シェイドの思い出
シェイドは自らの影に沈む時に、いつの間にか目を閉じていた。
重苦しさが全身を覆う。水中にいるような感覚が近いが、水より重みがある。
しかし、このまま重苦しさに身を任せるわけにはいかないだろう。授業に出られなくなってしまう。
シェイドは両目をゆっくりと開ける。
闇が螺旋や渦を巻いて、不規則にうごめいていた。不可思議とは感じたが、不思議と不気味さは感じなかった。
重苦しい感覚も不愉快ではない。どことなく温かく、優しさを感じた。
「……母さんに抱きしめられた時を思い出すぜ」
シェイドが呟くと、闇の螺旋や渦の動きが激しくなった。優しさと悲しみと憎しみが伝わる。
シェイドの母はシェイドの髪色と同じく銀髪で、美しい女性であった。儚い雰囲気をまとっていた。両目はいつも腫れて、頬はこけ、ごめんなさいが口癖の女性であった。
私に力が無くてごめんなさい、身分がなくてごめんなさい、あなたを守れなくてごめんなさい。
奴隷だった頃のシェイドが怪我をしたり、苦しんでいると、泣きながら抱きしめてくれた。
母も奴隷であった。
そんな母を連れて逃げ出した時の事はよく覚えている。
母は思いのほか取り乱さずに、静かに走ってくれた。そのおかげで思っていたより簡単に逃げる事ができた。
逃げ延びた先でも、母はシェイドにごめんなさいと繰り返した。
シェイドは苦笑する。
「ありがとうと言って欲しいとお願いしても、謝ってたな」
こっちが申し訳ない気持ちになった記憶がある。
シェイドに名づけをしたいと言っていた。素敵な名前を考えたいと言っていた。それまではシェイドは銀髪と呼ばれていた。他に銀髪と呼ばれた人間はいたため、自分が呼ばれたか判断するのは苦労した。
自分だけの名前が与えられるのは、それだけでとても嬉しかった。
二人で悩んだものだ。
世界警察ワールド・ガードに見つかって、ブレス王家に報告されるまでは、束の間ではあったが幸せであった。
二度目は母を守って逃げる事はできなかった。母はシェイドを逃がすために犠牲になった。
一人で逃げ延びたが、しばらく虚無な日々を送っていた。
自分の名前は結局
ただ命をつなぐだけの日々。死んではいないが、生きる目標も無かった。
気まぐれで山に迷い込んだ人を助ける事はあったが、顔を覚えられる前に縁を切ってきたためか、虚無感を埋める事はできなかった。
世間での生き方を知らず、守ってくれる人もなく、暴力や盗み、時には殺人を繰り返して暮らしていたある日、魔術学園グローイングの存在を知る。
魔術を適正に扱う事を目標にしている学園だという。この学園を卒業した魔術師は多い。
「復讐を考えたっけな」
とにかく生きる理由が欲しかった。自分を奴隷にしていたブレス王家も、その片棒を担いだトワイライト家も、束の間の幸せを奪う引き金をひいた世界警察ワールド・ガードも、憎かった。
魔術を身に付ければ、復讐する力が手に入るかもしれない。
そんな事を考えて魔術学園グローイングの入学を希望した。
しかし、入学試験の最終選考でジェノ・トワイライトと出会ってしまった。
圧倒的な魔力を誇っていた。畏怖すら覚えた。敵わないと確信した。
笑うしかなかった。生きる理由は砕かれた。
そう思って最終選考を辞退しようと思ったのに、他でもないジェノに引っ張られる形で魔術学園グローイングに入学した。
偶然に巡り合ったセレネやグレイスの預け先について相談したい。魔術学園には信頼のおける教員がいる。グレイスはクレセント家という貴族の出身のようなので、行き先を知りたい。セレネに関しては、できれば魔術学園が預かってほしい。
汚れきった自分の傍にいてもらうのは、あまりにも気の毒に思えた。
「学園には今後も世話になりそうだぜ」
シェイドは自嘲気味に笑って、闇のうごめく空間を見つめた。
「この空間を生身で無事に通れるのは、俺だけだろうな」
母の温もりと激情を感じる空間だ。自分以外の人間を引きずり込めば、永遠の闇に閉じ込める事ができるだろう。
心の底から憎く、一度殺したのでは飽き足りない人間に使えばいい。
考えはまとまった。
「そろそろ教室に行かねぇとな」
シェイドは再び目を閉じる。自然と身体が浮かび上がる。
行き先はもちろん、魔術学園グローイングの上級科の教室だ。
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