思われますよ。成績にも響きます」
「担任のイーグルだ。話は聞いた」
保健室の入り口からイーグルがずかずかと入ってくる。
「エリスがカンカンだったぞ。無礼な態度を取られたと」
「シェイド様は私たちを助けようとしただけです! 無礼だったのはエリスたちです!」
セレネが青い瞳を潤ませて声を張り上げる。
しかしイーグルは険しい表情を浮かべている。
「そもそも魔術学園グローイングは関係者以外原則立ち入り禁止だ。許可がない人間を無断で入れるのは校則違反だ。エリスの話がどうあれシェイドにも非がある」
「そ、そんな……シェイド様が責められるのは私たちのせいなのですか?」
セレネの声は、か細くなる。
グレイスは歯噛みしていた。
イーグルは気まずそうに頭をかいた。
「せめて俺にあらかじめ一言あったら話は変わったかもしれない。ブライトもシェイドを心配していたようだし」
「校則の話になっていますね。僕から報告があります」
ジェノが無表情のまま口を開いた。
「魔術学園グローイングは互いに敬意を表し、磨き合うという理念が根底にあるはずです。その理念を破ったのはエリスです。攻撃の意志のないシェイドに魔術を掛けていました」
「魔術を掛けただと!? 互いの了承が無いのに一方的に魔術を掛けるのは禁忌だぞ!」
イーグルの声が裏返った。ひっくり返りそうなほどのけぞっている。
ジェノは迷いなく頷く。
「校門を歩こうとしていただけのシェイドの邪魔をしていました」
「そうか……エリスの話が少し変だと思っていたが、そういう事だったのか。校門を歩いていたらシェイドの態度が急変して、無礼な言動をされたと言っていたからな」
イーグルは天井に向けて溜め息を吐いた。
「エリスに態度を改めてもらおう。授業開始が近いから俺はもう行くが、シェイドは休んでいろ。相談事は後で受ける」
イーグルは保健室を歩き去った。
ジェノは胸を張ってシェイドに視線を送る。
「僕に感謝しろ」
「俺を庇ったのは感謝するぜ。たが、いちおう確認させろ。俺がエリスに絡まれているのを見ていたのか?」
「そのおかげで説明ができた。ありがたいと思え」
「見ていたならその場で助けろよ。セレネとグレイスも危なかったんだぜ」
シェイドのこめかみが引くつく。
ジェノはしばらく沈黙した後で、両手をポンッと叩いた。
「僕も授業に出ないといけない。念のために言っておくが、状況分析に全力を注ぎ過ぎて何もできなかったわけではない」
「誤魔化すのはやめろ」
「誤魔化しではない。授業に出なければならない。授業内容をあとでおまえに教えなければならないしな。ドミネーション、アナザー・ワールド」
「おい!?」
シェイドが止める間もなく、ジェノは姿を消していた。
シェイドは両腕に力を込めて起き上がった。よろめきながらベッドを降りる。
「あんな奴に授業内容を教わるなんて癪だ。俺も出るぜ」
「無理はしない方がいいと思うのですが……お気持ちはお察しします」
セレネが同意を示すと、シェイドはうなった。
「もう歩いたって間に合わねぇ。一か八か魔術を使うか。あんたらは保健室に残っていろ。イービル・ナイト、シャドウ・テレポート」
シェイドは自らの影に沈んでいった。
セレネとグレイスは互いに顔を見合わせた。
「シェイド様、また魔術を使って大丈夫でしょうか?」
「分からないが、信じるしかないのかな」
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